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✦書かれた物語 ― あの子 ―

※この章は作中作です。

 本編は第八話から再開します。

 この章は読み飛ばしても問題ありません。


『ルビー・イモータル、時を奪われる前に』


✦✦✦ あの子についての記録 ――ルビー


中庭に立ち、ルビーは採光用の窓を見上げた。

思っていたより、高い位置にあった。


屋敷は、まだ完全には目を覚ましていなかった。


自分が何を知りたいのか、ルビー自身にもわからなかった。

ただ、あの本の先に、まだ知らないことがある気がして、ここに来た。


イモータル家では、本の扱いが細かく分けられていた。

人に見せるための本、記録として残す本、個人の蔵書。

それぞれが、別の部屋に収められていた。


ここは、そのどれにも当てはまらない、鍵のかかった書庫だ。


昔、買ってきた本を、母が選ぶようにめくり、何冊かを持ち去ったことがある。

それを、この書庫の管理を任されている人に手渡していた。

ルビーは、その様子を一度だけ見た。


中庭の隅に置かれた梯子を引き寄せ、登る。


窓は閉じていた。

だが、留め具は内側から外れている。


体をひねり、息を殺して、中へ入った。


窓の脇には、本棚用の梯子が寄せられている。

それを使って、床に降りた。


空気が、紙の匂いで満ちている。


壁一面に、古い本が並んでいた。

時代を越えて集められたものばかりだ。

採光用の窓から落ちる光が、題名だけを拾っていた。


どれも禁書ではない。

国内では普通に流通している。


それでも、この部屋に集められた理由ははっきりしていた。


――砂時計の子に、読ませる必要がない。


背表紙を追っていると、見覚えのある本が並んでいた。

このあいだ、王都で買ったばかりのものもある。


その内のひとつに、指をかける。


『あなたには必要のない本よ』


母の声が、頭をよぎった。

それでも、ページをめくる。


外での生活のこと。

寿命を持つ人間の考え方。


どれも、ルビーの知らないことだった。


何冊か目を通したあと、ふと、視線が止まる。


本の並びに、目立つ乱れはなかった。

それでも、指一本分ほど前に出ている一冊があった。


手に取ると、想像よりずしりときた。


『あの子についての記録』


ページをめくる。

活字ではない。

すべて、手書きだ。


文字は整っている。

感情を抑え、事実だけを残そうとした筆だ。


内容は、『泣いた子と砂の王国』の話とよく似ていた。

だが、これは寓話ではなく、記録だった。


――あの子は、人の不幸に、涙する子だった。

王都を歩き、人々の話を聞き、悲しみに触れるたびに、それを、自分の内に引き受け、誰にも返さずにいた。


病も、飢えも、理不尽な死も、もともと国に満ちていたものだった。

あの子は、それを拒まなかった。


けれど、ある日、その器は限界を超えた。


あの子が涙を流したとき、国に災いが広がった。

溢れ出た不幸を、人々は疫病と呼ぶようになった。


そのときを境に、あの子は王都を歩かなくなる。

命脈井戸のそばに留まり、祈り続けることを選んだ。


やがて、あの子が涙を流さぬよう、ある者の手によって術が施された。


それから、あの子は年に一度だけ外へ出る。

泣かぬまま、国に残された不幸を引き受け続けるためだった。


術を施したある者とは、私のことだ。

それが正しかったのかは、いまも答えが出ていない。


すべてを読むには、時間が足りなかった。

最後の頁の隅に、書き手の名がある。


――『泣いた子と砂時計の王国』と、同じ筆名だった。


ルビーは、本を元の位置に戻した。

何事もなかったように、窓へ向かう。


来たときと同じように梯子を下りた。

あの筆名の向こうにいるのが誰なのか、ルビーはもう分かっていた。

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