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エボリューションキャット エレン

ニッコリとした笑顔が、恵子と寸分違わぬ偽人間が、両手を広げて子どもたちを呼んだ。

「みんな、ハグして今日は終わりにしようか」

子どもたちは、嬉しそうに手を上げて、

「は~い」

三人の子どもたちが、恵子の偽人間に近づこうとした。


その瞬間、エレンは勢いよく恵子の偽人間に向かって突進した。

ジャンプして左目を狙い、鋭く右手を振り下ろしながら、恵子の偽人間に叫んだ。


「子供たちを美味そうだとでも思ってるさね!」


だが、右手が届く前に、恵子の偽人間は右手で凄まじい力でエレンを弾き飛ばした。壁に叩きつけられ、砕けた壁の破片とともに、エレンはズルリと床に落ちた。


動かないエレン。


子供たちは異様な光景を理解できず、ただ恐怖を感じて後退った。背中が壁にあたり、これ以上さがることはできない。子供たちの目は、エレンと偽人間の恵子を見ているが、手は隣にいる子を探している。


飛び散った壁の破片とともに、倒れているエレン。


声だけが聞こえてきた。

「痛いじゃないかい!化け物!」

凄まじい怒りを含んだ声だ。


倒れたままのエレンの体がズンズンと大きくなっていく。そして、二本足で立ち上がると、何事なかったかのように体をはたき、壁の破片を落とした。


身長は百五十センチをこえている。体重は、同族のトラやライオンぐらいだろう。尻尾は猫そのものだ。


怒りの形相を浮かべたエレンは、再び叫んだ。


「あたしゃ痛いじゃないかと言ってるんだよ!言葉がわかるんだろ! 何とか言ったらどうだい化け物!」


恵子の偽人間は、無表情で抑揚のない普通の声だ。


「お前を食うことにした」


その言葉と同時に、襲いかかってきた。

エレンを捕まえようと、右腕が異様に伸びたのだ。エレンは驚いたが、右にかわした。


はやい! 捕まれば溶かされちまうよ!


偽人間の右腕が縮み、すぐさま左腕が伸び、再びエレンを捕まえようとする。しかし、エレンはそれも左に逃げてかわした。偽人間は再び、右手を伸ばしてムチのように振るってきた。


シュッ!


偽人間の右手の鋭い音とともに、エレンは後ろに跳んでかわしたが、数本の胸の毛は切り取られた。


着地したエレンは、胸の切り取られた箇所を触り呟く。


「触れたら肉まで切られちまうよ!」


偽人間は前に進みながら、右腕を縮め、左腕をムチのように振るい続ける。


もう、後ろには下がれない。


上に行くしかないね!


天井に向かって飛び、クルッと回って天井に四本足をつけた。偽人間が首を上げた一瞬の隙に、右側の床に跳んで四本足で着地した。


近くにあった子ども用の机を掴んで、三個とも投げつける。偽人間が左右の手で叩き落している隙に、正面にあるピアノの後ろに飛び込んで隠れた。


偽人間はピアノを壊し始めた。右腕のひとふりでピアノの屋根、後ろ板、ピアノ線まで切断された。


エレンは焦っていた。


(時間稼ぎにもならないさね。このままだと殺されちまう!ジジイ、どうすりゃいいさね)


ニ度目の攻撃で鍵盤まで切られ、エレンの目の前を、刃のようになった偽人間の手が通過した。三度目の攻撃で完全に破壊された。


隠れるところはもうない。エレンは立ち上がった。爪を伸ばして、戦闘態勢をとった。


(ジジイ!あいつの首を落とせば、死ぬと思うかい!)


(あいつは、その程度じゃ死なないよ)


(じゃあ、どうしたらいいさね!)


心で叫ぶと同時に、偽人間に向かって、真っ直ぐ走り出した。


(エレン!どうする気だい!)


偽人間は、右腕を刃物のように変化させ突いてきた。


エレンは天井に飛びつき、四本の足をぎゅっと縮めて力を集中させた。


偽人間の左腕が天井に伸びてくる。


天井から、貯めた力を爆発させるように、勢いよく偽人間のすぐ右に向かって飛んだ。


エレンは、右手の爪を伸ばして、着地寸前に、偽人間の右足を切断し、後ろに飛び退いた。


偽人間は倒れたが、足はすぐに再生していく。


(ジジイ、これ以上の時間稼ぎは無理だよ)


(ブサが来る頃だよ)


偽人間は、切断された足が再生すると、何事もなかったように無表情で立ち上がった。


それと同時に、入り口と反対側の窓ガラスが大きな音を立てて割れた。


バァリーン!!


蔓で編んだカゴが投げ入れられたのだ。


カゴは子供たちとエレンの間に転がった。エレンはカゴに飛びつき、中から大きな布を取り出して、後ろにいる子供たちに被せた。布は足まで隠れる長さだ。


「この布はアンタたちを守ってくれるから、あたしが良いと言うまで、みんなで被っとくんだよ!」


子どもたちからの返事はない。布の中で3人が手を繋いで震えているようだ。


偽人間はエレンを狙って、右腕を伸ばしてきたが、カゴを掴んだまま、勢いよく後方に跳び、空中でカゴから、マントを取り出した。


着地して素早く身にまとい、大きなフードを被った。だが、壁際で後がない。


エレンは左腕に蔓で編んだカゴをかけ、右手でカゴをノックした。


恵子の偽人間に向かってニヤっと笑ったが、その目は怒りに燃えている。

静かで凛とした声で言い放った。


「マンドラ、出ておいで!」


買い物カゴの左半分の蓋がゆっくりと開いた。そこから、おしゃぶりを咥えた伝説の植物、マンドラゴラが顔を出した。


伝説の奇植物、マンドラゴラ。


中世ヨーロッパでは、錬金術に使われ、土から引き抜かれるとき、悲鳴のような叫び声を上げることで知られる。その声を聞いた者は狂死すると伝えられている。


しかし、エレンの山に住むこの奇植物は、普通のものとは違い、自ら歩き、自分の意思で声を出すことができるのだ。

カゴから下に飛び降りたマンドラゴラは、頭から葉っぱが生え、手足が短く、ゆるキャラのような見た目をしていた。


エレンは一瞬たりとも偽人間から目を離さずに、笑みを浮かべた。


「マンドラ、おしゃぶりを外して、あいつに歌っておやり」


叫びながら偽人間が両手を伸ばして襲いかかってきた。


「なぜ、猫のお前が邪魔をする!」


エレンはマンドラゴラがおしゃぶりを外すのを確認すると、すぐに自分の耳を折り畳み、深くフードを被った。


次の瞬間、マンドラゴラがリズムを取りながら、歌い始めた。


《あさだあーさーだーよー》


その歌が教室に響いた瞬間、偽人間はバシュっと音を立てて弾け飛んだ。


ゴト!という鈍い音とともに、そいつは倒れた。


マンドラゴラは不思議そうに倒れた偽人間を見た。まるで、遊んでもらおうと思っただけなのにと言いたげだった。


「マンドラ、終わったら、おしゃぶりを咥えるんだよ。あんたの声を直接聞いたら死んじまうからね」


松中博士の声が、エレンの脳内で聞こえてきた。


(エレン、マンドラの声を中和する、おしゃぶりキャンセラーは、私の作品だよ。ドクターと呼びたくなっただろ)


エレンは無視をきめ込んだ。畳んでいた耳を元に戻し、フードを浅くして前方を見た。頭が破裂したように偽人間が倒れており、体の細胞の一つ一つが死んでいるようだ。


静寂が訪れた室内で、エレンはその死体に向かって言ってやった。


「なぜ邪魔をするのかって?あたしゃ猫だからね、気まぐれなのさ」


エレンは足元にいるマンドラゴラを見下ろし、


「ありがとうよ、マンドラ」


おしゃぶりを咥えたマンドラゴラがエレンを見上げていた。


エレンはそれを掴み上げ、


「こいつは5000年に一本しか生まれない、最強のマンドラゴラさね」


そう呟いて、マントの内ポケットにしまい込んだ。


子供たちに被せていた布を取り去ると、彼らは手を繋いで目を瞑り、恐怖で震えていた。


防衛省に追われているエレンは、関わり合いになりたくないので、横を向いて無愛想に心配した。


「大丈夫かい」


子供たちは恐る恐る目を開け、周囲の様子を確認した。


大きな体の男の子が虚勢を張って、拳を振り上げながら叫んだ。


「化け猫!俺たちをどうするつもりだ!」


女の子はその男の子を止めながら、倒れている恵子の偽人間を指差した。


「違うよ、助けてくれたんだよ。だって、本物の先生の手があんなに伸びるはずないもん」


エレンは子供たちに声をかけた。

「ちょっといいかい?」


子供たちはエレンの方を見た。

エレンは顔を近づけ、口に人差し指を当てて、


「いいかい、あたしのことは誰にも言うんじゃないよ。わかったね」

子供たちは黙ってうなずいた。


エレンは続けて、

「お前さんたちには屋根から楽しませてもらったからね。でも、これでチャラだよ。あたしゃ行くよ。関わり合いになりたくないからね」


彼女が歩き出そうとした時、賢そうな男の子がマントを掴んだ。







作者より

マンドラゴラは、ハリーポッターにも出ていた、マンドレイクの別名です。


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コメント、いいね、評価、ブックマークなど、どんな形でも構いませんので、作品への反響をいただけると嬉しいです。

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