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勇者の襲来③

「誰か!暁霧斗さんに連絡を!」

 はじめを見送った護が声を張り上げる。だが、すぐに動く者はいなかった。それでも二度、三度と同じ言葉を繰り返すと、人混みが僅かに揺れた。護と一緒に来た警備員が一人、走って行くのが見える。それを見届けると、護もまた動き始めた。足早に衛里の家に向かいながら、各所に散らばっている警備員達に連絡を取る。引き続き、警備を務める事。その趣旨が食い違ってしまった事。人々がパニックにならないように注意する事。それらをてきぱきと指示すると、護は今やるべき事、ほのかを救うために動き始めた。

 この先どうなるのか。護にもはじめにも、痛い程分かっていた。これまでもあった事だから。自分達が魔王だと分かっていたから。

 はじめはこの町が好きだった。町の人達が大好きだった。

 しかし、それはもう通じない。彼らは知ってしまったから。大好きだった「魔王」がただの名称ではなく、本当に「魔王」だと分かってしまったから。

「これは見事ですね。さすがはじめ君」

 人っ子一人いなくなった、死体だけが転がる場に軽やかな声で現れたのは、レイクだった。いつもの皮肉気な笑みを刻み、興味深そうに勇者一行の遺体を眺めている。

「まったく馬鹿ですねえ。魔王に喧嘩売るリスクをまるで考えてないんですから。思い上がりも甚だしい」

 これははじめがした事だ。その遺体の始末など、町の住人達が好んでするはずもない。護はやるべき事が山程ある。だから、そのいわゆる汚れ役をレイクは買って出ているのだ。彼は人が死ぬ事など何とも思っていないから。その後始末をするなど、レイクにとっては何の苦にもならない。

「感謝するんですね。苦しませずに殺したのは、はじめ君の優しさ…いえ、甘さなんですよ」

 聞こえていないと分かっていながら、レイクは勇者達に話しかけた。足元に転がる折れた剣を乱暴に蹴り飛ばし、レイクは笑顔のまま手を前に出した。

 ぱちんと指を鳴らす。すると勇者達の遺体が青い炎に包まれ、あっという間に燃え尽きてしまった。もうそこには痕跡すら残っていない。惨劇があった証拠は、彼らが持っていた武器だけ。

「ああ、ちゃんと消しておかないと、あとではじめ君に泣かれてしまいますね」

 僅かな苦笑。

 再びレイクの青い炎が発せられる。そして今度こそ、本当に何の痕跡もなくなってしまった。

 レイク自身もいつの間にか消え失せ、その場には虚しい風が一陣吹いただけだった。

 魔王は目覚めた。そして勇者を抹殺した。無論、パーティーそのものも消滅させた。

 彼らが犯した罪、それは魔王の配下を殺した事。己の力量の差にも気付かなかった事。自らの保身のために、形振り構わず逃げようとした事。

 勇者は魔王を倒すもの。魔王は勇者を迎え撃つもの。

 誰もが分かっているそれを、この町は忘れていた。もう何年も、人の記憶からなくなる程の長い年月、魔王は町に馴染んでいたから。

 誰よりも町を愛し、人を愛した魔王。

 だから人々は「魔王」を認識しなかった。最初こそ恐れたものの、いつしか町の一員になっていたのだ。

 だが今日という日を迎え、人々は思い出した。

 魔王とは、人を恐怖で支配し、その命を何とも思わず気紛れで摘んでしまうものなのだ。己に逆らう者には、無慈悲に鉄槌を下す。

 魔王と人は、相容れる事はない。あってはいけないのだ。魔王は人ではないのだから。

 だから今日起きた事は、他国では「普通」の事なのだ。この町が「異常」だっただけで。

 再び魔王の世界が始まるのだ。誰もが忘れていた、魔王が動き出した。

「はじめ君は相変わらず甘いですね。目撃者全員を殺して勇者のせいにしておけば、まだこの町にいられたのに」

 そうレイクが呟いたのは、果たしてどこだったのか。

 町が見渡せる高い木の上で、今頃衛里の家にいるであろうはじめを思った。今は我慢しているが、どうせ一人になったら泣き出すに決まっている。だからはじめを一人にしてはいけない。魔王に涙はいらないのだから。

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