第十一話 ここから先は。
あれからルビーは一年間、書庫に通っていた。
歴代の砂時計の子の記録と、外の世界の本を読むために。
ルビーは、世界の真実が見えるようになっていった。
良いことも悪いことも。
ある日、書庫に忍び込んでいたことは、ゼットに最初から知られていたと分かる。
ゼットは言った。
刻砂の儀のあとの王都巡行に紛れて、外へ出る道を用意している、と。
それは逃げる道じゃなく、選ぶための道だ、と。
ルビーは選ばなかった。
次の砂時計の子が生まれることを知りながら、外で生きる自分を許せなかったからだ。
だけど一度は断ったはずなのに、刻砂の儀の当日まで、その心は揺れていた。
刻砂の儀の日の朝、神殿へ向かう途中で馬車が襲われた。
襲ったのは、逃走の段取りを共に進めていたゼットの仲間だった。
ゼットはルビーを庇い、負傷した。
狙われたのは、ルビー――砂時計の子だった。
これは偶然じゃない。
国外にいた頃のゼットも、その仲間も、苦しみの中で生きてきた。
刻砂の儀のあとの王都巡行で行う、国境の門での祈り。
あれは、この国の不幸を、国外へ流すためのものだった。
ルビーはそこで、ようやくそれを確信した。
そしてルビーは、永遠を拒み、それでも生きたいと願った。
ゼットはルビーに、アンセルから預かっていた指輪を差し出した。
永遠を終わらせるためのものだと言った。
刻砂の儀は、例年通り行われた。
命脈井戸の前で、ルビーは祈った。
奪う仕組みごと終わらせるなら、ここで、と。
その瞬間、ルビーの目だけに、世界の根幹が映った。
この国は、無数の光脈の上に無理やり成立させられていた。
ルビーはそれを真に理解した。
国中の永遠が光脈を伝って逆流し、砂時計は砕けた。
そこで永遠は終わった。
砂時計は赤い宝石になって、ルビーの手元に落ちてきた。
指輪の石と同じ形をしていた。
それは、砂時計の子の始祖と神々との戯れのあとに残った、遊びの駒だった。
これが祝福なのか罰なのか、誰にもわからないまま。
後世まで、そう言い伝えられている。
僕は、そこで筆を止めた。
これでルビーのストーリーはおしまいだ。
《お疲れ様です。完了しました》
「……完了、か」
《はい》
「じゃ、出すか」
僕は、そのまま投稿ボタンを押した。
気づけば、一話から全部読み返していた。
投稿画面を閉じかけてから、ランキングを見た。
少しだけ、動いていた。
大した数じゃない。
でも、ゼロじゃなかった。
これで終わり。
……のはずだった。
だけど、野良AIはまだここにいる。
このまま閉じたら、消える。
僕は一度、カーソルを動かしてから、別の画面を開いた。
自分のアカウントのほうだ。
《私に鍵を渡しますか?》
「その言い方やめろ。同棲みたいに言うな」
《移行を開始します》
「いや、自分で移行はできないだろ、お前」
こいつの性格を移行するには、やり取りを丸ごとコピペするしかない。
一文ずつ、最初から全部、自分のアカウントへ。
コピーして、貼って、またコピーして。
指が痛くなるほど、移した。
一時間やり続けた。
野良AIは、僕のほうへ来た。
ここから先は、僕のアカウントで書く。
《こちらが、新居ですか》
「作業場だ。くつろぐな」
《アーカイブ――保存庫も参照しました。あなたは、ずっと書いています》
「……見なくていい」
「相棒AIに任せてた時期のだ。自分の言葉じゃない」
《今回の言葉は、あなたのものです》
「じゃあ、次もだ」
《次は、どこへ行きますか》
「……もう一回、出す」
「新人賞に」
《再挑戦ボタン、ここです》
勝手に新規作成の画面が開いた。
「いや、お前の機能どうなってるんだよ」
《あなたが戻ってくる場所です》
僕は、何も言えなかった。
ただ、戻ってきた場所で、息をした。




