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君へ、滅びを超えて

むかしむかし、世界を“滅ぼしかけた”少女がいました。

そしてその少女を“守れなかった”騎士がいました。


これは、終わったはずの物語の——

“続き”の話です。


過去の罪と、未来の希望。

滅びと祈りが交差する。


……ちょっと重たそう?


でも大丈夫。前作の主人公がちょっとかっこいい、そんな物語です。


ページをめくれば、彼女たちが待っています。

滅びを超えて、あなたに手を伸ばすために。


君よ、滅びを超えて


ロゼは騎士であった頃の自分が誰かに従い、真実を見なかったことを深く悔いた。ゆえに、記録者としての人生を選び、「誰かに従う」のではなく、すべてを見届け、自らの言葉で語り継ぐ役目を負った。

記録の魔女とは、彼女が背負うべき「過ちと責任」を象徴する役職なのである。


かつて、ロゼは「白銀の王国」と呼ばれる地に仕える聖騎士だった。その王国は“光の理”によって統治され、人々は秩序と平和の中で暮らしていた。ロゼは王国に忠誠を誓い、特に幼少期に救ってくれた王女アリアを守るため、剣を取り聖騎士となった。

だが、空から堕ちた“黒の流星”により、アリアは“滅びの君”の器と化していく——。


『過去より、滅びの君へ』――続き


深夜、レネはうなされていた。またあの夢——黒い大地と血の雨、王女が絶叫しながら崩れ落ちる光景。そして、その傍らに剣を突き立てられたまま、血に染まる白銀の騎士がいた。

目覚めたとき、レネの手は小さく震えていた。この夢は何だ? 何度も、繰り返し、彼女を責め立てる。

「……また夢を見たのね」

声がした。振り向くと、そこにはロゼがいた。相変わらず鋭く冷たい視線。だが、どこか哀しみに満ちていた。

「それは“記憶”よ。あなたの中に残された、遥か昔の記憶」

「記憶……? 私が、あの光景を知っているってこと……?」

ロゼは小さくうなずいた。

「あなたは“鍵”なの、レネ。あの時、私が救えなかった……アリア様の代わりに現れた、運命の交点。あなたの存在が“滅びの君”の再臨を左右する」

「滅びの君……それって、私が、あれになるってこと……?」

ロゼは答えなかった。その沈黙が、何よりも重く、レネの胸に突き刺さった。


一方、ラグスとカイは北の廃都“ルメイル”に辿り着いていた。かつてロゼが守りきれなかった王国の遺構。そこに、「封印された記録」があると聞いたのだ。

廃墟の中心に立つ石碑には、古代語でこう刻まれていた。

『滅びは、再び少女の魂に宿る。過去を喰らい、未来を砕く。されど、約束はまだ生きている——“剣を捨てた君”よ、汝が誓いは忘れていない。』

カイは石碑に手を触れながら呟く。

「ロゼ……あの人は、本当に俺たちのことを……」

「覚えているさ」とラグス。「あいつは不器用なんだ。罪を背負ったまま、今も誰かを守ろうとしてる」

カイは拳を握った。

「なら、俺たちがやることはひとつだ。ロゼの背中を押してやる。……あの人だけに、背負わせるわけにはいかない」


物語は、過去と未来が交差する運命の地へと向かっていく。レネは、自らの記憶と向き合い始める。ロゼは、再び「選ばれし者」を守るため、剣を取る決意をする。

そして、ラグスとカイは、かつての“約束”を果たすために再びロゼの前に立ちはだかる。

そのとき、運命の歯車は加速する。

「アリア様……あなたを救えなかったあの日の過ちを、今度こそ……終わらせる」

封印の間。そこは、アリアが最期に消えた王国の中心、“白銀の神殿”の奥深く。レネの記憶が全て戻りつつある中で、ついに“滅びの君”の力がその身に顕れ始めていた。

「もう、止められないのかもしれない……私、また……!」

レネが膝をつく。その背から、黒き炎のようなものが揺れていた。まるで、意志を持った別の存在が、彼女を喰らおうとしているかのように。

その時。

ロゼが彼女の前に歩み寄った。無言で、ゆっくりと、レネを抱きしめる。

「……え?」

「許してくれ……」

震える声だった。これまで鋼のように冷たかったロゼの声音が、崩れるように弱々しく響く。

「アリア様を救えなかった。あの日、私は……あなたの手を、彼女の手を、掴めなかった。“騎士”のくせに、誰一人守れなかった……!」

レネの目の前で、ロゼは崩れ落ちた。何千年と積み上げてきた罪と後悔を、今、堰を切ったように吐き出す。

「私は……赦される資格なんてない。それでも……それでも、今度こそ……あなたを、レネを、あの手を、私は……!」

涙が、ロゼの頬を伝って床に落ちる。それは冷たくもなく、熱くもなく、ただ静かに流れ続けた。

レネは黙って、ロゼを抱き返した。

「ねえ……ロゼ。私が“アリア”の生まれ変わりでも、“滅びの君”でも……そんなの、どうだっていい。だって私は……“私”として、今ここにいるんだよ」

レネの言葉が、ロゼの胸に染み入るように届いた。

その瞬間、レネの背後で揺れていた黒い炎が、音もなく消えた。

光が差す。

神殿の天井に開いたひび割れから、一筋の陽光が降り注いでいた。

レネがアリア、滅びの君へと変貌することはなく。それはまるで、「呪いが解かれた」ことを祝福するかのように――


ロゼは、何千年も流すことがなかった本当の涙をようやく流し、そして初めて、「今を生きる」ことを受け入れた。

彼女の中で、アリアも、白銀の王国も、そして罪も――ようやく、ロゼの心は、過去の罪という時を止めるのをやめたのだった。

前に進むために、未来を描くために。


『過去より、滅びの君へ』――最終章

「君よ、滅びを超えて」


神殿に満ちていた静けさが、突然破られた。大地が震える。空気が裂ける。黒い霧が地の底から吹き上がり、神殿の奥に開いた奈落から“何か”が這い上がってきた。

それは、形を持たない“虚無”だった。人の姿を模した影が、無数に、渦巻きながら天へと昇る。中心には、かつての王女アリアと酷似した少女の姿があった。だがその瞳は、完全に虚ろだった。

「……アリア様……?」

ロゼがかすれた声で呟く。だが、それはもうアリアではなかった。

それは、“滅びの君”そのものだった。

その、“滅びの君”はレネの魂を食らうことなくその身を持ってしてロゼ達の目の前に現れたのだ。

「すべては繰り返す。愛も、誓いも、願いも、命さえも……滅びへと還るのだ」

虚ろな声が神殿全体に響く。

「お前たちがどれほど抗おうとも、私は再びこの世界を抱きしめ、沈める。運命とはそういうものだ」

その瞬間、神殿が崩れ始めた。空が裂け、虚無が世界を呑み込む。

「来るぞッ!!」ラグスが剣を構え、カイが横に並ぶ。

「ロゼ、もう一度だけ、俺たちで……」「……やるしかないわね。今度こそ、終わらせる」

カイには昔、請け負った“滅びの君”、“調律者”の時の力は残されてなく、ただ“調律の少年”だった頃の力しかない。

そして、ロゼは震える剣を握り直し、レネを守るように立つ。

だが、その時、レネが一歩前に出た。

「……私が、行く。だって、あの子は私の“過去”で、私の“影”……そして、きっと……“私自身”でもあるから」

「レネ……!」

「違うの。私は“滅び”じゃない。私は、誰かの願いで生まれて、今ここにいる。だから、終わらせる。もう誰も、失わないために」

彼女の背に光が灯る。まるで、失われたアリアの意志とロゼの祈りが、ひとつになったような神聖な輝き。

ラグスが笑う。「やれやれ……仕方ねぇな、行こうぜ」

カイが頷く。「ここで退いたら、またあの人に説教される」

ロゼも静かに前に出る。「……レネ。あなたが私たちを導いて」

そして4人は、滅びの君が待つ神殿の心臓部へと、共に歩を進めた。


虚無の中へと、4つの光が進んでいく。

ロゼの赦し、レネの決意、ラグスの誓い、カイの想い。

その全てが一つとなり、今まさに、「滅びの運命」を超えていく戦いが始まろうとしていた――

虚無の中心。全てを飲み込む闇の中で、“滅びの君”が待ち構えていた。

その姿は、まさしくアリア王女のまま。けれどその眼差しは、人の情など一片も宿していない。

「……なぜ抗う。なぜ拒む。滅びは優しさだ。忘却は救いだ。愛した者を、永遠に痛まぬ眠りへと導ける……それが、私の選んだ“終わり”だ」

ロゼが前へ出た。

「……アリア様。あなたはまだ……そんな言葉を口にするほど、孤独の中にいるのね」

剣を地に突き立て、ロゼは叫ぶ。

「あなたは間違っていた! でも、私はその手を取れなかった!それが……どれほどの後悔を、どれほどの痛みを、この胸に残したか!」

ロゼの叫びに呼応するように、虚無が一瞬だけ揺らぐ。

ラグスとカイが左右から突撃する。

「ロゼの想い、届いてるんだろ! だったら、俺たちが開けてやる!」「心の扉を! 一発で!」

ふたりの連携攻撃が、虚無に風穴を空ける。その裂け目の向こうに、ほんの一瞬、アリアの“本当の姿”が見えた。

涙を流しながら微笑む、かつての王女。

「……っ!」

虚ろな空間。

光も音も消えた深淵で、レネはひとり立ち尽くしていた。

足元は崩れそうで、空は重く、心にざらりとした寒さが絡みつく。

「……ここは……どこ?」

声が空に吸い込まれる。返ってきたのは、ひとつの足音。

白いドレスをまとい、微笑む少女が現れる。

その瞳は、何かを悟ったように静かで、あたたかく、壊れていた。

「レネ……もう、やめよう」

アリア。いや、滅びの君。

その姿は少女の形をしていたが、後ろには影が延び、翼のように広がっていた。

死を、終わりを、優しくもたらす者の姿。

「傷ついてきたでしょう? 求めても拒まれ、信じても裏切られ……その心は、もう限界なんでしょう?」

レネは口を開こうとしたが、声が出なかった。

足元の虚無が、じわりと滲み出してくる。冷たい。苦しい。でも、どこか懐かしい。

「ここにいればいい。誰にも傷つけられず、何も選ばなくていい。……あなたの願いは、ほんとうはそれだったでしょう?」

アリアが手を差し伸べる。

その手は、母のように、姉のように、あたたかく見えた。

「忘れよう、レネ。痛みも、使命も、自分であることさえ。……あなたのすべてを、わたしが抱いてあげる」

ぐらり、と心が揺れた。

なにもかも終わらせてしまえば楽になれる。

責任も、選定も、戦いも、誰かを信じることさえ、もういらない。


でも——


「……ちがう」

かすれた声が、自分の喉から漏れた。

レネは、自分の心の奥で、ひとつの光を見つけた。

それは、笑顔。

小さな村で過ごした日々。ロゼの紅茶。ラグスの不器用な優しさ。

そして、滅びの君に向けて差し出した、自分の手。

「私は……痛みも、悲しみも……全部持っていたい。忘れたくないの。たとえそれが間違っても……それが、私だから」

その瞬間、滅びの君の表情がかすかに揺れた。

「あなたがわたしなら……わたしはもう、あなたではない」

レネは立ち上がる。影が裂け、虚無が遠のく。


「私は私よ、アリア」


胸に灯った小さな火が、全ての闇を押し返していく。

そして、レネは進み始めた。

虚無の中。

白い光がふと、舞った。

その中心に、アリアがいた。

滅びの君としての威容ではない。ただ、ひとりの少女だった。

その瞳には、優しさが、苦しさが、深い静けさがあった。

レネは問う。

「……なぜ、世界を滅ぼそうとするの?」

アリアは、静かに微笑んだ。

「わたしは、世界を……愛していたのよ、ずっと」

その声は震えていた。

「でも、愛していたからこそ、もう……見ていられなかった」

目を閉じる。

「人は、争いを繰り返していた。大切なものを傷つけ、正しさを盾に剣を抜いた。……わたしが救おうとした人たちも、わたしを信じてくれた者たちも……みんな、焼かれて、踏みにじられて、忘れられていった」

白いドレスの裾が、虚無の風に揺れる。

「何百年も、記録を渡り歩いた。調律を続けた。でも……誰も、変わらなかった。世界は、滅ぶことを望んでいるようだった」

レネは、声を失って立ち尽くす。

アリアはなおも言う。

「だったらせめて、わたしが終わらせようと思ったの。これ以上、壊れていくのを見たくなかった。……世界を眠らせることで、痛みから解き放ってあげたかったのよ」

それは、祈りだった。

誰かを憎んでなどいない。

ただ、痛みと絶望と疲れ果てた愛から生まれた、静かな終わりの願い。

「でも、それはただの逃げだったのかもしれないね」

その瞳が、レネを見つめる。

「あなたに会うまでは、気づけなかった。誰かの手が……こんなにも、あたたかいなんて」

レネの喉がきゅっと締まった。

「わたしは……」

言葉が出ない。

でも、アリアが“ただ滅びを望んだ怪物”ではないと、はっきりと理解できた。

それは、誰よりも世界を愛してしまった少女の、痛みの果て。

「わたしはあなた…滅びに囚われた“過去のあなた”――でも私は、“今を選ぶ”。生きて、誰かと繋がって、痛みを抱えて、それでも前へ進む“私”を!」

彼女の言葉とともに、手を差し伸べる。


「アリア。帰ろう、一緒に」


その手を――

滅びの君が、震える手で、そっと握った。

瞬間、世界が光に包まれた。

虚無が崩れ、闇が祓われる。神殿の空が晴れ、温かな風が吹き抜ける。

アリアの姿は光となり、微笑みながら消えていった。

「……ありがとう。ロゼ、ラグス、カイ、そして……レネ」

「あなたが“わたし”を超えてくれて、嬉しい……」


終章――「朝焼けの彼方へ」

戦いのあと。崩れた神殿の丘の上で、ロゼは一人、空を見上げていた。

「……終わったのね」

ラグスとカイが笑いながら近づいてくる。

「やっと泣けたか、騎士様?」「目、赤いぜ? 泣いてたろ」

「……うるさい」

ふたりを睨みつつも、その瞳には確かな安らぎがあった。

レネが最後にやってきた。

「ねえ、ロゼ。これから、どうするの?」

ロゼは静かに答えた。

「この世界を、もう一度知りたい。“滅び”ではなく、“希望”が残る世界を……あなたと、みんなと、一緒に」

レネは微笑んで手を差し出す。

「じゃあ、一緒に行こう。朝焼けの向こうへ」

ロゼがその手を取り、朝日が昇る地平線へと4人は歩き出す。

失ったものは戻らない。でも、繋いだものは確かにここにある。

“滅び”の物語は、いま、“希望”の物語へと生まれ変わった。



エピローグ 「風のはじまる場所で」


それから、季節が三度めぐった。

かつて“滅び”に飲まれた地は、今では小さな緑に覆われている。神殿の跡地には若木が根を張り、風はどこまでも優しく吹いていた。

そこに、小さな村ができた。名もなき人々が集い、「滅びの丘」と呼ばれていた地に、新たな暮らしを始めたのだ。

村の名は「アリア」。希望を託された名。忘れ去るのではなく、記憶として生きるための名前。


村の広場で、レネは子どもたちに読み聞かせをしていた。「むかしむかし、“滅びの君”と呼ばれた少女がいました……」しかし、子どもたちは笑う。

「えー、レネ先生ってその子でしょ?」「全然“滅び”って感じじゃないもん!」「ごはんいっぱい食べてるし!」

「……う、うるさいな……!」

レネは頬を膨らませながら笑う。彼女の瞳には、もはや“闇”の気配はない。今は、ただ温かな陽射しと笑い声があるだけ。


村の外れ、丘の上には、騎士団の詰所のような小さな建物があった。その中で、ロゼは磨かれた剣を壁に飾り、窓の外を見ていた。

「……あの子、随分立派になったな。“選定者”の時とは大違い…」

ラグスが背後から声をかける。

「どうした、また感傷か?」

「……違う。風が気持ちよかっただけ」

「はいはい。じゃあ俺はカイと畑に行く。今日はジャガイモ祭りらしいぞ」

「……やれやれ」

ロゼはふっと笑った。心の中には、もう“滅び”という言葉はなかった。

彼女が守れなかった過去は、今、確かにレネという“希望”の中で生きている。


その夜。星が降る丘の上で、レネとロゼは空を見上げていた。

「ねえ、ロゼ。アリア様って……どんな人だった?」

しばらくの沈黙のあと、ロゼはぽつりと答えた。

「強くて、優しくて、……寂しがり屋だった。あなたとは、少し似ていて、少し違う」

「……ふふん。じゃあ私のほうが可愛い?」

「それはどうかしら」

ふたりは肩を並べて笑う。

空には、流れ星が一筋。

どこまでも静かに、でも確かに、夜を超えていった。

――これは、

過去を越え、未来へ繋がった、滅びの君と騎士の、ひとつの終わりであり、すべてのはじまりの物語。


そして〈本当の終わり〉

『過去より、滅びの君へ』


最後まで読んでくださって、ほんとに、ありがとうございました。


これは“滅び”から“希望”へと歩いた、ひとつの物語です。

過去を越え、未来を信じる勇気を、ロゼとレネたちが少しでも届けられたなら嬉しいです。


物語の終わりは、いつだって新しい始まり。

またどこかで、お会いしましょう。


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