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その8 火宮さんと踊る河童(2)

「さぁ、一緒に歌いましょう」


そんな怪談通りのセリフと共に増田さんがボクたちをいざなう。


そうして、再び池のほとりまでやってきた。


せっかく着たスーツを再び脱ぎながら増田さんが語り始める。


「私が夜な夜なこの学校に忍び込んでいるのは、この池に用があるからなのです」


「助手さんは身をもって実感なされたと思いますが、この池は見た目以上にとても深いです」


ボクは軽くうなずく。あの時はパニックになってそれどころではなかったけれど、どれだけ沈んでも足がつかないほどのしっかりした深さがあった。


「それはこの池が地下水脈によって海とつながっているからなのです」


「海と…」


この学園がある県は確かに海に面してはいるけど、この学園から海までは相当な距離がある。


にわかには信じられない、が増田さんの存在を飲み込んでしまった以上、大体の事はそうなのかもと思える。


理解をあきらめているとも言える。


「そして、ただ海につながっているというだけではありません」


「海のとある地点、海底の奥深くに眠る古代都市『ルルイエ』へとつながっているのです」


『ルルイエ』…。先ほどもらったほんのタイトルにも入っていた言葉だ。


増田さん、ディープワンにとってとても重要な意味を持つ言葉のようで、それを口にする増田さんは恍惚とした表情を見せる。


「『ルルイエ』には我々が崇め奉る偉大なるクトルゥフが眠っています」

「なので、私はこうして夜な夜な学校に忍び寄り、歌と踊りで偉大なるクトゥルフへと呼び掛けているのです」


「ふんぐるい むぐるうなふ 

くとぅるう るるいえ 

うがふなぐる ふたぐん」


池に向かって増田さんが奇妙な呪文を口ずさむ。

人の口では発音できないような音だ。


「お二人も、一緒にどうぞ」


こちらに振り返って増田さんがそういう。


「「「ふんぐるい むぐるうなふ 

くとぅるう るるいえ 

うがふなぐる ふたぐん」」」


増田さんに合わせるように、できるだけ近い発音で唱える。


ボクはおそるおそるという感じだけど、火宮さんははっきりと力強く詠唱している。


ボクらが加わると増田さんがうれしそうな顔をする。

そして鞄からスマホを取り出すと音楽を流し始めた。


スマホで流すんだ…。まぁ楽器なんて持ち込めないだろうしな。

怪しげな儀式でも文明の利器は大活躍だ。


BGMは南国っぽい陽気な曲で、増田さんは次第にそれに合わせて踊り始めた。


カエルのように足を開いて左右に動く。上半身もそれに合わせて揺らめかせている。


音楽も相まって、変なフラダンスみたいだった。


楽しそうに踊る増田さんに合わせて、火宮さんが手拍子をする。


乗せられるように増田さんの動きもノリノリになっていく。


気付けばボクも肩でリズムを取っていた。


「「「ふんぐるい むぐるうなふ 

くとぅるう るるいえ 

うがふなぐる ふたぐん」」」


はたから見ればあまりにも奇妙すぎる儀式ではあるが、やってみるとなかなか楽しい。


見よう見まねで増田さんの踊りをしてみるが、あんまりに変だったようで2人とも噴き出していた。


「「「ふんぐるい むぐるうなふ 

くとぅるう るるいえ 

うがふなぐる ふたぐん」」」


火宮さんも混ざって輪になって踊る。


こんな風にみんなで騒ぐなんて、修学旅行のキャンプファイヤー以来だ。


やはり歌や踊りには、本能に作用する力があるのだろう。

最初は恐ろしかった増田さんの容貌も今や全く気にならない。


「「「ふんぐるい むぐるうなふ 

くとぅるう るるいえ 

うがふなぐる ふたぐん」」」


あぁ。楽し──


「うるさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


その時、池の底から地面をゆるがすような声がした。


「毎晩毎晩池の前で!歌って!!踊って!!!そんなにしなくても聞こえてるから!!聞こえてて出てないの!!ていうかこっちはゲームしてんの!ボイチャに変な声入るでしょ!!?ご飯なら置いといてくれれば後で食べるからさぁ!!!!!」


大音量で水面から声がする。

若い女性の声なのだがおどろおどろしい力をはらんでいて全身総毛だつ。


内容はドアの前から親にしつこく呼びかけられた引きこもりみたいなそれだけれども…。


「うわっ」


足元が震える。続けて池の中から紫色の瘴気が噴き出してくた。


「おぉ、大いなるクトゥルフが呼びかけに応じてくださいました!」


増田さんがうれしそうに言う。いやなんかさっきウザがられてなかった!?

沸騰するように池の水面が泡立つ。


何かが現れようとしていた。


ズバンと爆発するような音を立てて水柱が上がる。

その中から現れたのは巨大なタコの足のような触手だった。


続けていくつも触手が現れて地上へと這い出して来る。

一本一本がボクの胴体くらいの太さを持っていた。


「だ、大丈夫なんですか!?」


後ずさるようにして増田さんの後ろに隠れる。

増田さんは相変わらず嬉しそうにしているのみだ。


最後に一際大きな水柱が上がる。

本能的に察する。それこそがこの恐ろしい触手の本体であり、人知を超えた宇宙的恐怖をもたらす存在なのだと。


見るべきでない、と思っても目をそらすこともできなかった。

取りつかれるようにしてゆっくりとその姿をライトで照らしてしまう。


意外なことに触手の根元は肌色の胴体へとつながっていた。

くびれからそれが女性のような形をしていることが分かる。

長い髪で隠されてはいるが豊かなふくらみがあることも確認できる。

そしてその首から上は───


「………森下さん?」



ボクのクラスメイト、森下(もりした) 深月(みつき)の顔をしていた。









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