エレン誕生
孤独だった私の心は、エレンとの出会いで大きく変わった。
可愛くて可愛くて仕方がない。どうしてもこの子と話をしてみたくなった。いや、今思えば、家族がほしかったのだと思う。
その思いが日に日に強くなり、止められなくなった。
まずは寿命を延ばすことから始めた。猫の寿命が短いのは、DNAの修復速度が遅いためだ。人間と同じように、DNAのすぐ近くに修復タンパク質を移動させ、私が開発した人工修復タンパク質と修復タンパク質を活性化させる薬を注入した。これにより、傷ついたDNAの修復速度は何倍にも向上し、エレンの寿命は人間と同じくらいになるはずだ。
次は会話をするための準備だ。私のAIと同じ手法で、エレンの頭にAIを埋め込み、首輪にはスピーカーとマイクを取り付けた。人間の言葉はマイクを通してAIから脳に信号を送り、AIは猫の行動と脳の信号、筋肉の信号から猫の言葉を学んでいった。
やがて、スピーカーから「魚食べたい」「外に出たい」という声が聞こえるようになった。エレン自身も人間の言葉を理解し始め、予想外の変化も現れ始めた。DNAを人間に近づけた副作用なのか、時々二足歩行をし、自分の口で単語を話すようになったのだ。
まだ十ヶ月の子猫だったエレンは、二足歩行をするようになっても、物を壊して逃げる時は四足で走り去った。
しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。ある日、厚生労働省と名乗る人々が訪ねてきた。入院患者や障害者、独居老人のサポートのために、動物たちと人間が会話できる技術を提供してほしいという。どこでこの情報を得たのかと問うと、
「政府にはあらゆる情報が入る」
と言うだけだった。
不審に思った私は探偵を雇って調査した。すると、彼らは国防省と軍装備庁の人間で、助手の小山から情報を得ていたことが分かった。小山を問いただすと、亡くなった妻の治療費の肩代わりと引き換えに、研究内容を報告していたという。
彼らの真の目的は、人口減少で減った兵士の数を補うため、動物部隊を作ることだった。
「国防のためだから」
と小山は私を説得しようとした。
たが、エレンのような存在が戦場で死んでいくなど、考えるだけで吐き気がした。即座に断ったが、このままで済むはずがなかった。
父の警告が蘇る。
「拒否した者は拉致され、研究を拒んだ者は行方不明になる」
それは確かな事実だろう。拉致した人間を家に返すはずがない。
その頃、エレンは人間の年齢で2歳になっていた。彼女は不思議な能力を見せ始めていた。時には普通の猫の姿で、時には二足歩行の大きな猫になり、一度だけ人間のような姿も見せた。
自分でDNAを操作し、姿を自在に変えられるようになっていたのだ。
もう時間がない。研究室内のカメラや盗聴器の有無を確認し、エレンのAIに新しい機能を追加した。
そして、私の脳に繋げてあるAIのすべての記憶と人格をアップロードした。
私のAIは取り外して、データを完全に消去し、物理的に破壊した。
本当は、すべての研究を葬り去るには、エレンを殺して、私も死ぬのが確実な方法だった。
しかし、大切なエレンを殺すことなどできない。麻酔から覚めたエレンに、私の記憶を誰にも渡さないよう言い聞かせた。
ある夜に予想通り、軍の部隊が襲ってきた。
屋上に駆け上がり、若い頃に遊びで作ったロケットにエレンを乗せた。低空を高速で飛ぶためレーダーに映らず、一度海上を経由して山中に着くようプログラムしておいた。
「エレン、元気でな」
ロケットは点火された。
発射の直前、エレンが『パパ』と呼んでいるような気がした。
二歳のエレン一人では、何もできないが、私のAIが必ず助けてくれるはずだ。
ロケットが発射された直後、軍の部隊が屋上で私を取り囲み、銃を構えた。
逃げ切れないことは分かっていた。しかし、拉致されて人を殺す研究を強要されるくらいなら...。
ましてや、エレンと同じような動物たちを兵士にするなどできるわけがない。
五人の兵士の前で、私は拳銃を頭に突きつけた。
「私は人に喜んでもらうために研究を続けてきたんだ。お前らにはわからないだろうな、人を平気で殺せるようなやつらには!兵器などは絶対に研究しない!」
激しい怒りが込み上げて叫んだ。
「クソ野郎どもめ!」
松中博士は引き金を引き、その生涯を終えた。
その後、住む場所を失ったエレンと私(博士のAI)は、十年もの間、姿を隠して旅を続けた。その間、エレンは新種の変わった植物や伝説の植物を見つけては、その種子を集めることに熱中した。
猫の習性だからと、私は諦めていたが、彼女の夢は、いつかそれらの植物を育てることだった。
8年前、私たちは、神怪山と呼ばれるこの山に住み着いた。多くの伝説の植物や動物が住むこの場所で、エレンは旅の間に集めた種を育て始めた。
そして今では、この山は世界でも類を見ない摩訶不思議な場所となった。
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