第五話 違和感から生まれた設定。
僕は、ルビーを王都に立たせた。
刻砂の儀のあとは、ここで楽しく過ごし、最後に国境を巡って祈る。
そういう慣例らしい。
――いまは、まだ王都だ。
ルビーは、護衛のゼットと一緒にいる。
石畳が続き、店先が並び、人の流れが絶えない。
行き交うのは若い人間ばかりで、老いた者はいない。
店を眺めて、通りを抜けて、気の向くままに歩く。
その流れの中で、ゼットは国外から来た人間だと、ルビーは知る。
なぜここへ来たのか。
僕がルビーなら、聞いてしまうと思う。
でも、ルビーには聞けなかった。
国境の向こう側に、彼女はひそかに憧れていた。
その先に幸せがあるのかは、分からない。
分かってしまうことが、いちばん怖かった。
ゼットは外で幸せじゃなかったんだろうか。
馬車に乗り、国境を巡る。
いくつもの門で、祈りを捧げる。
ルビーにとって、門は憧れへの入り口だった。
でもこの日は、そうは見えなかった。
投稿ボタンを押してから、書いた文を何度も目で追っていた。
気づけば、ゼットはただの護衛役では済まなくなっていた。
文字の中では、ルビーが馬車に揺られている。
現実では、時間だけが過ぎていた。
《お疲れ様です。完了しました》
「ああ……そうだな」
《ルビーの心情に、ほつれが生じています》
「……うん。そうかもしれない」
指先の熱は収まっていった。
考えは、まだ途中だった。
「ルビーの『外って、どんなところなの?』って質問はさ。ゼットにはどう聞こえたんだろうな」
《どんな方向にも返せる質問でした》
「なのになんでかな。あいつ、わざと答えを避けてるみたいだった」
《『人は、普通に生きて、普通に死にます』》
「……あれ、事実を言っただけだよな」
《意図的なずらしですね》
「ゼットは何か知っていて、黙っている」
《ここで、決めることもできます》
「……まだ決めない。物語のほうが、勝手に道筋を出してくるのを待ちたい」
《では、別の違和感に移りましょう》
「じゃあ、王都のほうで気になったことなんだけど」
「子どもが産まれない国なのに、ルビーは子どもだよな?」
《はい。矛盾しています》
「……ああ」
《ですが、イモータル家は例外です》
「例外なのはわかってる。でもなんで……ルビー、あんなに違和感なく王都に溶け込んでたんだ?」
《はい。誰も振り返っていませんでした》
「国外から来た滞在者の子どもなら、理屈の上ではあり得る」
《ですが、稀です》
「そうなんだよ。本来なら珍しい存在のはずなのに、みんな見て見ぬふりだ。……変だよな」
《王都には、昔からある小さな言い伝えがあります》
「……言い伝え?」
《『街で子どもを見かけたら、泣かせてはならない。その子はイモータル家の子かもしれないから』》
「うわ、それか」
《理由は誰も知りませんが、受け入れられています》
「よくある話だな。でも、理由はある」
《……続けてください》
「たぶん、疫病だ」
《……》
「イモータル家の子が泣くと、近くにいた人間の寿命が失われていく。そういう疫病があった」
《では、なぜ王都を歩かせるのでしょう》
「歩かせないほうが、何が起きるか分からないんだ」
《まだ、先がありますね》
「ああ。……できてきたな」
その後も、野良AIといくつか設定を詰めた。
夜は、いつの間にか来ていた。




