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勇者の襲来①

 いよいよ祭りが始まった。

 子供達は大喜びではしゃぎ回り、大人達も心軽やかに祭り会場を闊歩する。

 その中を、衛里とはじめはのんびり歩いていた。二人で屋台を覗きこんで冷やかしたり、お菓子をねだるはじめを引きずって離れたり。

 勿論はじめは、心から祭りを楽しんでいた。元々賑やかな事が大好きだ。それが祭りで、しかも公然とはしゃげるとなれば、喜ばないはずがない。顔馴染みの老若男女、全てがはじめの来訪を喜んでくれた。それが嬉しくて、はじめはまたはしゃぐ。本当に小さな子供のようだ。

「よ、ほのかちゃん、おっちゃん」

 暁マジックショップの出店の前で、はじめは軽く片手を上げて挨拶した。

「うわー、やっぱり小さい衛里、可愛いっ!」

 衛里の姿を見るなり黄色い声を上げたほのかが、小さな子供のままの衛里をぎゅっと抱きしめる。

「るせーな、離せよ。俺は不本意なんだよ」

 幼馴染みの腕を払うと、衛里は不機嫌さを隠そうともせずに、隣の魔王を睨みつけた。

「せっかく可愛いのに。衛里、つまんなーい」

 ちょっぴり機嫌を損ねたほのかがぼやくと、その両手を素早くはじめが握りしめた。

「ほのかちゃんの方がいつだって可愛いよ。俺、ほのかちゃん大好きなんだから」

「はいはい、有難う。ついでに何か買ってってくれたら嬉しいな」

「はーい、喜んで」

 無邪気な魔王は笑顔全開で、出店を覗き込む。

 と、その襟首をつかみ上げた者がいた。

「てめーに売るアイテムはねえ」

「おや、暁のおっちゃん、こりゃまたご機嫌斜めで」

 ほのかの父親、暁霧斗は親の仇でも見る目ではじめを睨みつけた。

「俺はまだてめーを許してねえぞ。お前はほのかを誘拐して、俺まで殴りやがったんだからな」

「そんな昔の事、まだ引きずってたの?」

「何で昔なんだよ!ついこの間の事じゃねえか!」

「やだなあ、おっちゃんったら。そんな事言いだしたらキリないよ」

 あの日の勇者ごっこで愛娘を誘拐し、更に助けに行こうとした霧斗を魔法で殴りつけたのは、どちらもはじめである。霧斗には許し難い事だった。しかもその挙句、やっぱり「ごっこ」でした~、ですまされては、腹の虫も収まらないというもの。

 ところが当の本人はけろりとしたもので、「最初っから俺はごっことしか言ってないしー」とか、「事を複雑にしたのは衛里だしー」とか、「俺はいつもの悪ふざけだったしー」とか。まるで反省していないのだ。

「いいじゃない、お父さん。いつものはじめ君の悪戯じゃない」

 拉致られたはずの娘にまでとりなされる始末。

「お前はなんとも思わないのか?拉致られたんだぞ、巻き込まれたんだぞ」

「そりゃ嘘つかれたのは嫌だけど…。でもちゃんと私が怪我しないように、守ってくれたわけだし。何よりお返しはちゃんとさせてもらったもの」

 ね、はじめ君?とほのかは微笑みかける。

「痛かったです」

 二人きりになっていた間に、はじめはほのかの拳や蹴りをガンガン受けていたのだ。手に負えなくなり、仕方なく眠りについてもらった経緯がある。

 つまり、ほのか自身は自分に対する報復はきっちり払わせたから、今更怒るのもな、という事らしい。

 可愛い一人娘にそうまで言われては、霧斗も引きさがらずを得ない。

「俺を殴った理由は?」

「敵を欺くには、まず味方から、みたいな?」

「俺、敵だったのか?」

「だっておっちゃんに話を通したら、衛里にまでバレちゃうじゃん」

 ぐうの音も出ない。確かにあの時、霧斗自身は「ごっこ」だと見抜いて衛里の血の上った頭を冷やさせた。もしそれが真実だと知っていたら、はじめの「ごっこ」は衛里に通用しなかっただろう。あくまで「ごっこ」に見せかけた「本当」だとしなければ、この遊びは始まらず、終わらなかったのだ。

「おっちゃん、機嫌直してよ~。この紅玉のお守り買うからさ~」

「そ、そんなもんで俺の気が収まるとでも…」

「収めてよ~、俺とおっちゃんの仲じゃんか~。ね?昔の勇者様」

「そんなガキの頃を持ち出してまで、俺の気を削ぎたいか!」

「削ぎたい」

 だっておっちゃんと仲悪くなるの嫌だもん。

 原因を作った本人のくせに、言う事はもっともらしい。

 負けた。霧斗の完全敗北だった。

「…三〇グルだ」

「毎度ー!」

「それはこっちの台詞だよ、はじめ君」

 ほのかの苦笑も、はじめは全開の笑顔で返す。楽しくて仕方ない様子だ。

 こうして紅玉のお守りを三つ買い、衛里とはじめは暁マジックショップを後にした。

 その後、昼食代わりのパニーニを買い、二人は町の高台にまで移動した。ここは見晴らしが良く、町の全体がよく見えた。はじめのお気に入りの場所だ。

 二人でパンにかじりつき、あれやこれやと話をする。眼下の町は、お祭り一色だ。あちこちで紙吹雪が舞い、時折つかみ損ねた風船が空に飛んで行く。道にはカラフルな即席屋台の屋根が並び、人々の楽しそうな喧噪が、ここまで届くようだった。

 はじめは高台端の柵をのぞき込み、町を見下ろした。

「見慣れた光景だろ。今更感慨ぶるなよ」

「俺には感慨深いの」

 楽しそうに衛里に答えると、はじめは落っこちそうな体勢にまで身を乗り出した。

「俺、この町好きだなあ。いろんな国を回ったけど、ここだけだよ。『魔王でございまーす』ってやってきたのに、すんなり受け入れてくれたのって。皆、優しいし、暖かいし。俺、皆が大好きだよ」

 はじめがこの町を好きな事は、皆が分かっている。だからはじめが好きなのだ。幼い頃遊んでくれたお兄ちゃん。大きくなって悩みを吹き飛ばしてくれた友達。遊びが好きすぎて手の掛かる息子。退屈だの不調だの言っていられなくなる可愛い孫。

 それぞれの「はじめ」が皆の心の中にいる。だがその魔王は、決して悪い事をしない。むしろ愛されている魔王なのだ。他国の人が聞いたら、そんな馬鹿な話と思うだろう。

 だが、この町では決して馬鹿な話ではないのだ。魔王は町を守り、人は魔王を愛した。

 人々の間には、確かに絆があった。信頼、友情、そういったものが。

 この町では、魔王は魔王ではない。住民の一人で、町を見守ってくれる守り人(まもりびと)なのだ。

「勿論、衛里も大好きだ。ほのかちゃんも、霧斗のおっちゃんも、皆皆、大好きだ」

 臆面もなく「大好き」と告げられては、こちらはせいぜい苦笑するしかできない。そんなにはっきり好意を伝えられれば、戸惑うか赤面するか。そのどちらでもない衛里は、苦笑で答えるしかないかった。

 そこではじめが、背中を向けたまま話しかけた。

「なあ、衛里」

「ん?」

「もし俺達がこの町を出る日が来たらなんだけど」

「何だよ、引っ越しの予定でもあるのか」

 そうじゃない、とはじめはかぶりを振った。しかし、話は続いた。

「俺達が町を出る時、衛里も一緒に来ないか?」

 あまりにも唐突な誘いに、衛里は戸惑った。

 何かを言うべきか、黙るべきか。迷っている衛里に、はじめの言葉は続いた。どこか思いつめた様子で。

「俺は、お前に世界を見せたい」

 何を考えているのだろう。何故そんな事を言い出したのだろう。本当に町を出る日が近いとでもいうのか。

「そうだな」

 衛里は、自分でも気が付かないうちに返事をしていた。承諾の返事を。

「俺も世界を見てみたい。本当に町を出る日が来たら、付き合ってやるよ」

 はじめが振り返った。揺らいだ瞳に衛里が映る。

 やがてその顔に笑みが浮かんだ。それはどこか淋しげな…安堵したような。

「はじめ君」

 突然上から声が掛けられた。

 見上げると、側に佇んでいる大樹の枝に、今までずっと姿を見せなかったレイクが座っていた。護と同じく、はじめに付き従っている「魔王の従者」だ。

「レイク。どこ行ってたんだよ」

「まあその辺をぶらぶらと」

「何か悪さしてないよな」

「君に怒られるような事は何も」

 レイクは護とは違う。護が光なら、レイクは闇だ。それも、一筋の光も入らないような、真っ暗闇。魔王の従者としては相応しく、魔王よりも魔王らしいが、はじめと違って、町の住民とはあまり接触しない。そもそも人嫌いなのだそうだ。

 いつもと同じように口の端に笑みを刻みながら、レイクははじめを見下ろしている。その瞳からは、信頼も忠義も恐怖も陶酔も、魔王の配下であるような感情は何も読み取れない。あえて言うなら「興味」。それだけだった。

「はじめ君。勇者御一行が来ますよ」

 護と同じですます口調でありながら、それは慇懃無礼にしか聞こえなかった。

 本人もはじめも、それを分かっている。だから気にはしない。レイクはそういう性格なのだ。

「久し振りですね。あれは間違いなく勇者です」

「へえ」

 軽い返事をしながら、はじめの表情が僅かに曇った。

「勇者かあ。とうとう来ちゃったかあ」

 何も祭りの日に来る事ないのに、と僅かに愚痴る。

「勇者に賢者に魔法使い。それと武闘家が二人。オーソドックスな一行です。どうしますか?」

「どうも何も…。相手の出方次第だなあ」

「君ならそう言うと思っていましたよ」

 レイクはくすくすと笑いを漏らした。

「分かりました。あくまで僕ははじめ君の意志に従いますよ。でも…分かっていますね?」

「ああ。分かってる」

「それを聞いて安心しました。それでは後ほど」

 そう言い残し、レイクの姿と気配は一瞬で消えた。

 はじめはさっきまでの底抜けに明るい表情を消し、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「そっか…。とうとう来ちゃったか」

 町を見下ろすはじめの目は、優しい。それでも…不吉な何かを感じ取った衛里は、黙ってなどいられなかった。

「勇者一行が来るって…。それでどうなるんだ」

「勇者は魔王を倒すもの。魔王は勇者を迎え撃つもの。それだけだよ」

「それって。まさかお前」

 はじめは何も答えず、ただ衛里を見つめ返した。優しく、だけど悲しい瞳で。

 衛里もまた、それ以上何も言えず、はじめを見つめ返すだけ。不安と…焦燥にも似た色の瞳で。

「相手が本当に勇者かどうか。それで全てが決まる」

 それだけをはじめが言った。

 相手が「本当に」勇者かどうか。どういう意味なのか。勇者だったらどうなるのか。今更魔王として振る舞うというのか。

 勇者は魔王を倒すもの。魔王は勇者を迎え撃つもの。その言葉の意味は。

 考えるのが怖かった。その言葉の持つ意味を。衛里はこれまで感じた事のない恐怖に襲われていた。何かが崩れようとしている。そんな言い知れぬ恐怖を。これまで培ってきたもの全てが壊れるような、そんな恐怖。

「はじめ」

「俺は行かなきゃ。だって魔王だから」

 泣き笑いのような顔をして、はじめは言う。それが酷く頼りなく見えて。

 自然と衛里の腕は、はじめの腕をつかんでいた。まるで「行くな」とでも言うように。

「おめーがどうなろうと、何をしようと知ったこっちゃねえけどな。困るんだよ。お前に何かあったら泣く奴がいっぱいいる」

「衛里…」

 はじめはやっぱり泣き笑いの表情で、それでも無理に笑ってみせた。

 そして衛里の腕を軽く叩くと、そっとその手を外した。

「ほのかちゃん。しっかり守ってやれよ」

 それだけを言うと、はじめはゆっくりとその場を後にした。後を追う事もできずに、衛里は立ち尽くす。しかし、鼓動は早鐘のように打ち続けていた。

 何か起こる。何か良くない事が。

 それは誰にとって?はじめに?衛里に?ほのかに?それとも…町の住人達に?

 勇者は魔王を倒すもの。だが、魔王だって生きている。簡単に殺されてやるわけにはいかない。なら…危ないのは、勇者の方なのか。

 いや。はじめの事だ。きっと適当にからかって遊んで意地悪して、引き上げざるを得ない状況にするだけだ。

 どう考えてもそれしかないのに、衛里の不安は収まらない。はじめは何をするのか。何をするために町の喧騒の中に戻っていったのか。

「はじめ!」

 追いつくかどうか分からない。はじめがどこに向かったのかも分からない。それでも衛里は走り出した。はじめを止めるために。はじめと勇者を会わせないために。何とか言いくるめて、できなければ力ずくででもはじめを帰宅させる。勇者がこの町を去るまで、はじめを閉じ込めておけば、何も起きない。何も起こらない。

 会わせちゃいけない。会ってはいけない。何の根拠もなく、衛里は確信していた。急にはじめが魔王である事が不安になったのだ。

 はじめは魔王なのだ。皆忘れているが、紛れもなく魔王なのだ。魔王の恐ろしさを、誰も思い浮かべないこの町。

 魔王とは、人々を恐怖で従え、世界を支配している者。逆らうものには容赦なく鉄槌を下す、残酷な者。

 それが普通の魔王というもの。はじめが特殊すぎるのだ。誰も今のはじめから、魔王の姿を想像できない。それが逆に、衛里の不安を煽っていく。

 


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