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✦書かれた物語 ― 儀 ―

※この章は作中作です。

 本編は第三話から再開します。

 この章は読み飛ばしても問題ありません。


『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』


✦✦✦ 刻砂の儀 ――ルビー


ルビーは左手の甲を見つめていた。

皮膚の表面、青い血管のラインに沿って、砂時計の印が発光している。

それは、生まれたときから彼女だけの身体に刻まれていた。


砂時計の中に何が入っているのかは、もう分かっていた。

儀式の日が近づくほど、砂の流れは焦ったように早まっていく。


サラ……サラ……

光の砂粒が、震えるように鳴いた気がした。

まるで死が肩越しに寄り添い、落ちる砂に、そっと息を吹きかけているようだった。


「……もう時間ね」


呟きは床へ落ち、そのまま消えた。


不死を国是とする〈エルタナ王国〉では、すべての国民が老いず死なない。

その永遠を支える代償を負うのが、イモータル家の役割だ。


イモータル家では、ひとつの時代にただ一人だけ、寿命を抱えて生まれる子がいる。

ルビーは、その子だった。


年に一度の〈刻砂の儀〉。

不死者たちの永遠を維持するため、ルビーの寿命を十分の一だけ差し出す日。


ルビーは胸元を抑えた。

その下には、不死者にはありえない確かな熱があった。

彼女だけが持つ命の証。

この国が欲しがるものだった。


「行きたくない」


喉の奥から、本音が零れた。

だが、逃げ場はない。


神殿の空気は張り詰め、呼吸は浅くなる。


背後には、世話役の女性たちが控えていた。

金糸の衣の端を整え、純白の布を乱さぬよう、最後の仕上げを続けている。


ゼットは一歩引いた位置に立っていた。

鉄紺の髪は整えられ、夜色の瞳は動かない。


その立ち姿は、「この少女を守れ」という命令によって彫られた像のようだった。

だがその『守る』は、外敵からの保護ではなく、ここから逸れさせないための囲い込みにほかならなかった。


「……ルビー様」


ゼットが、神殿の静寂を砕かぬよう声をかける。


「お時間です」


その言葉と同時に、身体が前へ傾いた。

踏み出さなければ、倒れてしまう。

選ぶ余地もなく、足が前へ出た。


神殿の中央には円形の祭壇があり、その中心に〈命脈井戸〉が口を開けている。

黒曜石を深く穿って作られた井戸だ。


エルタナ王国の不死は、ここから始まる。

そう教わってきた。


命脈井戸から階段状に広がる床一面には、〈光脈〉と呼ばれる細い溝が刻まれている。

光脈は神殿全体を巡ったのち、地下深くの循環路へとつながり、王国全土へ永遠を運ぶ網の目へと続いていく。

普段はただの灰色の紋様にしか見えない。

だが永遠が通るときだけ、そこに光が走る。


祭壇を囲むように、人々が列を成していた。

右側にはエルタナ王とその従者たち。

左側にはイモータル家の面々。


家族は優しい。

手を添え、穏やかな言葉を選ぶ――

だが、その優しさが何のためかを、ルビーはもう知っていた。


ルビーはひとりで祭壇へ歩み出た。


奥には、儀式を見守るためだけに据えられた巨大な石像が一体立つ。

人でも神でもない抽象的な姿で、そこにあるだけで、神殿の空気を押し固めていた。

まるで、この国の永遠が正しく捧げられるかを、ただ黙って見定める監視者のようだった。


祭司が前へ進む。

長い布の袖が揺れ、場が切り替わった。


その声が響いた瞬間――

ルビーの手の甲から、砂時計の印が離れ、宙へと浮かび上がった。


それは形を保ったまま、一息に拡大していく。

ルビーの背丈をはるかに超え、身長の数倍はあろうかという大きさだ。


砂時計は命脈井戸の縁に沿う位置で、何かに引き寄せられたかのように、ぴたりと静止した。


内部で、光の砂粒が落ち始める。


ザー……ザー……。

低く、途切れない音が、神殿の空間を満たしていく。


砂は命脈井戸へ吸い込まれていった。

血のように濃い赤へ転じながら。


光脈が一斉に反応し、赤い線が神殿全体へ走っていく。

まるで王国の地下に広がる光の血管そのもの。


石像の目の位置に埋め込まれた宝玉は、その赤を映し取り、深い真紅へと色を変えた。


ザー……ザー……。


光の砂粒が、あるところで止まった。

それを合図に、音は勢いを失っていく。

広がっていた振動が、反響だけを残して消えた。


砂時計は形を保ったまま縮み、やがてルビーの手の甲へと引き戻される。


そこに残ったのは、いつもと同じ砂時計の印。

ただ、その中の砂は、確かに減っている。


身体の奥に、重みが落ちる。

寿命が引かれる感覚は痛みではなく、命の証をすくい取られたあとの虚しさだった。


光脈は沈黙し、床の紋様は灰色へと戻っていった。

神殿は、何事もなかったかのような顔をしている。


刻砂の儀は、今年も無事に終わった。

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