第1話:世界が平和になった翌日、敵は「黒いスーツ」を着てやってきた
「うおおおおおおッ! これで終わりだ、魔王グランツッ!!」
俺、勇者レオ・アークライト(21歳)は、全身全霊の闘気を込めて聖剣エクスカリバーを振り上げた。
目の前には、人類を恐怖のどん底に陥れた諸悪の根源、魔王グランツがいる。
奴は不敵な笑みを浮かべ、漆黒のマントを翻して迎撃の構えをとっ――
「ふっ、愚かな人間よ。我が魔力を受け止めきれるか……な、あっ」
ツルッ。
乾いた音が、静寂の玉座の間に響いた。
魔王の足元。そこは、直前に骸骨メイドがきれいにワックスがけをしたばかりの、ピカピカの大理石だった。
ズドンッ! グキッ。
受け身も取れず、後頭部から階段の角に激突する魔王。
さらに不運なことに、その衝撃で首がありえない方向にねじ曲がっている。
「…………え?」
振り上げた聖剣を空中で止めたまま、俺は硬直した。
魔王はピクリとも動かない。
禍々しい魔力が、スゥーッと霧散していく。
「……ま、魔王?」
恐る恐る近づき、その身体を突っついてみる。反応がない。
脈を見る。ない。 死んでいる。
「……………………」
俺は聖剣を鞘に納め、誰もいない空間に向かって呟いた。
「勝った……のか?」
こうして、長きにわたる光と闇の戦いは終わった。
所要時間、突入からわずか3分。
俺の冒険の最終章は、わずか1ページで完結したのである。
◇
それから一週間後。
王都へ凱旋した俺を待っていたのは、熱狂的なパレードと、国王陛下からの賛辞だった。
「よくぞやった勇者レオよ! そちの働きにより、世界に真の平和が訪れたのだ!」
王宮の謁見の間。
分厚い絨毯の上で跪く俺に、王様の野太い声が降ってくる。
「これは、約束していた報奨金だ。受け取るがよい!」
パンパン、と王様が手を叩くと、十数人の兵士が巨大な宝箱を担いで入ってきた。 蓋が開けられる。
そこには、目がくらむような黄金の山が築かれていた。
「き、金貨……!?」
「うむ。約束通り、金貨10億ゴールド(日本円換算で約100億円相当)である!」
10億。
その言葉の響きに、俺の脳内麻薬がドバドバと溢れ出す。
俺は貧しい村の出身だ。これまでの旅も、野宿と安宿の繰り返しだった。
装備を整えるために、昼飯を抜いてポーション代を捻出した日もあった。
だが、それも今日で終わりだ。
(10億あれば……もう一生働かなくていいじゃないか!)
最高だ。
これからは毎日、昼まで寝て、高級な肉を食い、ふかふかのベッドで眠る。
魔物の悲鳴も、野宿の寒さも、仲間のいびきもない。
完璧なスローライフが俺を待っている!
「ありがとうございます、陛下! この金で、これからは静かに暮らしたいと思います!」
「うむ、余生を謳歌するがよい! 世界を救った英雄なのだからな!」
盛大な拍手の中、俺は人生の絶頂にいた。
この時はまだ、知らなかったのだ。
魔王よりも恐ろしく、冷酷で、決して逃げられない「最強の敵」が、すぐそこまで迫っていることを。
◇
翌日。
王様から特別に賜った、王都の一等地にある豪邸。
ふかふかの羽毛布団の中で、俺は優雅に目覚めた。
「ふわぁ……よく寝た。さて、今日は何をしようか」
とりあえず、一番高い酒場に行って、一番高い酒を飲むか。
それとも、武器屋に行って「この棚の剣、端から端まで全部くれ」ごっこをするか。 夢は広がる。10億ゴールドという無限の燃料がある限り、俺は無敵だ。
ピンポーン。
屋敷の呼び鈴が鳴った。
おや、こんな朝早くから誰だろう。新聞の勧誘か?
「はいはい、どなたですかー」
俺は寝間着のまま、呑気に玄関の扉を開けた。
そこに立っていたのは、見知らぬ二人組だった。
一人は、分厚い眼鏡をかけた神経質そうな中年の男。
もう一人は、黒髪をきっちりと後ろで束ねた、氷のように冷たい目をした美女。 二人とも、葬式のように真っ黒なスーツを着ている。
冒険者ギルドの職員とは明らかに違う。
騎士団の鎧でもない。
なんだ、この異質な圧迫感は。
「……どちら様で?」
俺が尋ねると、眼鏡の男が胸ポケットから黒い革の手帳を取り出し、警察手帳のように提示した。
そこには、王国の紋章と共に、見たことのない役職名が刻まれていた。
『王国財務省・国税局 特別調査部門』
「おはようございます、勇者レオ・アークライト様」
男が、感情の欠落した声で言った。
「我々は国税局の者です。昨日、国王陛下より受領された報奨金について、お話を伺いに参りました」
「は、はあ……国税局?」
聞き慣れない言葉だ。
俺が首を傾げていると、後ろに控えていた氷の美女が一歩前に出た。
彼女は鋭い視線で俺を射抜くと、手に持っていたクリップボードを見ながら淡々と告げた。
「単刀直入に申し上げます。勇者様が得た10億ゴールドは、税法上の『一時所得』に該当します」
「……いちじ、しょとく?」
「はい。つきましては、王国の所得税法に基づき、最高税率55%の所得税および、復興特別税、住民税10%が課税されます」
彼女は眼鏡のブリッジをくいっと上げ、電卓を凄まじい速度で叩いた。
「計算したところ、あなたが納めるべき税額は——締めて、6億5000万ゴールドになります」
「…………は?」
俺の口から、間の抜けた声が漏れた。
いま、なんて言った? 6億? 10億のうちの、6億?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 半分以上じゃないか! なんで俺がそんな金を払わなきゃならないんだ!? 俺は世界を救ったんだぞ!?」
俺の抗議など想定内だったのだろう。
美女は眉一つ動かさず、冷徹に言い放った。
「世界を救った功績と、納税の義務は別問題です」
その瞳には、魔王ですら持ち合わせていなかった、底知れぬ冷酷さが宿っていた。
「支払期限は来月の15日です。延滞されますと、年利14.6%の延滞税が加算されますのでご注意ください」
……あ、これ。
魔王より強いやつだ。
俺の「戦後処理(第2の戦い)」が、幕を開けた瞬間だった。




