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藤原隊長

我々特殊部隊に名前はない。隊長である俺の名前から藤原部隊と呼ばれている。軍に入りたかったわけではない。剣の道を極めたかっただけだ。きっかけは、幼い頃にテレビで見た、野盗と戦う七人の侍の物語だった。白黒の古い映画で、声も聞き取りにくく、意味なんてわかりゃしなかった。ただ、その戦いに目が釘付けになった。自分も大きくなったら、侍になりたいと思い、長く重いバットを剣の代わりに毎日振り回していた。

小学校で友人になった石原のおかげで、あの映画が「七人の侍」だと分かった。そいつが他のDVDも貸してくれたので、何度も見返した。型を必死に真似て、自分なりの剣を磨いた。


やがて、毎日のように自転車で山に行って、重い鉄の棒で何度も木を叩いた。


ある時、野犬に襲われたが、鉄の棒を振るって撃退した。イノシシとも対決したが、木の上に逃げるしかなかった。


中学二年。石原に無理やり剣道部に連れて行かれた。仮入部の練習中、石原に小声で言った。

「こんなんじゃ、強くなれねぇよ」

それを聞きつけた川田先輩が、俺の前に立った。

「今なんつった?」

俺は開き直って、大声でいってやった。

「面、胴、小手しか打っちゃいけねぇなんて、そんなルールじゃ実戦で勝てるわけねぇって言ったんです!」

川田先輩は、

「いいだろう。お前のやり方でかかってこい」

川田の考えは見抜いていた。先に攻めさせて、すべてを防いだ後に、突きを決めてくるだろうと。


俺は八相の構えをした。

「いつでもいいぞ」

その声と同時に、耳のあたりを狙って、竹刀をバットみたいに思い切り振ってやった。

竹刀が折れて、川田は受け身も取れずに倒れた。

失神したようで、起き上がれない。面を外すと、耳から血がでている。

「スポーツ剣道じゃ強くなれねぇんだよ」

先輩たちが一斉にかかってこようとしたが、主将の米田先輩が止めた。

「やめろ!俺がやる」

主将の米田と試合を始めようとしたとき、遅れて顧問の鷲尾先生がやって来た。


「米田、仮入部相手に試合とはどういうことだ?」


反則で3年の川田がやられたと説明した。


鷲尾先生が俺を見て、


「そうか。だが剣道はあくまでもスポーツだ。お前たちがルールなしの試合をすることは許さん。俺が代わりにやろう」


そう言って防具を付け始めた。


俺は鷲尾先生に聞いた。


「木刀を使った、真剣勝負でお願いします」


「藤原は木刀を使ってもかまわんぞ」

部員たちは危険だと騒いでいたが、鷲尾先生は気にする様子もなく、

「ははは、当たらなければ、日本刀の真剣でも同じことさ」

俺は更衣室に戻って、荷物から木刀を取り出した。

両者構え、始めの声がかかった。


鷲尾先生には隙がない。そう簡単にはいかないってことはわかってた。


俺は下段に構えた。相手は中段。上段を打ってくるか、突きを出してくる。


だが、足を打てば、一瞬動きが遅くなる。その隙に面か胴を打ち込む。


そう考えてた。


下段から右膝を打ちに行ったが、空を切った。次の瞬間、俺の胴に鷲尾先生の前蹴りが決まって、壁に叩きつけられた。


胴は割れていた。


鷲尾先生は頭を掻きながら、


「すまんな、実は俺は空手家でな。剣道なんざ知らんのだ、ハッハッハ」


なんでこんなヤツが顧問なんだ?


「藤原、後で職員室にこい」


職員室での会話は、こんな感じだった。


「お前は、実戦の剣を学びたいんだろ。だが、ここでは無理だ。うちで鍛えてみないか?」


「うち?」


「俺は防衛省のスカウトマンでもあるんだ」


俺はただ剣が強くなりたかった。本来、剣は空手に負けるはずはない。自分が弱いせいだと思った。


「剣が上手くなれるのならお願いします」


そうして、教官の怒鳴り声が響く、防衛省の息のかかった練習場に連れて行かれた。


「集中しろ!念を剣に込めるんだ!」


ぶっ倒れるまで練習する日々が続く。


そして俺は、気功を使って自然石を割る拳法家みたいに、木刀に念を込め鋼鉄すら貫けるようになった。


軍備開発研究所が俺のために特別な装置を開発した。思念を増幅する装置だ。


この装置から出る思念の剣で、エレンと戦ったが、植物の溶解液を腕にかけられて溶けてしまった。


俺の溶けた左腕は肩まで及んでいたが、再生医療のおかげで、元に戻っていた。


エレンの山では、超大型ミミズに車を崖から突き落とされたが、命からがら全員生還していた。


他の隊員の傷も最新の治療で治っている。


防衛省から出向できている特殊部隊の代表井出は、打ち身、捻挫、擦り傷、鞭打ち等の軽症で済んだ。


その井出代表に呼び出された。


井出代表の部屋には、大きな机と椅子、それとソファとテーブルが置いてある。


壁にはいっさいの絵や写真が飾られていない。必要なもの以外には興味がないのだろう。殺風景なのは、この人の心を表しているようだ。

井出代表とテーブルを挟んで話し合っているが、命令を聞く気などなかった。

「化け猫の山に行くのはもうやめましょう」

俺は机に両手をつきながら身を乗り出した。

「木を一本切るのに、何人の隊員が死ぬと思います?」

井出は無表情のまま黙っていたが話を続けた。

「うちの部隊だけでなく、他の部隊をすべて投入したところで、全部切る前に誰もいなくなっちまいますよ」

「燃やしてしまえばいいのではないかね」

井出の声には感情が欠けていた。

「はあ?誰が火炎放射器を操作するんですか?葉っぱに殺される前に炎なんて届きませんよ。それにやつらだってバカじゃない。どうせ、トンネルにも入れなくなってますよ」

一息ついて、皮肉を込めて付け加えた。

「戦闘機で爆弾でも落とせというんじゃないでしょうね」

「駄目なのかね」

井出は能面のような表情のまま答えた。

「国民など、新聞の書いていることを鵜呑みにするのだから、こちらで情報操作すればいい」

声は抑えられたが、怒りは抑えきれなかった。


「そんなことをすれば、化け猫も民間人もみんな死んでしまいますよ!」


「死んでもいいのだよ。AIさえ手に入れば」


言葉は冷たかった。こんな人とは話にならない。そう思いながらも尋ねた。


「なぜ、そんなに松中博士のAIがほしいんです?」


井出の無表情な顔からは想像もできない愛国心の言葉が続いた。


「君は我が国の現状を理解しているのかね」


「なんのことです?」


俺の顔をじっと見つめながら、


「いいか、我が国の若者の人口は五十年前と比べて半分だ。この意味がわかるかね。軍で働いている者たちも半分しかいないということだ」


井出は一呼吸置いて続けた。


「今、他国が戦争を仕掛けてくれば、我々には勝ち目はない。どうしても兵士が必要なのだよ」


「自律型ロボットもあるし、無人の戦闘機も配備されていますよ。わざわざ動物を兵士にしなくてもいいでしょう」


「君はわかっていないね」


井出は首を横に振った。


「自律型ロボットは、自己での状況判断ができないのだよ。人間と同じぐらい高度なAIが必要なのだ。それにも松中博士のAIが必要不可欠だ」


井出は立ち上がり、窓際まで歩いていき、外を眺めながら、


「リモコン型の兵器は全て、ハッキングされる可能性があるということは子供でも知っている」


「では、傭兵部隊を作るというのはどうです」


俺は最後の提案をしてみた。


「それも、上層部は検討しているようだが、治安が悪化すると国民は反対するだろう」


井出は窓から外を見つめたまま話を続けた。


「それに、スライムはすでに襲ってきているのだ。早く手を打たないと、国自体が滅んでしまう」


井出は振り向いて、


「松中博士のAIから、データを取り出せば、自律型兵器のAIの問題も、兵士の問題も解決するのだ。動物部隊を作れば、兵士は一気に増える。人間は死なずに済む。動物は、一度にたくさんの子供を生むから兵士には困らなくなる」


井出は無表情だったが、俺には感情が滲んでいたように見えた。


「私にも守るべきものがある。現状では、そうするしかないのだよ」


この人に家族がいるのは知っている。だが、納得はできなかった。


「もちろん、それは理解できます。でも、それ以外の方法で松中博士に協力してもらえばいいじゃないですか。スライムにしたって、松中博士なら、いろいろ調べてくれるでしょう」


井出が聞く耳を持つとは思えなかったが、


「こちらの持っている情報をすべて渡して、頭を下げて協力してもらえばいいんじゃないですか」


「協力してくれるとは思えんな」


「プライドで頭を下げられないんですか」


井出は答えなかった。


「あなたのプライドのために、もう一回化け猫の山には行けませんよ。命がけになるのでね」


長い沈黙の後、ため息をついた。


「わかった。では君の部隊はスライムを排除してもらおう。化け猫山には他の部隊を行かせることにする」


「いいですよ」


立ち上がりながら答えた。


「でも、もう化け猫は山にはいないと思いますがね」






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