第3話:「聖剣エクスカリバーは消耗品ではありません。耐用年数10年の『固定資産』です」
「契約成立ですね、勇者様」
薄暗い酒場のテーブルで、アリエルはニッコリと微笑んだ。
俺が震える手で『税務代理顧問契約書』にサインをした直後だ。彼女の雰囲気がガラリと変わった。
酒場の空気が、ピリッとした緊張感に包まれる。
それは魔王城で対峙した四天王のような威圧感……いや、もっと質の悪い、絶対にミスを許さない「お局様」のようなオーラだった。
「では、早速ヒアリングを開始します。時間がありませんから」
アリエルはどこからともなく取り出した新しい羊皮紙と、魔道具らしき万年筆を構えた。
「まずは基本方針の確認です。国税局の鬼瓦統括官は『領収書がないから経費はゼロ』と主張していますが、これは暴論です」
「ぼ、暴論なのか?」
「ええ。領収書はあくまで証拠の一つに過ぎません。たとえ書類がなくとも、『事業を行う上で必然的に発生した費用』であり、その事実を客観的に証明できれば、経費として認めさせる余地はあります」
彼女は眼鏡を光らせた。
「領収書がないなら、作ればいいのです」
「はあ!? 偽造か!? それは犯罪じゃ……」
「人聞きの悪いことを言わないでください。私が言っているのは『出金伝票』の作成と、当時の状況証拠の積み上げによる『事実の再構成』です」
アリエルは俺の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄った。
「勇者様、思い出してください。旅の記録を。日記は? ギルドへの報告書は? あるいは魔法による映像記録は?」
「に、日記は書いてないけど……ギルドには討伐証明のために、毎日『活動日誌』を出してたぞ」
「それです!!」
アリエルがバン! とテーブルを叩いた。
「ギルドの活動日誌には『日付』『場所』『倒した魔物』が記録されているはずです。そこから、当時の移動ルートと、必然的にかかった宿代、食費、ポーションの消費量を推計できます。王都の物価統計データと照らし合わせれば、領収書がなくとも『最低でもこれだけの経費がかかった』と主張できる!」 「す、すげぇ……!」
逆算。
そういう戦い方があるのか。
「ですが、細かい消耗品費の積み上げだけでは6億の税金は倒せません。もっと大きな『爆弾』が必要です」
「爆弾?」
「高額な経費です。……勇者様、その腰にある剣を見せていただけますか?」
言われて、俺は愛剣エクスカリバーを鞘ごとテーブルに置いた。
刀身はオリハルコン、柄には聖なる宝石が埋め込まれた、世界に一本しかない至高の剣だ。
「これの購入価格は?」
「ドワーフの名工に特注したからな。材料費込みで1億2000万ゴールドだった」
「支払いの証拠は?」
「ない。ドワーフの爺さん、現金一括払いしか受け付けてくれなくてさ……」
「なるほど」
アリエルは聖剣をしげしげと観察し、そして重々しく告げた。
「この聖剣を経費にするには、大きな壁があります。……この剣、美術品としての価値が高すぎるんです」
「は?」
「税法上、時の経過によって価値が減らない『美術品・骨董品』は、減価償却資産(経費)として認められません。国税局は間違いなく『これは資産価値のある宝物であり、業務用の道具ではない』と主張してくるでしょう」
減価償却。また知らない言葉だ。
だが、俺の剣が「宝物」扱いされて経費にならないことは分かった。
「ふざけるな! これは飾りじゃない! 俺はこれで何千体もの魔物を斬ってきたんだぞ! 見ろよこの刃こぼれ!」
俺は剣を抜いて見せた。
度重なる激戦で、かつて輝いていた刀身には無数の傷がつき、一部は欠けている。聖なる輝きも、手に入れた当初よりだいぶ鈍くなっていた。
「……いい傷ですね」
アリエルがうっとりとした声を出した。
え、そこ褒めるの?
「その『使用感』こそが武器です。これだけ損耗しているなら、これは美術品ではありません。明確に『業務のために使用し、消耗していく器具備品』です」
「お、おう。つまり?」
「聖剣エクスカリバーは、耐用年数10年の『減価償却資産』として計上します。購入額1億2000万を、数年に分けて経費化するのです。今年の分として……よし、1200万ゴールドの経費計上が可能です!」
チャリーン。 俺の頭の中で、小銭が落ちる音がした。1200万。デカい。
「さらに、このミスリルの鎧、耐火マント、飛竜の革ブーツ……これらも全て『あえてボロボロの状態』を証拠として提出しましょう。『勇者業という過酷な業務において、これらは使い捨ての消耗品に過ぎない』と主張するのです」
アリエルは悪魔のような(実際、魔族だが)笑みを浮かべてペンを走らせる。
「さて、次が最大の問題です。……人件費です」
彼女の表情が曇った。
「パーティメンバーである魔法使い、僧侶、盗賊への分配金。合計でいくら渡しましたか?」 「えっと、10億のうち、俺が4割で、あとの3人で2割ずつ分けたから……一人2億ずつ、計6億だな」
「6億……」
アリエルがこめかみを押さえた。
「勇者様。あなたは彼らに金を渡す際、『源泉徴収』をしましたか?」
「げんせん……温泉の一種か?」
「はぁ……。つまり、彼らの税金を天引きして国に納めたか、ということです」 「するわけないだろ! 友情の証として、山分けしたんだ!」
「それが一番マズいのです!!」
酒場中に響くような声で怒鳴られた。
周りの客がビクッとしてこちらを見た。
「いいですか! もしその6億が、勇者様が彼らを雇って支払った『給与』だと認定された場合、あなたは源泉徴収義務違反で処罰されます。さらに、支払った6億を経費にするためには、厳格な手続きが必要です」 「じゃ、じゃあどうすれば……」 「論理をすり替えます」
アリエルは羊皮紙に素早く図を描いた。
「勇者と仲間は『雇用主と従業員』の関係ではない。それぞれが独立した『個人事業主』であり、たまたま共同でプロジェクト(魔王討伐)を遂行するための『業務委託契約』を結んでいたのだ、と主張します」
彼女のペン先が紙を突き破りそうな勢いで走る。
「つまり、あなたが彼らに渡した金は『給与』ではなく、プロジェクトの収益分配としての『外注費』です! これなら源泉徴収の義務は発生しません(※王国の税法による)! ただし、そのためには彼ら自身にも『確定申告』をしてもらう必要がありますが……」
「あいつらにも!?」
「ええ。彼らにも税務署の手は伸びているはず。勇者様から『これは給与ではなく外注費として処理するから、そっちで申告してくれ』と口裏を合わせて……いえ、連絡をとってください」
なんてこった。
感動の解散をした仲間に、最初にする連絡が「税金の口裏合わせ」だなんて。 だが、背に腹は代えられない。
「分かった。すぐに使い魔を飛ばす」
「よろしい。……ふふ、見えてきましたよ」
アリエルは書き殴ったメモを満足そうに眺めた。
「聖剣の減価償却、装備品の消耗品費化、ポーション等の推計経費、そして仲間への外注費処理。これらを全て積み上げれば、あなたの経費は……およそ7億5000万ゴールドまで膨れ上がります」
「なっ……!?」
10億の収入に対して、経費が7億5000万。
つまり、利益(所得)は2億5000万まで減る。
「ここから基礎控除などを引き、税率を掛けると……納税額はおよそ1億2000万ゴールド。当初の6億5000万から、5億以上の減額です!」
「う、うおおおおおおおっ!!」
俺は思わず立ち上がり、アリエルの手を取った。
「すげぇ! あんた魔法使いか!? いや魔族だったな! とにかくすげぇよアリエル!」
「お、お放しください……まだ計算上の話です」
アリエルは少し顔を赤らめて(少し可愛いと思ってしまった)、すぐに冷静な顔に戻った。
「理論武装はできました。ですが、相手はあの『鬼瓦』です。ただの計算書を持っていったところで、鼻で笑われて破り捨てられるのがオチでしょう」
「じゃあ、どうする?」
「物理的な証拠を揃えます。明日から一週間、地獄の『証拠集めツアー』を行いますよ。勇者様」
アリエルは眼鏡をくいっと上げ、不敵に笑った。
「かつてあなたが救った街、泊まった宿、武器屋を全て回り、過去の取引事実を証明する『支払証明書』にサインをもらって回るのです。……世界を救うより、泥臭くて過酷な旅になりますが、覚悟は?」
俺はニヤリと笑い返した。
5億取り返せるなら、地獄の底までだって行ってやる。
「ああ、望むところだ。……パーティーに入れてくれよ、参謀殿」
こうして、勇者と元魔王軍会計担当による、最強の「節税パーティ」が結成された。 目指すダンジョンはただ一つ。
王国財務省・国税局合同庁舎だ。




