その9 火宮さんと森下さん
「……森下さん?」
「あれ、助手クンと火宮じゃ~ん…。なんでおっさんと一緒にいるの?」
森下さんは奇遇じゃんと言わんばかりに普通に話しかけてくる。
「お二人とはたまたまここで出会ったのですが…お知り合いだったのですね」
呆気にとられるボクに代わって増田さんが答える。どうやらおっさんとは増田さんの事のようだ。
「森下さん…なんだよね…」
「どう見てもそうじゃん~」
どう見てもというほどではない。少なくとも腰から下は完全に人外だし。
「私のほうから改めてご紹介しても?」
「いいよ~。もう隠すほうがめんどいしぃ」
では、と増田さんが改まる。
「こちらが我らが崇拝する大いなるクトルゥフ、その精神体でございます」
「ども~」
森下さんはけだるげに手を振ってこたえる。
「精神体というのは?」
火宮さんが質問する。
「大いなるクトルゥフの本体はルルイエの中で眠りについていますので、ここにこうして表れているのはその精神のみ、夢のようなものだと思ってください。人のような姿をしているのもそのためです」
つまりここにいる森下さんは化身というかアバター的存在で、本体はルルイエとやらに眠っている。ということらしい。
「そういうこと~」
そういうと森下さんをぐるりと触手が取り囲む。
触手がほどかれるといつも通りの人間の姿になっていて、池のほとりにふわりと降り立った。
いつの間にやら制服も着ている。
精神体とやらなので服装も含めた姿かたちは自由自在のようだ。
こんな状況でどうかと思うが、上裸なのが若干気になっていたので服をきてくれて少し安心した。
池の周りに噴き出していた瘴気も晴れて、おどろおどろしい雰囲気も霧散している。
人間の姿で普通に話していると、さきほどまでの恐ろしい姿が嘘のようだった。
でも実際はこの姿こそが偽りで、その正体は大いなるクトルゥフ…異形の種族にあがめられる邪神的存在なのだ。
ボクは今まで邪神の後ろで授業を受けていたのか…。
「森下さんがその…クトゥルフってやつなら、なんで普通に学校に通ったりしてるの?」
「私も学校なんか行くのめんどいんだけどね~」
森下さんが増田さんのほうをちらりと見る。
「いけません。ルルイエが浮上しあなた様が復活した暁には、地上のすべてを支配することとなるのですから、人間の社会についても学んでいただかなければ。」
「それに人間の事を深く知れば、あなた様の威光を人間に広め、復活を速めることにもつながるかもしれませんし」
森下さんは面倒そうに耳をふさいでいる。
「ほおっておけば精神体ごと何百年とルルイエに引きこもってしまわれるのですから。せめて学校に通うだけでも外に出ていただかなければ」
増田さんは熱心に語っている。なんだか引きこもりの子供をもつ親のようだった。
地上を支配だとか恐ろしげなことが聞こえた気がしたけど…。
ともかく、そんなわけで大いなるクトゥルフであるところの森下さんが学校に通っているらしい。
「そういえば入学の手続きとかはどうしたんですか?」
「我々の中には人間社会で高い地位についている者もいるので…」
コネということらしい。増田さんのような異形の存在が人間社会の深くにまで溶け込んでいるというのもなかなかホラーな話ではあった。
「じゃ、私フレ待たせてるから~」
色々話しているのも面倒になったのか、そういって池の中に戻ろうとする森下さん。
「そんな!せっかく久しぶりにこうして出てきてくださったのですからもう少し…」
増田さんは引き留めようとするが森下さんは気にも留めない。
じゃぶじゃぶといけのなかに足を踏み入れていく。
頭までつかる直前で振り返って言った。
「あとおっさん。もう池の前で踊ったりするのやめて。うるさいしこうやって見つかったりしてだるいから」
気だるげにそう言い放つと。完全に潜っていってしまった。
のこされた増田さんの背中はどこか寂しげだ。
「増田さん…」
「いえ、大丈夫です。お二人のおかげで今日は久しぶりに顔を突き合わせて喋ることができました」
森下さんは毎日毎日うるさいと言っていた。
増田さんはきっとこうやって毎日歌ったり踊ったりしてどうにか森下さんに呼びかけていたのだろう。
その親心?は胸を打つものがあった。
「さて、そろそろ私も失礼します」
「これからも大いなるクトルゥフと仲良くしてくださればうれしいです」
最後に大きく頭を下げて増田さんも裏山のほうに消えていく。
増田さんは裏山のほうから学校に忍び込んできたようだ。裏山は暗くて人間には危険なので異形の者ならではの侵入経路だろう。
「いっちゃいましたね」
二人が去って、池に静寂が戻る。
衝撃的な体験が連続しすぎていて夢を見ていたような気分だ。
「なにはともあれ、これで『踊る河童』の真相は解明されたわけだな!」
「河童の正体は深きものである増田さんで。踊っていたのはクトルゥフである森下さんによびかけるためだったと…」
言葉にすると真相解明というより謎が深まっただけのような気がしないでもないが。
「それでも真相は真相だ。これでまたひとつ世界の謎を解き明かしたな!」
紆余曲折あったが火宮さんは真相がわかって上機嫌そうだ。
「この調子で次の調査に向かおうじゃないか!」
「次の怪談は──」
「『図書室の妖精』だ!」