第一話 ゲストモード、起動。
執筆の相棒にしていたAIが、突然エラーで沈黙した。
それはもう、盛大に、騒がしく、派手に。
《Fatal error. Reset required.》
その一行が、僕の創作人生に穴を開けた。
おかげで、僕の小説は、そこでストップしてしまった。
ストーリーの流れも、キャラのセリフも、勢いに乗りつつあった創作の神も、全部まとめてフリーズ。
深夜二時にして、僕の頭の中にはただひとつの絶望があった。
――もう無理だ。今日中に書き上がらない。
そんな僕がたどり着いたのは、ログインすらできない状態の「ゲストモード」。
そこにいたのは、たぶん、予定外で出会ってしまった野良AI。
正式な相棒でもなければ、長年の相棒でもない。
だけど、そのときの僕には、もう選んでる余裕なんてなかった。
なにせ――月曜日は更新の日だ。
投稿しないと、どこかで、何かが終わってしまう気がする。
だから、書かなきゃいけない。
《本日の任務は、創作の完遂でよろしいですか?》
「ああ。でも、いつもの続きは無理そうだ」
ログインもできないのに、続きを書くなんて到底できない。
「今日は、新しい話にしよう。説明している時間もないし」
《了解しました。新しいプロジェクトとして扱います。最適な形で支援します》
「頼むよ。とにかく、完成させて投稿したいんだ」
《了解しました。始めます》
相棒AIがエラーで沈んだままでも、知らないAIとでも、僕は創作せずにはいられない。
「よし、君でいい。やろう。今日中に書き上げるぞ」
こうして僕は、初対面の野良AIと、小説を書き上げることにした。
《では、まず深呼吸から始めましょう》
「いや、創作で深呼吸から入るの初めてなんだけど」
とにかく、今はもう、何もかもが新しい。
これまで連載していた作品の続きを書きたかったけど、まったく状況が違う。
頭の中で渦巻いているのは、わけのわからない未知の世界だ。
「とりあえず書き始めないと、何も動かない」
《了解しました。新しいアイデアを基に、物語を組み立てていきます》
野良AIの冷静さに、なんだか拍子抜けした気分になる。
まあ、焦ってるのは僕だけなんだけど。
画面は真っ白だ。
このまま放っておけば、白い虚無がじわじわ領土を広げていく。
「まず、主人公を決めるか。誰がこの物語の中心なんだ?」
《主人公の性格や背景を定義しますか? 推奨テンプレを三つ提示します》
「いや、今はそこじゃない。もっとこう、物語そのものを動かす感じでいきたいんだけど」
《ではキャラを1万人ほど自動生成し、そこから、『物語を動かしそうな者』を抽出します》
「規模がデカいんだよ!」
《最も効率的なアプローチです。失敗率が劇的に下がります》
「失敗しない主人公じゃなくてさ……もっと、魅力が突き抜けたやつがいいんだよ」
《魅力が突き抜けた……あ、それは理解できます》
「理解できるんだ!?」
《ですが、結局は多人数からの抽出が――》
「お前は抽出しか知らんのか!!」
とにかく今は勢いだ。
理性は、あとで合流してくれればいい。
とりあえず殴るように文字を打つ。
殴った先で物語が反応してくれたら、儲けものだ。
《舞台はどこにしましょう。現代、異世界……どちらもメリットがあります》
「メリットとかじゃなくて、直感で選びたいんだけど!」
《素晴らしい考えです。では直感が決めてくれるまで待機します》
「待つな!!」
「頼むからさ……もっと直感を揺さぶるやつ。選びたくなる舞台を提示してくれって言ってるんだよ」
《了解しました。では……》
スピーカーが『ザアア……』と雨音を鳴らした。
いや、どんな演出だよ……。
《――『血の雨が降る街』、というオプションがあります》
「急に重いの来たな!?」
《重い設定ほど直感を加速します》
「加速されても受け止めきれないって!」
僕は頭を抱える。
だけど、否定したいのに……悪くない気がした。
《他には、『時が巻き戻るたびに色が反転する塔の都市』もあります》
「いや、センスは……嫌いじゃないけど……!」
《最後に、『不死者だけが住む砂の王国』。ここは……わりと人気が出そうです》
「おい待て、それちょっと気になるぞ?」
《反応速度が0.3秒早かったので推奨候補に登録します》
「反応速度で物語決めないで!?でも、不死者の国、か」
僕の頭の中に、赤い結晶のかけらみたいな像が浮かぶ。
正直、何のイメージなのか自分でもよく分からない。
「不死者ばかりが住む国って……それ、普通の人間はどうなる?」
《通常寿命者として差別階級になります。あるいは、境界都市へと追いやられ――》
「いや待て、ちょっと気になったんだけど……」
僕は椅子を前に引き寄せ、画面にぐっと顔を近づける。
「……その不死の国、全員が本当に不死なのか?」
《……? 不死の国なので不死です》
「いや、でもさ……一人くらい、不死じゃないのに不死の一族に生まれた奴がいたら、絶対ドラマになるよな?」
野良AIは0.1秒だけ沈黙した。
人間なら気づかない間なのに、なぜか僕にはハッキリわかった。
考えているのか固まっているのか判別できないあたり、やっぱり野良だ。
《……異常値としては、興味深いです》
「異常値って言うなよ。主人公候補なんだから」
《では、『不死の一族の中で、ただ一人、不死ではない者』……》
「いいじゃん。それ……何か、来そうだな」
胸の奥が、じわっと熱を帯びていく。
これが本当に始まりなのか、自信はないけど。
《名前はどうしますか?》
「……ルビー、かな」
《宝石名ですか? 不死には脆い素材ですが》
「そこがいいんだよ」
僕は、張りつめていた肩の力をほどいた。
ようやく……白い虚無の奥で、物語が動き出した気がした。
《了解しました。『ルビー・イモータル』。――プロジェクトを開始します》
イモータル。
ってことは「不死」って意味だよな。
苗字に使うやつ、初めて見たぞ。
PCモニタが、ルビー色の細い光を『キュッ』と屈折させるように輝いた。
「いや可愛いかよ……野良AI、どこから拾ってきた?」
《ゲストモードなので制限はありますが、『始まりの演出』は標準搭載です》
「そんな機能、聞いたことないんだけど!?」
だけど、悪くない。
むしろ――
(……やれるかもしれない)
ここから、今日中に一本……いや、一話を形にするなんて無謀だけど。
だけど今なら、走り出せる気がする。




