エレン対防衛省特殊部隊
鋭い警告音が響き渡り、一瞬にして、家の中を緊張感が走った。
エレンと松中博士のAIは黄色いピンポン玉のような物体を解析していたが、作業を中断した。
エレンが脳内で松中博士のAIに話しかけた。
(連中が来るの、思ったより早かったじゃないかい)
(連中もスライムを追跡しているのだろう)
(やっと借りが返せるさね)
エレンの口元には笑みが
浮かんでいた。
子供たちが不安そうに、研究室にやってきた。レイコが不安な表情で尋ねる。
「猫さん、何が起こったの?」
エレンは皆を見渡しながら、
「国防省に見つかってしまったようだね。あたしゃ、連中に追われてるのさ」
彼女の声は落ち着いていた。エレンは白衣を脱ぎ、マントを羽織った。
「話をしてくるから、みんなは、ここで待ってるんだよ」
「僕も行く」
剛は言ったが、その言葉を遮るようにドアが閉まった。
エレンはフードを被り、左腕にはカゴを下げ、森の中を歩きはじめた。どこかに向かって小さく話しかける。
「合図をしたら地面を掘っておやり」
しばらく歩き、森の木々を抜けて、立ち並ぶ針葉樹の間から姿を見せ、広場の前で立ち止まって見渡した。
トンネルを背にして七人の男たちが待ち構える。背広姿の男が二人、迷彩服の兵士が五人。迷彩服の色が少し違う、精悍な男が背広の男の隣に立っている。
正確にいえば、六人の男たちと、一体のアンドロイドだが、その腰には左右にガンホルダーが見える。
後方には4WD車が二台。エレンを逃がさぬように、態勢は整えられていた。
七人を見渡したエレンは、怒りを込めて言い放った。
「死にたくなけりゃ帰んな!」
怒りで震えだしそうな手は抑えられたが、声は抑えられない。
「そのアンドロイドも、こんな事に使うためにジジイが研究したわけじゃない!」
背広を着ている男が冷静に答えた。
「私は国防省の井出だ。長年探したよ。人工衛星からでも探せないはずだよ。こんな森の中にいたのなら」
エレンは井出をじっと見つめた。鼻にシワがより、嫌悪と軽蔑の表情が現れた。
「あんた、二十年前に襲ってきた名無し部隊のひとりだね。匂いがするよ」
「申し訳ない。上からの命令でね」
井出は静かに答えたが、声にも目にも罪悪感のかけらもなかった。
エレンの中にいる、動物の本能が、慈悲のない声をださせた。
「後で面倒になりそうだから、お前は殺しておいたほうがよさそうだね」
井出は両手を前に出し、懇願するように言った。
「闘いに来たわけじゃない。話を聞いてくれないか」
言葉には必死さが滲んでいるように聞こえるが、エレンは笑いながら、
「下手な芝居だね。家にいる猿のコンのほうが芝居はうまいさね」
そして、エレンは冷たく返した。
「あんたらと話すことなんてないね。まずは、あんたを殺す」
元助手の小山が横から、
「エレン、話を聞くだけだからさ」
その声には気の弱さが現れていた。
突然、森の中から蔓が飛び出し、井出と小山の心臓を狙った。
瞬時に反応した一人と一体。
小山の隣にいたアンドロイドは手刀で、井手を守っている藤原隊長は、腰にぶら下げていた刀の柄を振って切り落とした。柄からは刃の代わりに、ぼんやりと白い何かが出ていた。
エレンは怒りの表情で叫んだ。
「お前とその助手のせいでジジイは死んだんだ。お前と助手は殺すよ!」
殺意と復讐心が燃え盛っている。
ビビった小山は必死に言い訳をした。
「政府の人から、この国の存亡がかかっていると言われたんだよ。国がなくなったら困るだろ、な」
彼の声には焦りと恐怖が滲んでいた。命の危機を感じているのだ。
「あたしにゃ関係ない話さね。勝手にやってな」
エレンは井出を指差して、
「もう一度言うさね。今すぐに帰れば、そいつと助手以外の命は助けてやるさね。あたしゃ、殺し合いなんて下品なことはしたくない。いいかい、ここはあたしのテリトリーだ。あんたらに勝ち目はないよ」
井出は頭を下げた。
「頼むから聞いてくれ。スライムがこの国を襲っているのは知ってるんだろ。スライムたちは、人口の少ない集落や村を襲って偽人間を増やし、都会で人間に紛れ込んでいる。偽人間を探し出して排除するのは容易ではないんだ。二十五年前から、何かが起こっていたのは知っていた。だが、どこかの国が送り込んできたのか、または、宇宙から来ているのかさえもわからない。正直に言えば、まだ捕らえたこともない。奴らを排除しに行った部隊は帰ってこない。ドクター松中。このままだと、スライムに、この国を乗っ取られてしまう」
井出は自己弁護するように、
「それだけじゃないんだ」
井出は一歩前に出て、
「二十年間で状況は変わった。極端な人口減少で、今や兵士の数は以前の四割も減っている」
彼は一瞬言葉を切り、エレンの反応を窺った。
「このままでは国を守れない。エレンのような...そう、動物の兵士が必要なんだ。これができるのは松中博士の技術しかないのですよ」
井出の声には切実な願いが感じられた。
エレンは怒りが収まらなかった。
「あたしゃ兵士になんかならない!それに、国のことなんて知ったことじゃない。だいたい、誰に言ってんだい!」
井出は自分の頭を指差して言った。
「エレン、君の頭の中だよ。ドクター松中のAIにさ。彼が壊していったコンピューターから、少し情報が読めたのさ。助手だった小山くんも手伝ってくれたよ」
エレンは脳内でAIの松中博士に呼びかけた。
(ジジイ!出てくるなよ!奴らに集中できなくなる)
井出はエレンに向かって、
「村に行ったよ。誰もいなかったが、幼稚園に破裂した死体を見つけた。エレン、君自身にこんなことができるはずはない。何か武器を使ったんだろう。人殺しの道具は作らないといっておきながら、自分たちを守るためなら武器の研究をするんだな」
エレンは冷たい目で井出を見返した。
「猫聞きが悪いね。友達に力を借りただけさね。お前さんみたいに、すべての動物を実験動物としか思っていない人間には、わからないさね」
井出はもう一度頭を下げ、
「ドクター松中、スライムを駆除するのに力を貸してくれ。お願いだ」
エレンはその頼みを聞き流し、皮肉な笑みを浮かべた。
「お前さんもしつこいね」
井出は首を振りながら、苛立ちが表情に現れた。
「交渉決裂だな。やりたくはないが、力ずくでも来てもらう。この国の命運がかかっているのでね」
「結局、力ずくかい。あんたらのやり方には吐き気がするよ。それでよく民主主義なんて言えるさね」
井出は芝居が終わったかのように、無表情でアンドロイドに命令した。
「捕まえろ!」
作者より
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