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✦書かれた物語 ― 涙 ―

※この章は作中作です。

 本編は第七話から再開します。

 この章は読み飛ばしても問題ありません。

『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』


✦✦✦ 泣いた子と砂の王国 ――ルビー


ルビーは自室の机の上に紙袋を置いた。

王都の書店で買った本だ。

いつも通り、持ち帰ったはずの数冊が欠けていた。

部屋に届くのは、選ばれた本だけだ。


棚に並べている途中で、ルビーの指が止まった。


それは、戻ってくると思っていなかった一冊だった。


古い本は、だいたい戻ってこない。

出どころが分からないものは、管理しづらいからだ。

特に、題名がふさわしくないものは。


『泣いた子と砂の王国』


ぱら、とページをめくると、挿絵が目に入った。

巨大な砂時計と、その下に底の見えない井戸。

物語の国の象徴として描かれていたが、神殿の命脈井戸とそっくりだった。


見てはいけないものを見てしまった気がして、ルビーは机の陰にしゃがみ込んだ。


本には、ひとりの子どもが登場した。

その子は宝石の名で呼ばれていた。

自分と同じだと気づいた瞬間、物語が現実に触れてきた。


書かれていたのは、理由の分からない厄災の物語だった。

その子が泣くたびに、人が死んでいく。


人々の恐れを受けて、王国はその子を閉じ込めることにした。

その子は、二度と泣かないよう教えられた。

泣き止ませるために、王国は一年に一度だけ外に出てよいと約束した。


一年に一度。

それは、馴染みのある回数だった。


その一日を失わないために、子どもは泣くのをやめた。

厄災は消え去り、国は平和に戻った。

そう締めくくられていたが、ルビーには悲しい物語に思えた。

だが、涙は出なかった。

泣いた記憶そのものが、遠かった。


最後のページに、年号が書いてあった。

見慣れない表記だった。


砂暦二百三十七年。


紙は、ひどく古いはずなのに、本は崩れていなかった。


なぜか、これは人目につかないところを渡ってきた気がした。

必要な誰かの手元へ、隠されるように。


ノックの音がした。


心臓が先に跳ねた。

遅れて、手が動いた。


ルビーは反射的に本を閉じた。

表紙を伏せ、机の引き出しに押し込む。


「ルビー様」


扉の向こうから、いつもと変わらない声がした。

ルビーは慌てて、そちらへ駆け寄った。


「どうしたの?ゼット」


「王都で選ばれた本の確認です。お部屋に入っても?」


「……ええ」


「どうやら、一点ふさわしくないものが混じっていたようで」


ゼットは部屋に入ると、棚の前で足を止め、並んだ背表紙を一冊ずつ確かめた。


ルビーは、机を背後に隠すように立った。

引き出しの取っ手に、指先が触れていた。


「どの本のことかしら?」


「ずいぶん古い本です。装丁が他と違っていました」


「そこまで古い本は、ここにはないはずだけれど」


「ええ。ですが――」


ルビーは胸元で、両手の指を絡めた。

左手の甲で、砂時計が熱を持つのがわかる。


ゼットには、感じ取れないはずだった。

それでも一瞬、彼の視線が留まった気がした。


「いえ、失礼しました」


ゼットは背を向けた。

そのまま去るはずだった足が、止まった。


何か言いかけたように見えた。

だが、結局なにも言わなかった。


扉が静かに閉じる音だけが、部屋に残った。


ルビーは胸元で絡めていた指をほどいた。

左手の甲は、まだ熱を帯びていた。


机に戻り、引き出しを開ける。

奥に押し込んだままの一冊を、そっと取り出す。


『泣いた子と砂の王国』


閉じ込められた子ども。

泣かないことを教えられた日々。

一年に一度だけ、外へ出る約束。


もしこの物語が、自分と関係しているのだとしたら。


わたしが泣いたら、国が滅ぶ。

だから泣かないように、育てられたのだとしたら。


そこまで考えてしまって、ようやく怖くなった。

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