藤原部隊 全滅
次回、スライムの正体がわかります。
夜のさびれた街。
バーの看板がある二階建てのビル。
薄暗い地下へと続く階段を、時折、人が降りて行く。一見すれば普通の客に見えるが、藤原部隊の隊員たちである。
ドアには閉店のボードが掛けられていた。
店内には十人の男たちが散らばっている。カウンターに腰かける者、テーブルに座る者。その中に藤原の姿もある。
マスターは店のドアに鍵をかけると、カウンターの中に入った。戸棚に同じ形のグラスが並んでいるが、左端のグラスを取り出して、店の隅から四十センチほどの踏み台を持ってきた。そのグラスを、戸棚の一番上、右端に丁寧に置くと、
カチッ——。
という静かな音とともに床が開き、地下への階段が姿を現した。男たちは無言で階段を降りていく。
地下の空間には大きな机が置かれ、男たちはその前に腰を下ろした。全員の視線は前方のモニターに注がれている。
藤原がモニターの横に立ち、説明を始めようとしたその時、一番若い隊員が胸のあたりで手を上げた。
「隊長、セキュリティが古すぎじゃないですか?化け猫でも、顔認証と指紋認証を使ってましたよ」
「三島、またお前か。今は関係のないことだ。が、鍵となるグラスは毎日換えている。それに、ここは俺専用の隠れ家だ。襲ってくるやつはいない。これでいいか?」
この一番年下の隊員に、藤原の瞳は優しかった。
山田隊員が手を上げ、
「隊長は三島に優しすぎます」
「お前たちも可愛がってるだろ」
コホンと咳をして、藤原は続けた。
「まあいい、今から映すのは、この中の半分が知っている化け猫と偽人間の戦闘時の映像だ。スライムが人を捕食して、人間に化けた偽人間となったときの戦い方がわかる。人工衛星からの撮影なので、鮮明さには欠けるが、かなりの参考になるはずだ」
モニターに映し出されたのは二つの映像だった。一つは、エレンが二足歩行の猫に変化し、レイコの両親と戦う姿。もう一つは、エレンがワンビアのボンネットに乗り、何かの道具を手に持ち、偽人間となった村人たちを次々と破裂させていく様子だった。
津山隊員が手を上げた。
「やつらの攻撃は、長い手を振って相手を突き刺すか、首を伸ばして噛みつくだけでしょうか?」
「詳しい攻撃方法はわかっていない。基本的には、屋内で人間を捕食し、その人間になりすますようだ」
北島隊員が質問した。
「化け猫の使っている武器は何なのですか。我々も、あれを使えばいいと思います」
「何かはわかん。ただ、化け猫の話から推測するに、武器ではなさそうだ」
藤原は続けて、
「スライムや偽人間の弱点も、生態も、正確な数もわかっていない。ただ、これだけは言える。排除しなければ、すべての人間が捕食されてしまうかもしれないということだ」
藤原は、全員を見まわして、
「作戦は、奇襲攻撃だ。他の班が排除に行ったが、全て行方不明になり、戻ってきた者はいない」
藤原隊長は表情を引き締めて続けた。
「やつらも警戒を強めて罠を仕掛けているに違いない。不利だと判断したら、すぐに撤退する。目的は、偽人間の排除だが、全員生還することを最優先とする。武器を車に積み込め。出発は二時間後だ」
ハイエースワゴンがビルの建築現場から少し離れたところに止まっている。運転手を含めた十人の藤原部隊だ。
藤原はもう一度確認のために説明を始めた。指をさして、
「あそこの建築現場が奴らの棲家だ。周りを防護壁で囲んでいるので、出入り口は、あそこだけだ。やつらは地下を作って、その上にビルを建てるつもりのようだ。ここまでは情報を得ている。だが、地下に入れば、本部とは通信ができなくなる。いいな、生還することが最優先だ」
藤原の部隊はビルの建築現場に、滑るように侵入した。十メートルほど地面が深く掘られている。簡易的な階段が、すでに基礎工事でコンクリートが流し込まれた床まで続いている。
下まで降りると、階段の後ろには、地下道が掘られていた。土のままで、まだ補強はされていない。簡易的な電球が天井にぶら下がり、入口に配線がむき出しのスイッチがある。
スイッチは入れずに、暗視ゴーグルをかけた。視野は狭くなるが、明かりを点けるわけにはいかない。機関銃を構えて、真っ暗な地下道を進んでいく。やがて、二方向に分かれていた。
藤原は、副隊長の木村に、指で合図をした。隊は二手に別れ進んでいく。
五人の隊員たちは、副隊長木村を先頭に地下を進んでいく。さらに奥で、地下道が再び分かれていた。副隊長は、右の道を選んだ。
スライムは、すでに待ち構えていた。最後尾を歩く隊員を、曲がり角で静かに包み込んだ。包み込まれた隊員は偽人間となり、何事もなかったかのように隊列に戻っていく。
突如、副隊長の木村が立ち止まり、後続の隊員を振り返った。
天井から、三人にスライムが襲ってきた。ドロッと溶けながら三人を包み込む。
木村は、それ光景を見ながら、
「防衛省の中に、もっと仲間を増やしましょう」
隊長率いる五人が地下道を歩いている。誰にも出会わず、微かに隊員たちの歩く音だけが聞こえる。
角を曲がった時、別れた五人の隊員と再会した。
五人が近づいてきて、それぞれ一人ひとりの隊員の前に立ち、両手を肩にのせようと手を伸ばしてきた。
副隊長の木村は、藤原の肩に手を伸ばそうとしている。
異変が藤原の脳を突き刺す。
「撃て!」
機関銃を目の前の木村に連射して、反対の壁まで吹き飛ばした。
他の四人は、すでに偽人間となった隊員に肩を掴まれている。元隊員だった偽人間はドロッと溶けて、隊員たちの顔や体を覆い始めた。
隊長に撃たれた木村が起き上がり、不気味な足取りで近づいてくる。
「軍にも仲間がいるのです。隊長が仲間になれば、藤原部隊は続けられます」
藤原は全身をスライムに包み込まれた隊員たちを見た。
「クソ!作戦失敗だ!」
隊員たちを助けられないと判断した藤原は、来た道を走って戻り始めた。
迷彩服の男が二人、道を塞ぐように立ちはだかる。以前この場所に潜入したと思われる特殊部隊の隊員だろう。
藤原は機関銃を構え、引き金を絞って一人を後方に吹き飛ばした。もう一人が伸ばした手を、刃物のように変形させて襲ってきた。
腰に着けている思念増幅装置の柄を引き抜き、白い透明な思念の刃で、襲ってきた腕を斬った。
ぽとりと地面に落ちた腕は、自ら動き、足元に戻って、溶けるように混ざった。そして、偽人間の兵士の腕は再び生えた。
懐に飛び込み、左から右へ真一文字に切ったが、切られながらも瞬時に再生していく。
後方へ跳んで、藤原は青眼に構えた。
体内に脳のような司令塔があるはず。そこを念で探るんだ。
超音波検査ほど鮮明ではないが、丸いピンポン玉のようなものを感じた。
機関銃で撃たれた偽人間が立ち上がり襲ってきた。伸びてくる腕を藤原は透明な思念の刃で叩き切った。
そのまま距離を詰め、みぞおちへ刃を突き立てた。
偽人間は糸が切れたように崩れ落ちた。
後ろから襲ってきたもう一人の偽人間にも、司令塔と感じた箇所を思念の刃で刺すと崩れ落ちた。
藤原は何とか地下道から脱出した。
しかし、防衛省には戻らなかった。
誰が偽人間かわからない以上、防衛省に戻るのは危険すぎる。藤原は独自に偽人間を排除していくことを決意した。