エレン 偽人間の挟みうちに合う
「レイちゃん、危ないから車に戻ろう」
そう声を掛けたが、ルミもその視線の先を見ると、偽人間になってしまったレイコの両親とエレンが戦っていた。
レイコの両親は、両手がやたらと長く、ムチのように振るったり、鋭い槍のように一直線に突いたりして、エレンを攻撃してる。その姿は、人間の形を保ちながらも、明らかに異様な生き物だった。
レイコは両親の姿を見て、叫び声も出せなくなり、動けなくなっていた。
「ルミねーちゃん! 戻って来て!」
車の方から、悟と剛の叫び声がした。
ルミはレイコを抱きかかえて、車に走って行った。走りながら、後ろを向いてエレンに叫んだ。
「猫さん!行くよ!」
エレンはレイコの父親の偽人間の腕を避けるために、後ろにジャンプしながら、カゴから何かを取り出し、レイコの父親に投げつけた。
それは五枚の大きなハエトリ草のような奇怪な雑食植物だった。植物がレイコの父親に噛みつき、食べ始めた隙に、エレンは車に向かって走り始めた。
レイコの母親の偽人間が追ってくる。
ルミが車に戻ったときには、四人の偽人間の村人がこちらに向かって歩いて来ていた。子供たち二人はパニック状態で叫んでいる。
「ルミねぇーちゃん!助けて!助けて!」
ルミも四人の村人に怯えながら、ハッチバックにレイコを入れて、運転席に着いた。
「レイちゃん、シートベルトをしてよ!」
レイコは急いで後部座席に移ってシートベルトをした。バックミラー越しに、エレンが走って来るのが見えた。
ルミは回転計で4千回転をキープしている。エンジンの唸りが緊張をさらに高めた。
レイコの母親の偽人間が、伸ばしている両手を縮めると、縮めた分だけ大きく首を伸ばしてきた。大きな口を開けて、噛みつこうとしている。エレンは走りながら、後ろから追いかけてくる偽人間の母親を見た。
「追いつかれちまうね」
エレンは四本足で走り出し、地面を蹴り、大きくジャンプした。
車の真後ろに着地して、荷台に潜り込みながら、ハッチバックを閉じた。
エレンが叫ぶ。
「走れ!!」
車はホイールスピンを起こし、タイヤが悲鳴をあげながら、前方の四人の村人の偽人間に突っ込んでいく。ルミは目を瞑っていた。二人の村人が空中に舞った。
荷台のエレンは後ろを見ながら、
「あいつら、こんなもんじゃ死なないようだね」
轢かれて倒れていた二人の村人がムクムクと起き上がった。ルミがバックミラーを見ると、国道に、どんどん偽人間の村人が増えてきているのが見えた。
ルミが呟く。
「村の人たち、みんな化け物にされちゃったんだね...」
「ルミ、誰もいないところで止めておくれ。ここは乗り心地が悪すぎるさね。助手席に戻るよ」
村で唯一の国道を走って、人気のないところで車を止めた。
ルミは運転席の下にあるレバーを引っ張り、ハッチバックのロックを開けた。
運転席を出て、前に回り破損状態を確認した。バンパーとボンネットは曲がり、左のヘッドライトが割れていた。エレンも見に来た。ルミはボンネットを開けてラジエーターの水漏れを確認した。エレンもボンネットを覗きながら尋ねた。
「まだ、走れそうかい?」
「ラジエーターまで破損してないから、まだまだ走れるわよ」
二人は助手席と運転席に戻り、再び車を走らせた。ルミは誰にともなく話し始めた。
「恵子はこの村から上京して都会に住んでたんだ。だけど、都会が合わなくって、村に帰ってきたんだって」
エレンがちらりとルミを見た。
ルミの声は震えていた。
「二年前に、幼馴染みと結婚したって言ってた。私も都会から来たから話が合って友達になったんだよね。コスプレ教えたのも私なんだ」
ルミは涙を流しながらエレンの方を向いて、
「さっき、轢いたの恵子の旦那だったんだよ。恵子も、もういないんだよ」
ルミは声を詰まらせた。
エレンは厳しい口調で、
「元旦那の化け物さね。危ないから前を向きな」
ルミは前を向いたが、涙は止まらなかった。
エレンが続けた。
「アンタの運転に、皆の命がかかってるさね。子供たちを助けるんだろ。気合を入れな!」
ルミは涙を拭い、深く息を吸った。
「そうだね。悟くん、剛くん、レイちゃん、どんなことがあっても、絶対に助けるからね」
エレンの耳がピクリと前方と後方に動いた。
「この道の先に何十人か集まってる。向こうからやって来るさね」
ルミは不安げに問いかけた。
「何十人も、どうするの?車で突っ込んで行っても、突破できないよ」
エレンは冷静に答えた。
「後ろからも追ってきている。挟み撃ちのようだね。前に行くしかないさね」
エレンはカゴの蓋を開けて中を覗いた。
「こいつを使おうかね。車を止めとくれ」
ルミは一瞬ためらったが、車を路肩に寄せて停めた。エレンはカゴを持って外に出た。そして空に向かって叫んだ。
「ブサー!降りといで」
すると、超大型の白いハヤブサが降りてきた。エレンはカゴから三十センチはありそうな、ウツボカズラのような形の植物を4本取り出し、ボンネットの上に並べた。
「ブサ、この中の液体を、前にいる化け物どもに空から掛けておやり」
ハヤブサは、三本の指の間に植物を二本ずつ掴んだ。そして、何かを催促するようにエレンを見つめた。
エレンは笑って、
「無事に家に帰れたら、ブサの大好きなオオトカゲの肉を、腹いっぱいあげるさね」
ハヤブサはやる気を出したのか、力強く飛び立った。ハヤブサとエレンをじっと見ていたルミは、憧れの眼差しをエレンに向けた。
「猫さん、聞いてもいいですか?あの大きな鳥は、猫さんをサポートするために送り込まれた、超高性能ロボットとかですよね?カッコいいなぁ」
エレンは内心で苦笑したが、困った顔を作って答えた。
「さっきも言っただろうさ。あたしゃ何も言えないさね」
ルミの目は輝き、
「すいません。でも、ワクワクしちゃいます」
エレンは人間とほとんど話したことがなかったので、ルミの反応に戸惑った。そして脳内でAIの松中博士に問いかけた。
(ジジイ、この状況でワクワクするって、この子は状況が理解できない子なのかい?それとも、人間はこういう生き物なのかい?)
松中博士の声が返ってきた。
(たぶんこの子だけだ。しかし、おたくと呼ばれる人の中には、どんな状況でもカッコいい、かわいいと思うものを見たときにワクワクする人がいるのかもしれない)
(そうなのかい?人間っていろいろいるんだね。よくわからないさね)
エレンはルミのことを考えるのをやめ、脱出することに集中することにした。カゴから大きな布を取り出し、子供たちに渡した。
「また、これを被っておくんだよ。衝撃もやつらの溶解液も通さないから、絶対に出ちゃいけないよ」
子供たちはシートベルトを外して、3人で布を均等にかぶり、もう一度シートベルトをした。
次にルミを見て考えた。
「お前さんはどうしようかね。窓を閉めたぐらいじゃ死んじゃうだろうしね」
ルミは不思議な質問に答えた。
「なんの事か分からないけど、この道なら目を閉じてても運転できますよ。『Dの峠』を読んで、軽トラックで三百回以上は直線ドリフトの練習しましたから」
エレンは、コスプレのためにドリフトの練習をする意味がわからなかったが、ルミの腕を信じることにした。
「それじゃ、この布で頭と顔を隠して後ろで縛っておきな。いいかい、あたしがいいと言うまで絶対に外すんじゃないよ。死んじまうからね」
ルミは布で顔と頭を隠し始めた。
エレンは助手席にカゴを置き、ボンネットに飛び乗って独り言を呟いた。
「全員化け物になっちまってるのなら、変装する必要はなかったさね」
エレンはボンネットから周囲を見渡した。村を出るには、偽人間たちが群がる国道を突破するしかない。
マントのポケットの中で、マンドラゴラは、少し疲れた様子でいる。
作者より
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