エレン 天才メカニック ルミと合流
エレンはカゴの蓋を開けて何かを取り出した。
それはエレンが山で育てた、手のひらより一回り大きい雑食植物だ。ハエトリ草に似ているが、上下の葉には何本ものサメのような鋭い歯が並んでいる。
エレンはその植物を南京錠の前に持っていくと、植物の上下の葉が閉じた。
ガシャン。
南京錠は一瞬で噛み砕かれ、食べられてしまった。山では爬虫類や小動物を食べている雑食植物だが、目の前にあるものは何でも食べてしまうのだ。
エレンがドアを開けると、子供たちも後ろに続いて中に入って行った。
中を見渡したエレンは、車を見てため息をついた。
保育士さん、あんたはコスプレ命なんだね。ハァー。
そこには、パトカーのように白黒に塗られた車が置かれていたのだ。
その時、開いていた入口のドアに人影ができた。
振り向いた悟は驚いた顔をした。
「ここは私のガレージで、それは私の車よ!」
そこに立っていたのは、ツナギを着た修理屋の山本ルミだった。
「ルミ……ねえちゃん……」
ルミも驚いたように、目を丸くした。
「悟くん?」
悟はルミだと分かると、パッと顔を明るくして、
「剛くんも、レイちゃんもいるよ!」
ルミは子供たちに近づき、
「幼稚園に行くつもりだったけど、ガレージが空いてたから見に来たの。恵子はどうしたの?何度も電話したけど出ないのよ」
悟は悲しげに下を向き、
「先生は、化け物になって死んじゃった」
その言葉を聞いて、ルミは悲しそうに目を伏せた。
「そう……恵子も襲われたのね」
ふと、驚いたように顔を上げて、
「え! 死んじゃったって、あなた達がやっつけたの?」
レイコがエレンの方を向きながら答えた。
「違うよ、猫さんが助けてくれたの」
剛は無邪気な明るい声で言った。
「猫は女なんだぜ!」
その瞬間、剛はレイコに軽く叩かれた。
ルミは、子供たちの後ろに立つエレンを見つめ、
「猫さんて、あなた達の後ろにいる、手足の短い、マントを着たコスプレ警官のことなの?」
フードで顔を隠しているエレンが、冷静な声で返した。
「あたしゃ、好きでこんな格好をしてるわけじゃないよ」
ルミは不思議そうに首をかしげて、
「あなたは、なぜ猫さんて呼ばれてるの?」
エレンはゆっくりとフードを上げ、その顔を見せた。
ルミは驚いて、目を見開いた。
「ね...猫!!」
ルミはエレンの近くまで歩み寄り、上から下までじろじろと見つめて感心したように、
「良く出来た着ぐるみね。なぜ、こんなの着てるの?」
説明が面倒だったエレンは、着ぐるみだと思い込んでいる方が都合がいいと思い、質問には答えなかった。
「あんた、ルミって言ったかね。この車があんたのって、どういうことだい。あの保育士さんの車じゃないのかね」
ルミは少し戸惑いながら説明を始めた。
「恵子と二人でこの車を買ったのよ。私とはコスプレ仲間で、一ヶ月後のコスプレイベントに二人で出る予定だったの」
エレンは興味がなかったので、聞き流そうとしたが、つい尋ねてしまった。
「なぜこの車はパトカーみたいにしたさね?」
「一ヶ月後のコスプレフェスで、恵子はアニメ、『逮捕だ!』 の婦人警官のコスプレをしたかったの。でも、私はアニメ、『Dの峠』に出てくる走り屋のマリコのコスプレをしたくて。それで二人で話し合った結果がこの車」
そう言って、車に手を掛けた。
「マリコの愛車、シルエイティ(シルビアの前部を移植した180SX)をパトカーにすることで話がまとまったの」
エレンは自分の婦人警官の服を見て、(これか…)と内心で思った。
コスプレフェスに出る二人と、この車を想像してみた。二人ともコスプレになってないさね...と思ったが、言葉には出さなかった。
ルミに尋ねた。
「この車は、ちゃんと動くのかい?」
「当たり前でしょ!周りを見てよ」
ガレージの中には整然と工具やジャッキ、溶接機、エアーブラシまで置いてある。
「村一番のメカニック兼ドライバーのこの私がチューニングを施したシルエイティよ。六百馬力は出てるはずなんだから。直線だけなら、フェラーリにだって勝負を挑めるわ」
ルミはドアの鍵を回して運転席のドアを開けた。3ドアのハッチバックなので、出入りするドアは二枚しかない。
「早く乗って」
子供たちにそう言って、運転席を前に倒した。
子供たちが後部座席に乗り込み、エレンは助手席に座った。運転席に座ったルミがドアを閉めて、
「言い忘れてたけど、スライムみたいなのが、村長を襲ってるのを見たのよ。村長の家族は、助けもせずに見ていただけなの。きっと家族もすでにスライム人間なのよ」
ルミはエンジンをかけて走り始めた。車はガレージから出た。
ルミは話の続きを始めた。
「それで、走って逃げたんだけど、途中で知り合いの正司おじさんを見かけたの。私を見て気持ち悪い笑顔でニヤっと笑ったのよ。もう、ほとんどの村人がスライムになってるんだわ」
ルミはハンドルをギュッと握って、
「恵子と恵子の旦那さんと私で村を脱出しようと思ったのに」
レイコが後部座席から、
「ルミ姉ちゃん、私の家に行って。パパとママに知らせたいの」
「レイちゃん、すぐに村を出ないと私達まで食べられちゃうよ」
「イヤだ!ルミ姉ちゃん、車を止めて!歩いて家に帰る!止まって!止まって!」
エレンが、仲裁に入った。
「この子の家に行っておやりよ。あたしも行くって約束したさね」
ルミが困り顔でエレンを見た。
「でも...」
エレンもルミを見て、
「もし、すでに化け物になってたら、みんなで、あたしの家に避難する約束さね。他の子たちも、それで納得してるさね。大丈夫」
心配そうなルミの顔を見たエレンは、
「心配しなくていいさね。子供たちに聞いただろう、あたしが化け物を倒したって」
ルミは不思議そうな顔をして首を少し傾けながら、
「話は変わるんだけど、その着ぐるみの中は誰なの?村の人?私は田舎暮らしに憧れて都会から一人でこの村に来たんだけど、あなたもそんな感じで来た新しい人なの?」
エレンは、深く追求されないように流した。
「そんな感じさね。訳あって、今はこれを脱ぐことはできないさね」
ルミはまさかとは思いながら、
「なぜ正体を隠すの。まさかこの事件を追ってきた、内閣調査室とかCIAとかのスパイ?でも、スパイが着ぐるみを着てるのは変よね」
エレンは思った。
(この子は、少しおバカなんだね。調子を合わせておこう)
エレンは鋭い目つきで低い声を出して、脅すように言った。
「これを着てるのは、正体を隠すためさね。正体を知った者が、どうなるのか聞きたいかね?」
ルミは恐ろしくなり、
「わかりました。もう聞きません」
レイコが無邪気に、
「ルミ姉ちゃん、猫さんなんだよ」
車は村の中心の国道に出て、一分ほど走り、細い道を左に曲がって少し走ったところで止まった。
ルミが助手席のエレンの方を向いて、
「猫さん...て呼べばいいのかしら。レイちゃんの家に着いたわよ。その倉庫を曲がったところにある家よ。私は車をUターンさせておくね」
エレンが後部席のレイコに向かって、
「見てくるから、車で待ってな」
レイコは手足をバタつかせ暴れだした。
「嫌だ!私も行く!」
運転席も助手席も倒していないので出られない。
レイコは叫びながら、手足をバタつかせている。
「私も行く!行く行く!」
エレンが運転席のルミに向かって、
「ハッチバックを開けといておくれ。もし、二人が無事なら、そこに乗ってもらうしかないさね。それから、エンジンは掛けておくんだよ」
ルミは頷いた。
エレンは助手席のドアを開け、カゴを持ちながら、レイコの家に向かって歩き始めた。
その様子を見届けた後、ルミは車をUターンさせてハッチバックを開け、運転席に戻った。
突然、レイコはシートベルトを外し、後部座席からハッチバックの方へ移り、外に飛び出した。
気づいたルミが叫び、すぐに後を追った。
「待って!」
倉庫の角を曲ったところで、立ちすくむレイコの姿が見えた。
作者より
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