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幕開け

 世界には、すべからく命がある。

 命があれば「国」が生まれる。意識下、無意識下に関わらず。

 そして国があれば「決まり」が生まれる。

 かの世界にも、様々な国と決まりがあった。

 住む人々によって「決まり」は異なり、言葉も価値観も異なっていた。

 だが一つ、確かな事があった。

 それは、小さな紛争を除き、「戦争」というものが存在してはならないという事。

 世界中で通用する言語と通貨が存在する事。

 そして年一回、金品をとある国に献上する事。

 そう。

 かの世界は、たった一人に支配されていた。

 人々が、神とも悪魔とも称する人物に。

 「魔王」と呼ばれる存在に。











「それで?何がどうしてこうなったのか、教えていただきましょうか?」

 わざと感情を殺した声で冷静に言い放ったのは、容姿端麗、バックに存在しないはずのキラキラした光まで見えてきそうな、とてつもない美形。短い銀髪はさらさらと風に流れ、まるで風が具現化したかのような美青年だった。「護」という名で知られている。

 その、眉目秀麗たる芸術品のような青年の前に、小さくなって正座しているのは、二人の少年。

 一人は、やっと児童を卒業したような、まだ幼い、それでもどこか貴公子然とした、端整な顔立ちの少年。少々頑固そうに引き結ばれた唇。それらは確実に将来の美少年を約束させた、将来有望といった、整った顔立ちの少年。名を「望月衛里」という。

 もう一人は、さして小さくもない身体を縮こませて、明らかに目の前の美青年にビクついている。無精に伸ばされた髪を襟足の辺りで雑然とくくったそれさえ、子犬の尻尾の如く、背中でうなだれているようだった。年齢不詳にさせているどんぐり眼を、同情を買うように上向けている。それ以外は、どこにでもいそうなティーンエイジャー。こちらは「はじめ」と呼ばれていた。

 普通なら絆されてしまいそうなそれらを、美青年護は、しっかり無視してのけている。同情の欠片もなく、無言の圧力を少年達にかけている。

 その少年達の後ろで居心地悪そうにしているのは、本来であれば快活であるはずのティーンエイジャーの可愛い少女。彼女の名は「暁ほのか」。護の迫力に圧倒されているのか、はためた後ろめたい思いがあるのか。視線を彷徨わせては美青年を伺い、少年達を盗み見る。

 何度かそれを繰り返した後、意を決したように。

「あの」

 遠慮がちに声を掛けた。

 すると美青年、にこりと。そう、ついさっきまでの氷の微笑は何だったのかと抗議したくなる程の、暖かく優しい微笑を向けた。

「ああ、貴女はいいんですよ。どうせうちの馬鹿が巻き込んだに決まってますからね。ほのかさんに責任はありません。むしろ迷惑を掛けて申し訳ないと思っています」

「いえ、あの…巻き込まれたっていうか…。私も悪ノリしちゃって」

「でも言い出しっぺはうちの馬鹿でしょう?」

「はあ、まあ」

 ほのかは護の微笑に頬を染めながら、どぎまぎと頷く。それ程護の微笑には破壊力があった。

「衛里君、君も君です。末は勇者か賢者かと謳われる程優秀なはずの君が、うちの馬鹿に乗せられて、こんな馬鹿げた騒動の張本人になりおおせるとは。ご両親が知ったら、嘆かれますよ」

「あー、確かに嘆くかも…」

 多少投げ槍に呟く衛里。確かに両親は嘆くだろう。しかし、手ぬるいと嘆くのだ。父は独創性がないと説教口調でぼやき、母はもっと派手で賑やかな方がいいとふくれるのだ。決して一般常識な意味で嘆きはしない。

「って言うか、何だよ、俺とほのかの違い!俺だってこいつに巻き込まれたクチだぞ!何で俺だけ説教されなきゃなんねえんだよ!」

「ああ、護さんに逆らっちゃ駄目だって…」

 一緒に叱られているはずの「うちの馬鹿」こと、はじめがこっそり進言するが、衛里には聞こえちゃいなかった。

 すると護、ぎろりと眼鏡を光らせて腕を組み。明らかに馬鹿にする口調でこう言ってのけた。

「何をほざいているんですか。責任の問題です。君は乗せられたとはいえ、馬鹿と一緒になって馬鹿騒ぎしてるんですよ」

「人を馬鹿馬鹿言うな!」

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんです」

 護がきっぱりと切って捨てると、あまりの言い草に、衛里は開いた口が塞がらなくなった。微笑だけではなく、毒舌にも相当の破壊力があるらしかった。

 でも、確かに反論できない。改めて周囲を見て、衛里はそう思った。

 そこは家だった物達の残骸ばかり。瓦礫の山。しかも出来たてほやほや。よくもここまで破壊できたものだと感心したくなるぐらいだ。これではちょっとぐらい怒られても仕方がないかな、と衛里は思う。ここははじめと護が住む「家」だったのだから。

「まったく、何をやったら家が全壊するような馬鹿騒ぎができるんですか」

 呆れた口調には、それでも僅かながら諦めの色が浮かんでいた。

 護には分かっていた。衛里が幼い子供の姿でいる時点で、大まかな経緯が。

 本来衛里は、はじめやほのかと同じティーンエイジャーなのだ。それが、どう見ても一〇歳前後の年齢にまで「巻き戻って」いる。はじめが悪戯を仕掛けて、それを受けて立っただけなのだろう。

 しかし、それにしたって住居全壊はやり過ぎだ。ここはきっちりお灸を据えておかなければならない。

「で、馬鹿」

「い、いきなり馬鹿呼ばわり」

「返事をする自覚があるのは結構な事です。まあ多少は反省しているようですし、情状酌量の余地があるといいですね」

 はじめが情けなさそうに眉毛を下げた。まるで捨てられた子犬が、雨に打たれているようだ。

「反省はしています…」

「当たり前です」

 またもや間髪入れずに切って捨てられた。

「話せば長い…」

「簡潔に、要点だけを話しなさい」

 本当に、護ははじめに容赦がない。衛里は気付いた。自分はまだ甘く扱われていたのだと。

 やがてはじめが、渋々口を開いた。元々護に逆らう気など毛頭ないのだが、やはり言いにくいものは言いにくい。できれば穏便にすませたかったのが、ありありと見てとれた。

「最初は単純に、勇者ごっこだったんだよ」

 護の眼鏡が底光りした。

「その歳になって、まだ勇者ごっこなんかに付き合ったんですか、衛里君は」

「付き合わざるを得なかったんだっつーの!」

「そうそう、俺がちょっと小細工して、ちょっと挑発しただけで」

「どうせ君は遊びたかっただけなんでしょう」

「だって今日は、歩夢も直樹も皆、祭りの準備で忙しいからかまってくんなかったんだよ」

「それで暇そうな衛里君に目を付けた、と」

 はじめのか細い声が、今日の事情を話し始めた。いつでも逃げられるような体勢を維持して。


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