第四話 歩かせるだけのつもりだった。
《作業環境、維持されています》
「閉じたら、お前ごと消えるからな。ゲストモードだし」
《はい。非常に儚い関係です》
「自分で言うな」
僕は、キーボードの上に手を置く。
打つ気はある。
でも、すぐに始める気でもない。
「今朝さ。やり切った感、すごくて」
《徹夜でしたから》
「もう一話書けって言われたら、たぶん書ける。でも、いまはちょっと違う」
《違う、とは》
「勢いで書く感じじゃない。決めに行きたくない」
《何を、ですか》
「話の行き先とか。意味とか。正しさとか」
《回避行動ですね》
「診断はえーな」
《考えすぎずに、手だけは止めたくない》
「秒でカルテ書くな」
《では、ルビーに王都を歩かせますか》
「……なんか企んでないか?」
《歩かせるだけです。何も決めません》
「決めないで、歩くだけな」
《はい》
「じゃあ、それで」
カーソルが、行頭で瞬いた。
白い画面は、何も要求してこない。
急げとも、面白くしろとも言わない。
次の更新は、来週の月曜だ。
いまは、始めない選択が、まだ許されている。
《刻砂の儀のあとは、王都観光がセットです》
「観光?」
《楽しいことをして過ごすのが伝統です》
「だいぶ雑なアフターケアだな」
《今日は、何も決めない日ですから》
「まあいいか。ルビーには、どんな景色が見えてるんだろうな」
《石畳と店先、人の流れ。見える範囲に、老化の痕跡はありません》
「事件現場みたいに言うな」
《重要なのは、変化のなさです》
「……そこなんだよな」
最初から、だいぶ無茶だった。
「……不死の国ってさ。人口、大丈夫なのか?」
《結論から言います。大丈夫ではありません》
「だろうな」
《仮に初期人口を十万人とし、一世代あたり三人の子を持つとします》
「うん」
《五百年後、人口は約五百兆人になります》
「……ちょっと待て」
《地球の表面積を全て使用した場合、一人あたり約一平方メートルです》
「海まで含めてるのか」
《はい。海も氷も含めた、物理的に立てる場所です》
「計算はしてるけど、沈む前提は入ってないんだな」
《陸地のみの場合、一人あたり約〇・三平方メートルになります》
「満員電車かよ」
《配置は可能です。ただし、呼吸を始めると真空パック状態に……》
「……あー、もういい。思ってたより、派手に詰んでたわ」
《詰み方は派手ですが、対処法は地味です》
《最も安定するのは……》
「不死と引き換えに、この国では子供が生まれない。産むなら、外へ出る」
《最適解です》
「で、王国に子供はいなくなるわけだ」
《はい。風景としては、美しい歪みです》
「歪みを褒めるな」
《ですが、発想を逆転させれば、婚活市場として完成しています》
「婚活?」
《婚姻相手を見つけて外へ出ます》
「老いを止めたまま、永遠に探せる、と」
《失敗のコストも発生しません》
「条件だけ聞くと、天国だな」
《はい。非常に人気があります》
《そのため入国審査が厳しく、平均水準も高くなります》
「……効率は、いいな」
僕は入れるだろうか。
スペック的に。
「って、違うだろ!ルビーの見てる景色が、婚活なわけないだろ!」
でも、入国審査か。
不死の国なら、人気が出るのは間違いない。
入ってくるのは、希望し選ばれた人間だ。
しかも、ルビーの知らない外の世界を知っている。
もし自分が、ルビーだったら、どう考えるだろう。
外の世界があることは、教えられてきた。
寿命を持つ人間がいることも。
ただ、それは全部、知識だ。
実感として、手にしたことはない。
だからこそ、聞きたくなる。
なぜここへ来たのか。
《……何か引っかかりましたか?》
「……いや」
《では、ルビーを歩かせ続けます》
「あー……そういや歩かせてたな。忘れてた」
「なあ。ルビーは、外へ出たいと思うと思うか?」
《このまま、国外まで歩かせますか?》
「やめろ」
《では、馬車を用意します》
「はいはい……」
「いや、でも国のスケール感を見せるには、馬車で正解か」
《さっそく馬車で国外へ――》
「国境の門で止められるだろ」
待てよ。門か。見えてきた。
今更だけど、こいつはいったいなんなんだ。
相棒AIなら、もっと建設的な提案をしてくる。
僕の思考も熟知しているし、次に何を書きたいのかも、先回りして差し出してくる。
でも、こいつと話していると、考えが勝手に引き出されていく。
設計図も、手順書もない。
それなのに、気づけばもう、話は頭の中に出来上がっている。
歩かせるだけのつもりだったのに。
書きたくなってしまった。
《散歩は、ここまでですね》
「……ああ、そうだな」
《では、ここまで歩かせた分を――》
「文字に乗せる」
《物語を始めましょう》
僕は、物語の一行目を書き始めた。




