エレン 藤原とバトル
エレンは驚いた。
「どうしてここがわかったさね?」
「エレンも松中博士もわかってないな。私にメール送ってくれたでしょ。後ろの景色でどこにいるのかわかっちゃうよ。だって、この街に住んでたんだから」
松中博士も寄ってきた。
「ルミ、どうしたんだ」
「あなたたち二人とも、都会のことが全くわからないでしょ。住むところもないんじゃない?」
みすかされたとばかりに、エレンと松中博士は顔を見合わせた。
(なぜわかったんだ?)
ルミは右手の人差し指を振りながら、
「だ、か、ら、助けに来てあげたのよ。友達でしょ」
松中博士は言い聞かせるように、
「ルミも知ってるだろ。偽人間は危険なんだ。かかわらないほうがいい」
ルミは顔の前で両手を振った。
「もちろん、私は戦わないわよ。都会を案内しに来ただけ」
松中博士は、もう一度ルミに聞いた。
「どうやって、ここがわかったんだ」
「さっきも言ったでしょ。写真から...」
「いや、送った写真は、河川敷に続く道からだ。あそこからどうやってここに来た」
「えーと、河川敷に続く道を歩いていたら、ホームレスの人たちが河川敷にいて、ニ十歳ぐらいの若い女の子と四十歳前後のおじさんの二人組みを見なかったって聞いたの。エレンの服は、私が買ってきたから、服の写真も残ってたしね。それでホームレスの人が、この辺りに行ったはずだよと教えてくれたのよ」
エレンは真剣な顔で、ルミの肩を両手で掴んで、
「何もされなかったかい!」
ルミは意味がわからず、
「何もされなかったけど...」
エレンは安堵して、
「奴らは偽人間さね」
ルミは手で口を抑え、
「え!!」
「たぶん、他にも人がいたから襲わなかったさね。よかったよ。夜なら食われてたかもしれないさね」
松中博士はルミに、心がわりをしてくれるように、もう一度説得した。
「危険なんだ。ここを離れたほうがいい」
ルミはホームレスたちが偽人間だと聞いてショックを受けたが、
「松中博士、どこに行けば安全なの? 私達の村だって、他の田舎だってスライムに襲われたのよ」
エレンは松中博士に、
「ルミの言うとおりさね。ルミに偽人間の探知機を渡しておけば、反応した時点で逃げられるさね。ドクなら、もっと感度のいいのを作れるだろ?」
「キヨの周波数を解析したから、研究できるところがあれば作れる」
「それなら、パパのチューニングショップはどう? パパが死んだあと、店は閉めたけど、店も工具もそのままだよ。それに住むこともできるしね」
松中博士はルミに、
「まずはホームレスのゲンさんを探して情報を得ないといけないんだよ」
ルミは考えて、何度か電話を掛けた。
「友達に聞いたわよ。このあたりだと、ホームレスが集まってるのはニヶ所だけだって。行きましょう」
エレンがルミに、
「ルミ、松中博士って呼ばなくていいさね。ジジイって言ったら怒るから、ドクターのドクにしたさね」
「ドク。カッコイイし、言いやすい」
ルミは松中博士の方を向いて、両手を後ろに回し、
「良かったね、ドク」
公園に人の姿が見える。
近づくと知ってる顔がいた。
エレンの山を襲った防衛省の特殊部隊隊長、藤原だった。戦いの記憶が一気に蘇る。
しかし、エレンは人間のようになっているし、松中博士は人工皮膚を被せたアンドロイドである。
気づかないだろうと思い、公園に入り近くにいたホームレスに、ゲンさんがどこにいるのか尋ねた。
藤原隊長の近くにいる、見知らぬ男の横に座っているのがゲンさんだった。
エレンと松中博士は、藤原の隣にいる見知らぬ男から、アバター特有の匂いと波動を感じ取っている。
「ドク、気づいてるだろ。どうするさね」
一方、藤原は鋭い眼差しで三人を観察していた。ゲンさんを見ている三人のうち、二人が人間ではないことを即座に見抜いた。偽人間との戦いのあと、常に思念をあて、人間であることを確認するようになっていたのだ。
藤原が先に三人に声をかけてきた。
「あんたら、何者だい?」
松中博士が答えた。
「探偵です。川に住んでるヨシさんにゲンさんを紹介してもらいました」
藤原はいつもの半笑いの顔で、
「へぇー、人間じゃない探偵に初めて会ったぜ」
エレンがいきなり藤原の左側頭部に、右の回し蹴りをいれた。
藤原は左腕で受け止めた。
「いきなりとはひでぇーな」
「なぜ、偽人間と一緒にいるさね。裏切り者はあんただね」
「なぜ、偽人間のことを知っている」
藤原は理解したように、
「てめーら、サイボーグと化け猫か!」
「だれが、化け猫だい!」
激しい言い合いを聞き、ゲンさんや他のホームレスたちはオロオロしている。
松中博士はゲンさんに、
「気にしないでください。遊んでるだけですから」
ルミも心配そうに、
「ドク、止めなくていいの?」
松中博士は、チラリとふたりを見て、
「ルミ、心配しなくていいよ。エレンは人間の姿だから、戦闘力は同じぐらいだろう。滅多に見れないから、楽しんだらいいよ」
二人のバトルが始まった。
「よくも腕を斬ってくれたね!」
エレンは体を跳ね上げ、空中で体を回転させながら、藤原の右側頭部のこめかみめがけて回し蹴りを放つ。
藤原は屈んで避け、エレンの着地を狙って、右の中段回し蹴りを繰り出した。
「テメェーこそ腕を溶かしやがって!」
エレンの左の脇腹に入ったが、気にせず、藤原の足を掴んでジャングルジムの方へ投げ飛ばした。
「弱っちいだから、また、しっぽ巻いて帰えんな!」
藤原は空中で後方へ半回転して、ジャングルジムの壁の上部へ両足で着いて、足を縮めて勢いを殺し、ストンと地面に降りた。
エレンが藤原に向かって走って来る。オリンピック選手並の速さだ。
藤原の間合いに入った。右のパンチを繰り出したが、そこにエレンはいなかった。空中に跳んで、藤原の背後を取った。
エレンは唇に笑みを浮かべ、首に腕を回す。
「終わりさね」
そう言った瞬間に、エレンは一本背負いで投げられていた。
藤原は受け身が取れないように、片手を掴んだまま、頭から落とした。
「終わりはお前だ、化け猫!」
エレンは地面に片手をついて、逆立ち状態になった。
「いつまで手を握ってんだい。あたしに惚れたのかい!」
片手で、屈伸をするよう飛び上がりながら、藤原の顎を狙って足を突き上げた。
後ろに下がってよけた藤原は、空手の構えを見せる。
バトルを無視したように、松中博士は偽人間の吉田に聞いた。
「あなたは何者です」
吉田も、
「あなたこそ何者です」
松中博士は紳士的に、
「私の名前は松中。以前の職業は研究者です」
バトルをしている藤原を指さして、
「あの人に聞けば、詳しく説明してくれますよ。それで、あなたは何者です」
吉田は困ったように、
「職業は弁護士です。しかし、藤原さんと話をしてからでないと、詳しくはいえません」
「そうですか。では二人を止めて四人で話をしましょう」
エレンと藤原が一瞬にらみ合った。
藤原は柄に手をかけ、抜こうとしている。
エレンは、戦闘力をあげるか迷っていた。
あの、思念の剣は厄介だね。手足を猫に戻して、一気片付けるか。
その時に松中博士が割って入った。
「そこまでだよ」
エレンと藤原は睨みあったままだ。
緊迫した空気の中、ルミが走ってきて、エレンに後ろから抱きついた。
「エレン!カッコイイ!私にも格闘技を教えて!かっこいいコスプレもしたいの。お願い!」
張り詰めていた空気が一瞬にして緩んだ。
エレンは両手を下ろして、
「あたしゃ、やる気がなくなったさね」
藤原も思念の柄から手を離した。