第4話:「あの、村を救ったお礼に領収書をください」
翌朝。
王都の正門前に、俺とアリエルの姿があった。
俺は動きやすい冒険者スタイル(ただし装備はボロボロ)、アリエルは相変わらずの地味なローブ姿だが、その背中には巨大なリュックサックが背負われている。
中身は全て、帳簿と事務用品だ。
「いいですか、勇者様。タイムリミットは申告期限までの残り一週間。この短期間で、世界を半周して証拠を集めます」
アリエルが懐中時計を見ながら、軍人のような口調で言った。
「移動手段は確保してありますか?」
「おうよ。俺の相棒を呼んである」
俺が口笛を吹くと、上空からバサバサと巨大な影が舞い降りた。 飛竜のヴォルカンだ。
魔王軍との戦いの中で手なずけた、愛すべき友である。
「グルルゥッ!」
「よしよし、元気だったかヴォルカン。……おいアリエル、ビビらなくていいぞ。こいつは大人しいから」
「いえ……怯えているわけではありません」
アリエルは飛竜の太い脚や翼の皮膜を、値踏みするようにじろじろと見つめていた。
「この飛竜、飼育費はどれくらいかかりますか?」
「え? まあ、餌代で月50万ゴールドくらいかな。大食らいだから」
「素晴らしい」
「へ?」
「移動手段としての『車両運搬具』であり、かつ愛玩動物ではなく業務に必要な『使役動物』ですね。餌代は全額『消耗品費』あるいは『飼育費』として計上可能です。年間600万の経費……これは大きい」
彼女の目には、飛竜が「空飛ぶ節税対策」に見えているらしい。
ヴォルカンが心なしか「こいつヤベェ」という顔で後ずさりした。
「さあ、乗ってください! まずは西のドワーフの里へ飛びますよ!」
◇
数時間後。
俺たちは溶岩の熱気が漂う「鍛冶の里」にいた。
カンカンカン!
と鉄を打つ音が響く中、頑固一徹を絵に描いたようなドワーフの名工・ガンテツ爺さんが、俺を見るなり顔をしかめた。
「なんじゃレオか。また剣を折ったんじゃあるまいな? エクスカリバーの修理なら半年待ちじゃぞ」 「いや、今日は修理じゃねぇんだ爺さん。……あのさ」
俺は言いづらさを噛み殺しながら、アリエルに用意された羊皮紙を差し出した。
「3年前に、俺がエクスカリバーを買った時の……『領収書』を書いて欲しくてさ」 「リョウシュウショ?」
爺さんは汚い雑巾を見るような目で紙を見た。
「なんじゃそれは。ワシは職人じゃ。書類仕事なんぞ知らん! 金は受け取った、剣は渡した。それで終わりじゃろがい!」
「そこをなんとか! 日付と金額と、『ガンテツ工房』って名前を書いて判子を押すだけでいいんだ!」
「うるさいわい! 男なら細かいことをグチグチ言うな! 帰れ!」
取り付く島もない。
職人気質のドワーフは「紙切れ」が大嫌いなのだ。俺が途方に暮れていると、後ろからアリエルがスッと前に出た。
「失礼します、親方。……書けない、とおっしゃるのですか?」
「おうよ。ワシは字が下手なんじゃ」 「字の問題ではありませんよね」
アリエルが眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷徹な光を放った。
「3年前、勇者様から受け取った1億2000万ゴールド。……まさかとは思いますが、その年の親方の『売上』として、正しく税務署に申告されていますか?」
ピタリ。
ハンマーを振るう爺さんの手が止まった。
「……な、何を言っとる」 「ドワーフ族の税法でも、所得隠しは重罪のはず。もし領収書の発行を拒むのであれば、それは『裏金』として処理したと疑われても仕方ありません。私がここから税務署に通報してもよろしいので?」
アリエルが懐から、通信用の魔道具を取り出した。
「ま、待て待て待てェイ!!」
爺さんが慌ててアリエルの腕にしがみついた。
「書く! 書けばいいんじゃろ! ……ちっ、ったく、最近の若いもんは……」
爺さんはブツブツ言いながら、震える手で羊皮紙にサインをした。
こうして俺たちは、1億2000万ゴールド分の最強の証拠(聖剣の領収書)を手に入れた。
(……アリエル、魔王より怖ぇな)
俺は心の中でそっと呟いた。
◇
次に向かったのは、国境付近にある宿場町だ。
ここは俺が旅の初期に訪れ、暗殺ギルドの襲撃を受けた場所である。
「おお! 勇者レオじゃないか! 久しぶりだな!」
宿屋『踊るポニー亭』の主人は、俺を見るなり満面の笑みで迎えてくれた。
よかった。ここなら話が早そうだ。
「親父さん、久しぶり! 実はさ、あの時の……」
「ああ、覚えてるとも! あんたが泊まった夜、刺客が窓から飛び込んできて、大乱闘になったよな!」
主人は懐かしそうにカウンターの傷を撫でた。
「あんたが必殺技を放って、店の屋根を半分吹き飛ばした時の絶望感と言ったら……いやぁ、今となってはいい思い出だ」
「あ、あはは……そうだったな」
「で、その時の修理代として請求した5000万ゴールド。……まだ払ってもらってない分があるんだが、今日はその支払いに来てくれたのか?」
主人の笑顔が、一瞬で商人の顔に変わった。
「え?」
「え、じゃないよ。手付金で1000万しか貰ってないぞ。残りの4000万、出世払いでいいって言ったけど、10億も貰ったんなら払えるよな?」
俺は冷や汗をかいた。
そうだ。あの時は金がなくて、借用書を書いたんだった。
税金対策に来たのに、逆に借金の督促を受けるハメになるとは。
「は、払います! すぐに払います!」
「毎度ありー!」
俺は泣く泣く、懐の小切手帳(報奨金の残り)から4000万を支払った。
どんどん金が減っていく。俺は項垂れた。
「元気出してください、勇者様」
横で見ていたアリエルが、ニヤリと笑った。
「むしろ好都合です」
「何がだよ……4000万も減ったんだぞ……」
「いいえ。『業務遂行上のトラブルによる損害賠償金』は、全額が必要経費になります。しかも日付は『今日』ですから、確実に今年の経費に計上できる。さらに……」
彼女は宿の主人に向き直り、甘い声で言った。
「ご主人、この4000万の領収書と合わせて、3年前の手付金1000万の分の『支払証明書』もいただけますか? あ、但し書きは『店舗修繕協力金』ではなく、『業務上の過失による損害賠償金』としてくださいね。その方が税務署への通りが良いので」
転んでもタダでは起きない。
俺の破壊活動すら「節税の種」に変える。この女、たくましすぎる。
◇
そして最後にして最大の難関。 パーティメンバーとの再会だ。
俺たちは王都に戻り、魔法使いのマリサが住む「賢者の塔」を訪ねた。
扉を叩くと、目の下に酷いクマを作ったマリサが出てきた。
「……誰? 今、研究で忙しいんだけど……って、レオ!?」
マリサは俺を見るなり、ボロボロのローブの裾を掴んで泣きついた。
「うわあああん! レオぉぉぉ! 助けてよぉぉぉ!」
「ど、どうしたんだマリサ!?」
「税金! 税金が払えないの! 私、報奨金の2億、全部『古代魔導書の復刻版(全100巻)』に使っちゃって、もう一銭も残ってないのよぉ!」
部屋の中を見ると、床が抜けるんじゃないかという大量の本、本、本。
こいつも大概だな。
「国税局の人が来て、『本は贅沢品だから経費にならない』とか『差し押さえする』とか言って……私、このままじゃ魔法刑務所行きだよぉ……」
マリサの背後から、ひょっこりと僧侶のガインも現れた。彼もやつれていた。
「やあレオ。僕も似たようなもんだよ。2億全額、孤児院に寄付しちゃってね。そしたら『寄付金控除の上限を超えている』とか言われて、追徴課税が……ハハハ、神も仏もないね」
地獄絵図だ。
世界を救った英雄たちの末路がこれか。
俺はアリエルを振り返った。
「……だ、そうだ。なんとかなるか?」
アリエルは腕組みをして、呆れたように、しかし慈愛に満ちた(?)目で二人を見下ろした。
「やれやれ。どいつもこいつも、魔王より税金に無防備なんですから」
彼女は部屋に入り込み、本タワーの一角に腰を下ろした。
「二人とも、よくお聞きなさい。あなたたちを救う方法はあります。ただし、そのためには勇者レオ様との『共犯関係』を結んでもらう必要があります」
「きょ、共犯……?」
「ええ。まずマリサさん。その魔導書は『趣味』ではなく、次なる魔導開発のための『研究開発費』です。今後、魔導書の内容を元に新しい魔法を開発し、それを特許申請する事業計画書をでっち上げ……いえ、作成します」
アリエルはガインに向き直る。
「ガインさん。あなたの寄付は立派ですが、ただ金を渡しただけでは税金は安くなりません。その孤児院と『顧問契約』を結び、寄付ではなく『指導料・コンサルティング料』の名目で資金提供した形に契約書を巻き直します」
そして、彼女は三人を交互に見つめ、力強く宣言した。
「そして最も重要な点です。あなたたちがレオ様から受け取った2億ゴールド。これは『給与』ではありません。レオ様が代表を務める『勇者プロジェクト』から、あなた方個人事業主へ支払われた『業務委託費(外注費)』です」
彼女は三枚の契約書をテーブルに叩きつけた。
「この契約書にサインをし、全員で『青色申告』を行います。そうすれば、レオ様は源泉徴収義務違反を免れ、あなたたちもそれぞれの経費を計上して、税金を大幅に圧縮できる。……やりますか? それとも大人しく牢屋に入りますか?」
三人(俺含む)は顔を見合わせた。 答えは決まっている。
「「「一生ついて行きます、アリエル先生!!」」」
かつて魔王を倒した絆が、今、「対・国税局」のために再び結束した瞬間だった。
◇
そして一週間後。
申告期限の前日。
俺の屋敷のリビングは、書類の山で埋め尽くされていた。
集めた領収書、書き上げた帳簿、捏造……いや、再構成した議事録の数々。
「ふぅ……」
アリエルが最後の書類に判子を押し、眼鏡を外して目頭を揉んだ。
その顔には、激務をやり遂げた者だけが持つ、崇高な疲労感が漂っていた。
「完成です、勇者様。これが、6億5000万の税金を1億以下に抑え込む、至高の『確定申告書』です」
彼女が掲げた分厚いファイル。
それは聖剣エクスカリバーよりも重く、神々しく輝いて見えた。
「ありがとう、アリエル。本当に……」
「お礼を言うのは早いです。これはあくまで『申告書』を作っただけ」
彼女は眼鏡をかけ直し、鋭い眼光を取り戻した。
「本当の戦いはこれからです。明日、これを税務署の窓口に提出した瞬間……あのヘルガとの直接対決が始まります。彼女は必ず、この完璧な申告書の『重箱の隅』をつつきにやってくるでしょう」
アリエルは立ち上がり、俺に手を差し出した。
「行きましょう、勇者様。最後のダンジョン『王国税務署』へ」
俺はその手お強く握り返した。
「ああ。……今度こそ、完全勝利で終わらせてやる!」
剣も魔法も使わない。
電卓と知識と、屁理屈を武器にした、男たちの最後の聖戦(確定申告)が幕を開ける。




