✦書かれた物語 ― 儀の後 ―
※この章は作中作です。
本編は第五話から再開します。
この章は読み飛ばしても問題ありません。
『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』
✦✦✦ 刻砂の儀 その後 ――ルビー
王都の街は、今日も穏やかだった。
石畳は整えられ、建物の外壁に欠けはない。
遠くで、決まった時刻の鐘が鳴っていた。
人通りは多い。
だが、年を取った者の姿は見当たらない。
若い顔ばかりが並び、その中にあるはずの違いは、どこにもなかった。
それを不思議だと思ったことは、ルビーにはない。
刻砂の儀の後、王都を起点に国を巡るのが慣例だった。
儀式の後は、楽しいことをして過ごすのだと教えられてきた。
歩く速さが、いつもより少しだけ軽かった。
その半歩横を、ゼットが付き添っていた。
通り沿いの店をいくつか眺め、最後に書店へ入った。
装丁と題名だけを見て、本をまとめて選んだ。
本は袋に入れられ、いったん預けられる。
戻ってくる頃には、いつも数が減っている。
だから、最初から多めに選ぶようになった。
表紙をなぞる音に、かつて聞いた言葉が重なる。
――あなたには、必要ない本よ。
そう言われたことが、何度もあった。
書店を出るころには、選んだものはすべてゼットの腕に移っていた。
通りを歩いていると、足が自然と止まった。
年に一度、王都に来ると、この料理店を素通りできない。
ルビーが声を出すより先に、ゼットはそれを拾った。
「入りましょうか」
ルビーは、店の看板を見上げたまま、頷いた。
何度目かは覚えていない。
それでも、入ってしまえば、失くした時間が戻る気がした。
店員の声には、懐かしさがあった。
案内の仕方も、いつもと変わらない。
注文を告げ、器が置かれる。
最初の頃は、選ぶ前にゼットが決めていた。
いまは、何も言われない。
頼む料理だけが、少し大人になっていた。
「ゼットは、王都に詳しいね。生まれもここなの?」
ふと、そう思った。
いままで、聞いたことがなかった。
「いいえ。国の外から来ました。まだ、ルビー様が幼い頃です」
返ってきた答えを聞いて、その問いが、別のものに触れていたと気づく。
ゼットは、生まれつきの不死者ではなかった。
不死者は、成長が安定する年齢で老いが止まる。
多少の個人差はあるけれど、ゼットは――少し、早い気がしていた。
外から来た者は、この国に足を踏み入れた時点で、老いを失う。
ゼットは、初めて会った日の姿のままだ。
ルビーは、外から来た者をほとんど知らない。
「外って、どんなところなの?」
ゼットの顔が、一瞬だけ、別のものに見えた気がした。
「人は、普通に生きて、普通に死にます」
初めて現実として聞く話だった。
「それは、幸せ?」
いままで、誰にも向けられなかった問いだった。
「分かりません。ただ、ここで言われているそれを、そのまま当てはめることはできないと思います」
意味は、すぐには掴めなかった。
ゼットは何を求めてここにいるのだろう。
この国では、住める人数が最初から定められている。
出ていく者がいれば、その分だけ、入る者が選ばれる。
ゼットは、望んでここへ来た。
気づいた途端、ルビーは口を閉ざした。
来た理由を知ってしまえば、幸せの在り方が一つに決まってしまう気がした。
馬車をとめていた場所に戻ると、ゼットが自然に扉を開いた。
王都を離れ、国の外縁に沿って進む。
海沿いを行き、坂を越え、林を抜ける。
道は折れ、別の門へ、また次の門へと続いていた。
要所ごとに足を止める。
傍らの小さな祈りの場に立ち、決められた所作だけを行う。
それを繰り返す。
各門には意味があり、それを一つずつ辿るのだと教わってきた。
国境の向こう側に、憧れと呼べるものがあった気がしていた。
それは、いつから抱いていたのかも分からない。
ゼットは、あの向こうを知っている。
それでも、ここにいる。
門はいつも光を受けて、遠くからでも目を引いていたはずなのに。
今日は、そうは見えなかった。




