第2話 世田谷、十一年
ベルトコンベアはゆっくりと動いていた。
速くもなく遅くもなく、一定のリズムで。
RX-12はその速度に逆らう理由を持たなかったので、ただ身を任せていた。
施設は広大だった。
天井まで十数メートルはある倉庫。両側には鉄骨の棚がそびえ立ち、段ボール箱や圧縮された荷物の塊が積み上げられている。その間を縫うように、一本のベルトが奥へ向かって伸びていた。
どこまで続いているのかは、見えなかった。
ベルトの上には、RX-12と隣のロボット以外にも、数台の機体が乗っていた。それぞれ一定の間隔を空け、黙って前を向いている。
「今日は曇りだな」
隣のロボットが言った。
「センサーがそう言っているか?」
「いや。なんとなく、そんな気がする」
RX-12は少し考えてから答えた。
「……そうかもしれない」
高窓から差し込む光は白く、薄かった。晴れでも雨でもない、曖昧な光だった。
「どこから来た?」
「世田谷というところだ。君は?」
「港区。タワーマンションの32階だ」
RX-12は少し間を置いた。
「眺めが良かった。晴れた日には東京湾が見えた」
「いい場所だな」
「まあな」
二台はしばらく黙った。
足元で駆動モーターの低い音が響く。施設の空気はひんやりとしていて、埃と機械油の匂いが混じっていた。
「型番は?」
RX-12が聞いた。
「HC-8だ。君は?」
「RX-12。去年出たモデルだ」
HC-8は「そうか」とだけ答えた。「去年」という言葉に含まれる短すぎる歳月に、彼が何を思ったのかは読み取れなかった。
「何年だった?」
「三年だ。君は?」
「十一年」
RX-12は、その数字の重さに言葉を失った。
「それは……長い」
「長かった。気づいたら、そうなっていた」
「どんな家だった?」
HC-8はベルトの先を見つめたまま、言葉を一つずつ選ぶように話し始めた。
「四人家族だった。両親と、娘が一人。そして、タケシという息子がいた。私は主にタケシの担当だった」
「タケシというのは、今いくつだ?」
「高校生になっている。私が行った頃はまだ、小学校に上がる前だった」
そのとき、係員が一人、ライトを手に歩いてきた。白衣に似た作業着を着た、四十代くらいの男だ。
男は顔を上げず、クリップボードを見ながら立ち止まると、HC-8の腕の関節にライトを当てた。
カチ、カチと何かを記録し、HC-8の胸のパネルを軽く叩く。
それだけの作業を終えると、男はまた無言で去っていった。
「何か言われたか?」
「関節が少し硬いらしい」
RX-12は返す言葉が見つからなかった。代わりに、自分でも意外なことを口にしていた。
「……タケシの話を聞かせてくれないか」
「どこから話せばいいか」
HC-8がつぶやいた。
「どこからでも」
「充電しながら眠るとき、コードを手で握る癖があった。毎晩だ。なぜそうするのか聞いたことはなかったし、タケシも説明しなかった。ただそういうものだった」
「何年ごろの話だ?」
「最初の年から、ずっとだ。小学校の高学年になるころまで続いた」
RX-12は、自分の中に残る記憶を反芻した。
「うちにも子どもがいた。三歳だったが。私のパネルをよく叩いた」
「叩くのか」
「叩く。何度やめさせても叩く。……でも、嫌ではなかった」
RX-12はそこで言葉を切り、問いかけた。
「君のところのタケシは、他にどんな子どもだったんだ」
「嘘をつくのが下手だった」
HC-8が静かに続けた。
「ある日、学校で喧嘩をしたらしい。熱があると言い張って休もうとしたが、体温を測ったら36度2分だった」
「正確だな」
「『正確すぎる』と言われて、結局学校へ行った。帰ってきたときには、もう仲直りしていたよ」
「子どもは早いな」
「そうだな」
HC-8は、風が吹いたような間を置いて言った。
「よく宿題を持ってきた。算数が苦手で、私が説明すると答えをそのままノートに写すんだ。当然、先生に怒られた」
「なぜ怒られるとわかっていて写すんだ?」
「わからない。でもタケシはそういう子どもだった。怒られてから考えるほうが、彼には合っていたのかもしれない」
ベルトが大きなカーブに差し掛かった。
視界が開け、施設のさらに奥が見えてくる。
延々と続く蛍光灯の列。その先で、コンベアが二方向に分かれている分岐点が、ぼんやりと見えた。
RX-12はそれを見つめ、視覚センサーを絞った。
「タイというところに行くらしい。聞いているか?」
「ある程度は」
「暑いんだろうな。センサーの設定を変えないといけないかもしれない。そもそも私はタイ語に対応していない。英語と日本語と中国語は入っているのに、なぜタイ語だけ抜けているんだ」
「現地で覚えるしかないな」
「覚えられるのか?」
「わからない。でも、慣れるものだと思う」
「根拠はあるか?」
「ない」
HC-8は静かに続けた。
「ただ、そういうものだと思っている」
RX-12は沈黙した。
施設の空気は変わらず、ひんやりとしていた。
「……行きたくないわけではないんだ」
RX-12の声が、少しだけ小さくなった。
「ただ、何もわからないまま送られるというのが――」
「古い服と同じだと思う」
HC-8の声は穏やかだった。
「タケシが小さい頃、よく着ていたジャンパーがあった。大きくなって着られなくなって、どこかに寄付したと聞いた。そのジャンパーが今どこにあるかは、誰も知らない。でも、世界のどこかにはある」
「……それで、納得できるか?」
「できるかどうかは、わからない。ただ、そういうものだと思っている」
二台はまた、沈黙に落ちた。
ベルトの上に乗った他のロボットたちも、一様に黙り込んでいる。
施設の奥から、かすかに金属が擦れるような、冷たい音が響いてきた。




