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勇者ごっこ②

「ん…」

 はじめの魔法の効力が切れたのか、ほのかが小さな声を上げた。

 寝惚け眼で身体を起こし、伸びをして、何度かあくびをする。元々寝坊助なのか、魔法の影響なのか。大分時間を掛けて、ほのかは目をこすり、きょろきょろと辺りを見回して。ようやく現状を理解すると、絶叫した。

「ちょっと、何よこれーっ!!」

 掃除どころじゃないじゃない、と続けるあたりが実にほのからしい。

「ほのか!!」

「衛里!!」

 瓦礫の中から顔を出した衛里に、ほのかは駆け寄った。

「衛里、これ、どういう事?!はじめ君はどうしたの?!」

「俺の心配はなしかい!」

「だってどう見ても無事っぽいし」

「ぽくない!俺だって怪我してんだろが!」

「って言うか、衛里って子供の頃は凄く可愛かったんだね」

「お前、本当に俺の味方?」

 とにかくほのかの無事な姿に、衛里はやっと全身の力を抜く事ができた。今更のように全身が痛む。特に折れた肋は、一つ一つの動きに合わせるように、鋭い痛みが頭まで突き抜けてくる。

 衛里は、まだ姿を見せないはじめを探して首を巡らせた。この勝負、どうなったのか。勝ったのか、負けたのか、まだ続くのか。それを確認するまでは、緊張を完全に解くわけにはいかなかった。

 と、衛里の握るレイピアが、突然粒子になって砕けた。アイテムの効果が消えたのだ。

 まずい。もしこれではじめとの決着が着いていなければ、衛里に戦う術はない。はじめのいいようにされるだけだ。嬲り殺しか。それとも一瞬で消されるか。

 衛里に冷や汗が伝った。

 そこへ駆けつけてきたのが、自警団の青年数人を引き連れた護だった。これだけの大騒ぎを繰り広げたのだ。誰かが護に知らせたか、護自身が異変に気付いたかして、飛んできたのだろう。

 ところが。

 護は一目見るなり、全ての事情を察してしまったのである。

 心配げな青年達を説得して警備に戻し、自信は衛里とほのかの前に立ちはだかった。

「言いたい事は山程ありますが、まずは傷の手当てですね」

 すっと片膝を突いて、衛里の頭の傷に手を当てた。暖かい光が傷を覆い、瞬く間に傷そのものを消してしまう。次いで肋骨も。これだけの傷をあっという間に癒やしてしまう程、護の癒やしの魔法には力があった。

 さすがは護、ずぼらなはじめのお目付をするだけの事はある。

「さて、他はたいした傷ではありませんね。自己治癒に任せましょう」

「有難う」

 衛里の感謝に応える事なく護は立ち上がり、乱暴に瓦礫を踏み散らかして歩き出した。

「隠れても無駄ですよ!私が穏便なうちに、さっさと出てきなさい!」

 静寂が返ってきただけ。はじめの反応は何もない。

「どうやらお仕置きされたいようですね。いいでしょう、存分に…」

 言い終わらぬうちに、からりと小さな音がして、手首が現れた。ゆらゆらと手を振っている。

 護は大きな溜息をつくと、手首に向かって歩を進めた。

 そして乱暴に瓦礫をどけていく。間もなく、猫の子みたいに襟首をつり上げられたはじめが姿を見せた。

 左肩からの出血は止まっていないし、衛里に付けられた傷も、瓦礫で作った傷も全身にあり、衛里より余程重傷に見える。

 しかし護は冷たい目を向けるだけ。さっと手を離してはじめを落っことす。きまり悪そうな笑顔を向ける魔王に向かって、たった一言。

「自分の怪我は自分で治しなさい」

 自業自得だから、傷の手当ても自分でしろという事らしい。魔王よりも魔王らしい、と噂になる護の姿がそこにあった。

 そんな護に、はじめはへらりとした笑みを向け。

「護さ~ん、俺、怪我人だよ~。もうちょっと優しくしてよ~」

「自分を疎かにしたからです。そういうのを自業自得と言うんです」

「うわ、出たよ、妖怪説教魔」

「何か言いましたか?」

 言いながら護の手が伸び、はじめの耳をつまみ上げた。はじめがいつも身につけている、小さな鈴のイヤリングがチリンと小さな抗議の音を立てる。

 それらを華麗に聞き流し、護の説教は続いた。

「いいですか、いくら君が魔王とはいえ、退屈しのぎに他人を巻き込むのはやめなさいと、あれ程言っているじゃありませんか。君のこの耳はイヤリング同様、ただの飾りですか?」

「ま、護さん、マジ痛い」

「痛くしているんです。痛みがあるのは有難い事だと忘れたんですか?」

 ふっとはじめから笑みが一瞬消えた。

「忘れた事なんか、ないよ」

 護が何とも言えない顔をした。しかし、それもまた一瞬。すぐにいつものポーカーフェイスに戻って、はじめの額を指で弾いた。

「分かってるなら、さっさと治癒魔法を使いなさい。血を見るのが大嫌いなくせに、なんてザマです」

「魔力の枯渇~」

「嘘言いなさい」

 魔力がないと、治癒魔法も何もない。不自由な身体でヘラヘラ笑っているのは、もういつものはじめだ。

 仕方なさそうに護は何度目かの溜息をつき、はじめの両肩に手を置いた。さっき衛里に施したように、今度ははじめの全身を暖かい光が包む。

 はじめの表情が緩んだ。

「ごめんな、護さん」

「謝るぐらいなら、火遊びは程々にしなさい」

 まったくこの歳になっても勇者ごっこをするなんて、と護は休む事なく小言を言い続ける。それを黙って聞くはじめは、どこか淋しそうだ。そこには二人にしか分からない、無言の会話が流れていた。

 何となく口を挟むのもはばかられ、衛里とほのかはじっとその様子を見ているしかなかった。

 何故だろう。何故かこの二人を見ていると、泣きたくなるような気持ちになる。優しい、けれど切ない空気を二人はまとっていた。

 やがて光は消え、治療が終わった事を知らせてきた。

「さて」

 護は立ち上がりながら腰に手を当て、打って変わった冷たい目ではじめを見下ろした。

「座りなさい」

 それは有無を言わさぬ強制力を持っていて、側で聞いている衛里達ですら恐怖を覚える程だった。

「あ、あれ、無罪放免じゃないの?」

「座れと言ったのが聞こえませんでしたか?」

 まずい。本気で怒っている。

 今更ながら、はじめの背筋が凍った。

 護はそう怒る方ではないが、一度怒ったらもう誰も逆らえない。静かに静かに怒るのだが、それが逆に恐怖を倍増させるのだ。

 はじめは素直に従った。痛いのを我慢しながら瓦礫の上に正座し、お沙汰を待つ。

「衛里君」

「はっ、はいッ!」

 衛里などは、名前を呼ばれただけで青くなっている。それ程護の静かな怒りはすさまじかった。

「こちらに座りなさい」

「はいッ!」

 小さな身体は飛び上がらんばかりに勢い良く立ち上がり、速やかに護の指示に従った。

 はじめの隣に同じく正座して、恐る恐る護を伺う。

「それで?何がどうしてこうなったのか、教えていただきましょうか?」

 にっこりと、笑みさえ浮かべて。かえってそれが怖い。絶対怒っている表情で、護は問いかけた。

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