✦ 書かれた物語 ― 来訪 ―
※この章は作中作です。
読んだあとで、同じ場面が違って見えます。
本編だけでも追えます。
本編は第九話から再開します。
『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』
✦✦✦ あの日の約束 ――書庫の管理人
その日、まだ幼かったルビーが、初めて王都へ出ることになった。
刻砂の儀に向けた予行が始まる年だった。
連れて行く役目は、私が担っていた。
それは、イモータル家の中で最も長く生きてきた者の役目だった。
情動抑制の術は、すでに施していた。
けれど、ルビーは立ち止まっては店先を覗き、知らないものを指差した。
人の声に振り向き、動くものを追い、理由もなく笑った。
それを止める必要はなかった。
泣いていなければ、それでよかった。
昼を少し過ぎ、そろそろ戻ろうかと思っていた頃だった。
ある青年が、声をかけてきた。
彼は挨拶をしてから、懐から一枚の絵を取り出した。
私は、絵から目を離せないまま言った。
「……これは、どこで?」
それは、肖像画だった。
かつて国境を越えようとした、砂時計の子。
その表情を、私は忘れていない。
――そして、この描き方。
「私の家に、伝わってきた絵です」
それで、腑に落ちた。
「あの指輪の持ち主は、あなたですね。アンセルさん」
青年のその言葉をきっかけに、屋敷に迎えたのは、数日後のことだ。
私室に飾られている絵の前へ、彼を案内した。
それは、かつてこの家に仕え、筆を取っていた者の手によるものだ。
彼は一瞬、言葉を失った。
そして、視線を上げたまま言った。
「まだ、残っていたんですね」
彼は、自分の家に伝わる話を語り始めた。
刻砂の儀のこと。
永遠を終わらせるための指輪のこと。
それを託した、ある女の話。
私は、遮らずに聞いた。
私が指輪を託したのは、彼の祖先だった。
その家系に、彼は生まれた。
彼が声をかけてきた理由は、わかっていた。
国の外へ追われた男は、私の肖像も、描き残していた。
指輪は、私の手元に戻った。
やがて彼はイモータル家に仕えることになった。
刻砂の儀が始まってから、この家に新しく人を迎え入れたことはなかった。
けれど彼は、知り過ぎていた。
それだけで、雇い入れるには十分だった。
名は、ゼットだ。
ルビーは、彼の後ろをよく歩いた。
それが許される相手だと、ルビーは最初から知っているようだった。
私は、それを正さなかった。
それから、数年が過ぎた。
ゼットは、いつの間にか当たり前のように、ルビーのそばにいた。
初めての刻砂の儀の際、彼が付き添いとして選ばれたのは、自然な流れだった。
終わったあと、彼は独り言のように言った。
「あれを、続けさせてはいけない」
少し間を置いて、彼は私を見た。
「ここでは、ルビー様は生きられません」
それ以来、彼はこの話を口にしなかった。
ただ、ルビーのそばに立つ距離が変わった。
その視線は、必要以上に触れないためのものだった。




