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✦ 書かれた物語 ― 誤読 ―

※この章は作中作です。

 読んだあとで、同じ場面が違って見えます。

 本編だけでも追えます。

 本編は第十話から再開します。



『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』


✦✦✦ 読み違えられた物語 ――ゼット


書斎は、回廊の突き当たりにあった。

ゼットは扉の前で、足を止める。


「アンセル様」


そう呼んでからノックをすると、すぐに返事があった。

書架と机だけの、簡素な部屋だ。


机の向こうに座る女は、ゼットより少し年上に見えた。

ペンを止め、静かに視線を上げる。


「ルビーが書庫に来たわ」


「そうですか」


「『あの子の記録』にかけた封じの術が解けていました」


「ルビー様は、読まれたんですね」


「ええ。おそらく」


「『泣いた子と砂の王国』はお渡ししました」


「どんな様子だったかしら」


「昨晩、お部屋に伺いましたが、お手元に置かれていました」


アンセルはペンを机に置いた。


「放さなかったのね」


「ええ」


「ルビーがもし外を選んだら、そのときは」


その瞬間だけ、アンセルの瞳が揺れた。


「準備は、もうすぐ整います」


ゼットは一礼し、部屋を出た。


二冊の本は、どちらもアンセルの手によるものだった。


『あの子の記録』は、砂時計の子の始祖の真実を残した本だ。

流通することを想定していない。

この本の存在を知るのは、アンセルとゼット。

そして、ルビーだけだ。


一方で、『泣いた子と砂の王国』は違う。

同じ出来事が、別の目的で書かれた本だった。

年に一度の巡行の最中に、何事も起きないようにするために、先回りして残された物語だった。


街で子どもを見かけたら、泣かせてはならない。

いつしかそれは言い伝えとなり、根付いていった。


その本は、王都で、偶然ルビーの目に触れた。

考えるほどに、怖くなる物語だった。


それでも、彼女は書庫に入った。

迷いがあったようには見えなかった。


生き方を決めるのは、彼女だ。

それを奪う形で終わらせるつもりは、ゼットにはなかった。


ゼットは、誰かを救うために行動する人間ではなかった。

少なくとも、最初は。


エルタナ王国の外では、病や不作が続いていた。

それは一代で終わるものではなかった。


天候や土、水の影響では説明しきれない。

残ったのは、不死の国への疑念だけだった。


それは、やがて一つの物語に結びついていった。


『泣いた子と砂の王国』。


砂時計の子が泣き止んだという話は、偽りだと囁かれた。

今も閉じ込められたまま、泣いているのだと。

その涙が、国外の病や飢えになっているのだと。


砂時計の子が実在するのか、確かめる術はなかった。

それでも、その子を殺せば、すべては終わる。


そう信じる者たちがいた。


彼らは、声を上げない。

名を持たず、旗も掲げない。


王都に潜り込み、時を待ち、訪れる瞬間だけを見定めていた。


ゼットも、その一人だった。


彼の両親は病で死んだ。

外の世界では、それは珍しいことではなかった。


彼の中には、怒りがあった。

ただ、その底に、引っかかりが残っていた。


両親が死んだあと、エルタナ王国行きが確定した。

出立を前に、家を手放すことになった。

引き渡し前の整理で、床下が開けられた。


長く閉じられていた空間だった。

埃をかぶった棚の奥に、布で包まれた板があった。


子どもの頃、父に見せられたことがある。

大切なものだと言われた。


その後、父は王都へ向かった。

戻ってきて、「近づくことさえできなかった」とだけ言った。


布をほどく。

記憶の中にある肖像画と、同じものだった。


裏には、紙束が挟まれていた。


そこには、こう書かれていた。


エルタナ王国には、永遠を担う家がある。

その存在は、表に出ない。

砂時計の子は、その中心にいた。

国の永遠を支えるために、その子の寿命は、代価として失われていく。


祖先は、それを人々に伝えようとした。

だが、当時世界は豊かで、その繁栄はエルタナ王国の恩恵だと信じられていた。

誰も、耳を貸さなかった。


遺された指輪。

それは、永遠を終わらせるためのものだという。


祖先は、その使い方に辿り着けなかった。


ここで祈り続けても、何も起きなかった。

エルタナ王国の外には、拒むべき永遠そのものが、存在しなかったのではないか。


そんな考えが、紙の端に記されていた。


ゼットは標的を探すために、王都を歩いていた。


祖先の手記は、事実ではない。

そう思わなければ、自分はここに立てない。


子どもを見かけては、足を止める。

後をつけ、滞在者だと分かれば、そこで終わりだった。


その日も、一人の子どもに目が留まった。

隣にいる女性を見た瞬間、記憶が重なった。


ゼットは声をかけ、祖先の手記に描かれていた肖像を見せた。

かつて国境を越えようとした、砂時計の子の顔だった。

それをきっかけに、屋敷へ招かれた。

手記の話を終えた数日後、ゼットはイモータル家に仕えることになった。


ルビーは、よく笑った。

泣いているところを、ゼットは一度も見ていない。


想像していた「砂時計の子」とは、あまりにも違っていた。


ゼットは、日々をこなしながら、何も決めないままでいた。

いつでも殺せる距離にいながら、決断だけが先送りにされていた。


初めての刻砂の儀は、予定通り行われた。

ゼットは、それを最後まで見届けた。


その日を境に、殺すという選択肢は、彼の中から消えた。

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