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魔王のいる町③

 そしておよそ十年。

 あの頃と同じ姿形になった衛里は、懸命に暁マジックショップに走っていた。大切な幼馴染みを助けるために。

 しかし子供とは、こんなに不便なものだったか。体力は続かないし、一歩一歩が果てしなく遠い。

 町の人々は、子供に戻った衛里に驚きはしても、いつものはじめの悪ふざけだと思って気にも止めない。

 冗談じゃない。はじめは言った。「夕方までに魔王を倒さなければ、ほのかはもらう」と。常ならはじめがほのかに乱暴な真似をするとは思わないが、あの時のはじめは完全に魔王の顔だった。いつもとはまったく違う。信じざるを得ない。

 何度も足を止めては呼吸を整え、もつれてきた足を休ませる。

 店までこんなに距離があっただろうか。衛里は焦っていた。暁マジックショップは、ちょうどはじめの家とは反対側の町外れに近い場所にある。魔王の住居は人の目に付きにくい所の方がいいからだ。逆にマジックショップは人の目に触れた方がいい。

 はじめのお目付役であるはずの護は、最も忙しい時期だ。はじめの悪ふざけにいちいち付き合ってなどくれないだろう。

 つまり、衛里一人でどうにかするしかなかった。暁マジックショップで「役に立つアイテム」を手に入れ…それすら何なのか分からないのだが、とにかくそれを手に入れて、再び反対側の町外れまで行って、はじめからほのかを奪い返さなければならない。

 ほのかが殺されるかもしれない。そう思っただけでゾッとした。ほのかを守るためなら何でもする。衛里はそう誓っていた。いつからそう思ったのかは、はっきり覚えていない。それでもほのかは、衛里にとって何より大切な存在だった。それをむざむざ魔王なんかに奪われるわけにはいかない。

「くそっ」

 何度目かの一息に、衛里はそう吐き捨てた。もう心臓は破裂しそうな程早まっている。焦りに身体がついてきてくれない。それが余計に衛里を苛立たせていた。

 こんな事なら、魔法を学んでおけば良かった。今更ながら後悔する。

 魔法は勇者にとってはスキルのおまけのようなもので、賢者には不要のもの。少なくとも、それがセオリーだった。

 衛里も、剣と体術には自信があったから、魔法などわざわざ覚える必要のないものと判断していた。

 しかし、今はどうだ。何より大切なものを守るための力が、圧倒的に不足している。魔法さえ使えれば、もっと早くに目的地へたどり着けただろうし、はじめのいう「唯一のアイテム」も簡単に判断する事ができただろう。

「泣き言言ってる暇はねえ」

 わざわざ口に出して言う事で、衛里は僅かに落ち着きを取り戻した。

 口元を拭い、汗を手で払う。そしてまた走り出す。今は、自分にできる精一杯をやるしかない。

 そこへ、思わぬ声が掛けられた。

「衛里?」

 それこそまさにほのかの父、暁霧斗の声だった。

「おっちゃん?!」

 どうしてここに、と言いかけた言葉を飲み込んだ。ほのかが嬉しそうに言っていたではないか。「うちもお祭りで出店出すの」と。さすがに町外れで出店を開くわけにもいかない。霧斗も町の中心部で、お守りや簡単なマジックアイテムを出品するのだ。

 しかしこれはチャンスだった。ひょっとしたら、その「唯一のアイテム」を持ってきている可能性だってないわけじゃない。なかったとしても、自分がちんたら店に走って行くよりも、霧斗が向かった方が早いに決まっている。

「何だよ、マジで衛里かよ。どうした、ずいぶんちんまりしちまって」

 ニヤニヤとにやけ面なのが気に入らないが、今、霧斗に全てを説明して協力を仰いだ方が利口だ。

「ほのかがはじめに連れていかれたんだ!」

「ああ、どうせまた家ン中掃除してくれーとか、そんなトコだろ。あいつ、護さんがいねえと、からっきし人並みの生活ができねえからなあ」

 まったく護さんはどんな教育をしているんだ、甘やかしすぎなんじゃねえの、と呑気に構えている。

 そうじゃない、と衛里は地団駄を踏んだ。

「今のはじめは魔王だ。夕暮れまでにあいつを倒さないと、ほのかをもらうって…」

「お前は少し落ち着け」

 小うるさそうに手を払って、霧斗は衛里をあしらった。

「最初から順番に、ちゃんと話してみろ。ったく、いつもの冷静さはどこ行っちまったんだよ…」

 仕方なく衛里は、事の顛末をできるだけ端折りながら、それでも伝え漏らしがないように説明した。

 すると霧斗、まるで肺の中の空気を全部吐き出すような、馬鹿でかい溜息をついた。

「お前、それ、遊ばれてんだよ」

「はあ?!」

 自分の可愛い娘が人質に取られているというのに、父親はえらく落ち着き払っている。

「ちゃんとはじめが最初に言ってるだろ。『勇者と魔王ごっこ』って」

「け、けど…!あいつ、マジって…」

「あいつがほのかを手に掛けるわけがねえ。俺もやられた事がある。ちょうどお前ぐらいの歳の時に、美緒でな」

 美緒というのは霧斗の妻、つまりほのかの母親である。彼女は優秀な巫女で、いつも国中を飛び回っている。当然というか、今も彼女は町に不在である。

 霧斗は続けた。

「俺も美緒を人質に取られて、夕暮れまでに云々…ってな。けど実際に迎えに行ってみると、美緒の奴、はじめに手料理振る舞って、すっかりくつろいでたぜ。何でか知らねえが、あいつ、やるんだよ。『マジな勇者と魔王ごっこ』ってやつ」

 もっとも俺は縮められはしなかったがな、と霧斗は笑ってみせた。

 途端に衛里は脱力した。

 何だって?霧斗もされた事がある?その時、人質にされたはずの美緒おばちゃんは、はじめに手料理振る舞ってくつろいでたって?

 へなへなと衛里は崩れ落ちた。息せき切って必死になっていたはずの自分が馬鹿らしくなってくる。何の心配もいらないという事なのだ。どんなに魔王の顔をしていても、はじめはやっぱりはじめのままなのだ。

「けどまあ、そこでナメて挑戦しなかったらしなかったで、大変な事にはなる。お前の家、ぶっ壊されるぐらいは覚悟しとけ」

「はあ?!」

 何だ、その理不尽な話は。霧斗の話で冷静さを取り戻した衛里は、早速ツッコミどころをが嗅ぎつけていた。

 勝手に勇者ごっこに巻き込んでおいて、相手にされなかったら拗ねて家ぶっ壊しに来る?やっぱりあいつはただの魔王だ。わがまま極まりない。

「それにおめーの場合は行かざるを得ないだろ?いつまでもちびっこいままでいるわけにゃいかねえだろうからな。もう一度、ガキから人生やり直したいってんなら止めねえけど?」

 やっぱりニヤニヤしながら、こっちも衛里を挑発してくる。それはそうだ、衛里がこのままなら、ほのかとの釣り合いは取れない。さりとて適齢期になるまで待っててくれとも言えないし、衛里とほのかの話はお流れになるだろう。霧斗としては、嬉しいに決まっている。他の男なら何だかんだと理由をつけて、ほのかとの縁談などご破算にできるのだから。

 そこまで俺が鬱陶しいか。そんな恨み言を込めて、下から霧斗を睨み返す。霧斗は涼しい顔だ。

「ほれ、出店の準備で忙しいんだ。用が済んだなら、とっととほのかを迎えに行け。そんで呪いもついでの解いてもらってこい」

 しっし、と手で衛里を払いのける。

 さすがに衛里にも怒りがこみ上げてきた。勿論はじめに対してである。ここまで馬鹿にされたのは初めてだった。自分が暇だから、適当な奴を見繕って「マジな勇者と魔王ごっこ」をふっかけてくるなんて。

「っざけんな!」

 一言叫ぶや、衛里は踵を返した。今度は真っ直ぐはじめの家に直行コースだ。

 もう腹が立って腹が立って、どうしようもない。これがはじめに対する怒りなのか、気付かなかった自分自身への怒りなのか。それすらもうどうでも良かった。とにかくはじめをぶん殴る。その怒りだけが、衛里を突き動かしていた。

 時に怒りは人の限界を超えさせる。だが衛里は、すでに全力で走り続けているのだ。怒りは続いても体力は続かず、すぐに立ち止まって呼吸を整える羽目になった。それでも走った距離は、これまでよりずっと長かったのだが、そんな事は衛里の慰めにはならない。

「人をナメやがって…!」

 荒い息の下で、衛里は息巻いた。本当ならそんな事を言う余裕などないはずなのだが、それでも言わずにはいられなかった。怒りでどうにかなりそうだったから。

 息をどうにか整えて、また走り出す。

 そうやってやっとはじめの家に着いた時は、もうお昼寝に相応しい時間になっていた。

 はじめの家は、魔王の住居としては実にこぢんまりとしていた。衛里の家と比べても、ずいぶん質素だ。男三人で暮らすのに広い屋敷というのも何なんだというものだが、あまりにも質素すぎて、誰もここが魔王の家だとは信じない。

「はじめーッ!!」

 玄関のノックも忘れ、衛里はドアを開け放つと同時に怒鳴りつけた。

「お、来たか~?」

「え、もう来ちゃったの?」

 呑気な魔王の声と、幼馴染みの驚いた声が続いた。

 迎えを待たずに中に押し入ると、散らかり放題のリビングを片付けている真っ最中の幼馴染みと、その手伝いをしている魔王の姿があった。

 霧斗の言った通りだった。はじめがほのかに危害を加えるはずがないのだ。

「ごめん、衛里、まだお片付け終わらないの。ちょっと座って待っててくれる?お茶でも入れるから」

「そんな事しなくていい!帰るぞ、ほのか!」

 怒り心頭の衛里は、もう幼馴染みの声すらまともに聞こえない。

「何だよ、衛里。俺、ちゃんと言ったよな?マジな勇者と魔王ごっこって」

「ああ、オメーの遊びに付き合うのはもうまっぴらだ!さっさと俺を元に戻せ、そんで二度と俺に関わるな!」

「分かってねえなあ、衛里」

 はじめは急に真面目な顔をして、持っていた本をテーブルに乗せた。そのまま妙な貫禄を見せて、衛里に歩み寄る。

「俺は『マジな』って言ったはずだぜ。夕暮れまでに俺を倒しに来なきゃ、ほのかちゃんは返さないし、お前の呪いも解かない」

「ざけんな、遊び相手が欲しけりゃ他を当たれ!俺達を巻き込むな!」

 はじめは冷たい目をして衛里を見返した。怒りに沸騰していた衛里を一瞬で冷却させる程の、冷酷ともいえる目だった。

「特別に、もう一度だけチャンスをやる。これも言ったよな、今の衛里じゃ瞬殺だって」

 言うなり衛里の首根っこをつかみ、床に押さえつけた。

「分かるよな?俺が本気なら、この瞬間にお前の息の根は止まってる」

「てめえ…。本気で言ってんのか…!」

「俺は最初からマジとしか言ってない」

 今度は軽々と衛里を持ち上げ、側の壁に叩きつけた。

 衝撃と苦痛が衛里を襲う。

「衛里!!」

 さすがに青くなったほのかが、持っていた掃除用具を放り投げて衛里に駆け寄ろうとしたが、それをはじめは許さなかった。

「はじめ君、やり過ぎ…」

「よく聞け、衛里。お前が俺を倒さなければ、ほのかちゃんはずっと俺の側に置く。お前だろうと霧斗のおっちゃんだろうと、絶対に返さない」

「はじめ君?!」

 ほのかが悲鳴混じりの声を上げる。

「どうして?どうしてこんな事するの?部屋の掃除をして欲しいだけだって言ったじゃない!衛里を小さくして揶揄うだけだって言ったじゃない!」

「ほのかちゃんも分かってるはずだ。俺は魔王だ」

 そこには見慣れた「はじめ兄ちゃん」はいなかった。ただ、人が想像できる魔王像と違わぬはじめの姿があるだけだ。

「これが最後のチャンスだ。霧斗のおっちゃんにアイテムをもらえ。それからもう一度来い。タイムリミットは、日が沈むまでだ」

 そう言って、ぱちんと指を鳴らす。今度は衛里に危害を加えるためではない。空間を越えて、霧斗の元へ送るため。

 衛里が何を言う間もない。あっという間に空間の穴に落とされ、はじめの家から追い出されてしまったのである。

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