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その4 火宮さんとお泊まり会(2)

「寝るぞ!助手くん!」


「寝るって…えぇ!?」


寝るってここで!?ほんとに!?


寝てる間に警備員に見つかったらとか、何より一応男女ふたりっきりなんですけど!?!?


「いくら調査のためとはいえ夜更かしは良くないからな。今のうちに寝ておいて、一番怪異が出そうな時間の丑三つ時、つまり2時に起きるとしよう」


言いながら棚から布団を引っ張り出す火宮さん。


そもそもなんで部室に布団まであるんだ。


「ってあれ、1組しかなくないですか…?」


「部室の広さ的にひけて1枚だからな、狭くて申し訳ないが二人で一枚だ」


わぁ。つまるところ同衾だね。添い寝だね。やばいね。


ぱくぱくと金魚みたいに呆気に取られているボクをよそ目に火宮さんはテキパキと準備を進めていく。


椅子を机の上にあげて、机をずらして、布団を引いて、枕をおいて、あっという間に寝床の出来上がりだ。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


「ん?」


「一緒に寝るっていうのはその…あの…」


言葉に詰まるボクを見つめ返す火宮さん。ボクが何を言わんとしているか、まったくピンと来ていないようだ。


なんていえばいいんだ?結婚前の淑女がそんなことしちゃいけないとでも言えばいいのだろうか。

しかしどう言っても、ボクが一方的に意識してしまっている、ということを伝えることに他ならないだろう。


無邪気に見つめ返す火宮さんの視線から逃れるように目をそらす。


「なんでもないです…」


「?そうか」


火宮さんは不思議そうな顔をしつつ納得した。


…いいんだ。火宮さんが気にしないならあとはボクの問題でしかないのだから。

そうやって自分を納得させる。そう、問題ない。オールオッケー。


深呼吸してなんとか自分を落ち着かせる。


「そろそろ警備員が戸締りの確認に来てもおかしくないな。早く準備しよう」


そういって次に火宮さんが鞄から取り出したのは、上下一組の柔らかそうな素材の服。

薄いピンクに水玉模様が浮かんでいる可愛らしいデザインのものだ。つまるところパジャマである。



「じゃ、助手君。着替えるから向こう向いててくれ」



殴られたくらいのスピードで回転して壁のほうを向く。いろいろ考える前に反射で動いていた。


「き、着替えるんですか…?」


「制服で寝たら皺になるからな。助手くんは着替えないのかい?」


「ボクは大丈夫です…。パジャマは持ってきてないので…」


制服のシャツの替えくらいは持ってきているがさすがにパジャマは持て来ていない。まさか布団で寝ることになるとはおもってもいなかったわけだから当たり前だが。


話しているとぷちっとボタンを外す音が耳に届く。


びくっと心臓が跳ねる。2人っきり、ほかの誰もいない部室では、着替えの音がうるさいほどに聞こえる。


躊躇いなくおろされるジッパーの音。続いて布が固い床に落ちる音がする。


たぶんスカートが…だめだやめろ想像するな。


意識しまいとするほど耳に神経が集中してしまう。どくどくと頭に血が巡る音すら聞こえてくるようだった。


「ぅん…しょっと」


更に衣擦れの音がする。頭に直接響いてるかのような錯覚を感じる。


心頭滅却。心頭滅却。波阿弥陀仏…。


気付けば手を合わせて何かに祈っていた。



そんな時間がしばらく、体感的には1時間くらい(実際には2、3分)続いたのち、着替え終わったと声をかけられた。


「大丈夫か助手くん?やけに顔が赤いが」


「だ、大丈夫です…」


一瞬の間にすっかり疲れ切ってしまった。のぼせたように体感温度もちょっと上がった気がする。


そして、着替え終わった火宮さんのパジャマ姿も、それはそれでなんだか見てはいけないもののような気がして直視できない。


ボクが気にしすぎなのか?いや火宮さんが気にしなさすぎなだけだ。絶対。


その時火宮さんが何かに反応する。


「!足音が聞こえた。警備員だ」


ボクには聞こえなかったが、火宮さんが言うならそうなのだろう。火宮さんは五感が異常に鋭い。


「明かりを消すぞ!」


火宮さんがスイッチに駆け寄る。

そしてボクの心の準備を待たずに電灯の明かりが落とされた。


すっかり日も沈んでいるため、部室は一瞬にして真っ暗になる。


まだ暗闇に目が慣れていないため、一寸先も見えないような深い黒に視界が埋まる。急だったため軽いパニックになっていた。


「あたっ」


動こうとしたら、机であろう物体に腰をぶつけてしまう。もともと狭く、身動きのとりづらい部室なので、この暗闇の中では満足に動けなかった。


その時、手に柔らかいものが絡みついてきた。


びっくりして振りほどきそうになるが、その前にそれの正体に気付く。火宮さんの手だ。


その手はやさしくボクを引っ張る。まだ脈打っている心臓を抑えながら、その手が導く方へ向かう。


すぐに足が沈みこむ感覚がする。火宮さんが敷いた布団の上まできたようだ。


やっと少しづつ目が慣れてきて、火宮さんの姿がぼんやりと確認できる。思ったより近くにいて(手をつないでいるんだから当然だけど)また心臓が跳ね上がる。


今日だけで寿命を5年くらい消費してそうだ。


その時、コツコツと硬い足音がボクにも聞こえる。警備員がすぐ近くまで来ているようだ。


火宮さんはボクの手を放して、口の前で人差し指を立てて、しーっとささやく。


そして音を立てないようにそっと布団をめくりあげる。


火宮さんがそこに潜り込んで、布団を持ち上げてボクのほうへちょいちょいと小さく手招きをする。


そのしぐさがなんだか秘密めいていて余計に動揺させられる。


一瞬の逡巡のあと、えええいままよと心を決めてボクは布団に滑り込んだ。


一人用の布団は、二人で寝転がるにはあまりに狭くて、右側に確かに体温を感じた。


聞こえてくる足音はどんどん大きくなる。


うるさいほどの心臓が、何に動かされているのかわからなかった。

こういうのも一種のつり橋効果というのだろうか。


ボクの緊張に反して足音はあっさりと通り過ぎていく。部室棟は教室と違って、戸締りが生徒に任されているため、いちいち確認しないのだろうか。


もしドアを開けて確認されていたらと思うと…。


「いったようだな」


小さい声で隣の火宮さんが言う。耳元でささやかれるような形になるので背筋がぞくぞくした。


「そ、そうですね」


火宮さんの逆、左側を向きながら返す。


警備員の事が気にならなくなった分、火宮さんの存在が気になってしょうがない。


そんなボクとは対照的に、火宮さんは小さく伸びをしてから脱力する。


「じゃあ、寝るとするか」


「おやすみ、助手くん」


軽い調子でそう言うと、すぐに静かになる。


恐る恐る火宮さんのほうを盗み見ると、すっかり目を閉じて寝るモードだ。

しばらくしてすぅすぅと小さく寝息が聞こえてくる。


健康的なイメージ通り、寝つきも異常にいいようだ。


無防備な寝顔は、普段よりもずっとあどけなく見える。もともとの顔つきは結構幼いタイプなのだ。言動のせいでそう見えないだけで。長いツインテールもほどかれて、おとなし気な印象を与える。


思わず見入ってしまったが、罪悪感に襲われて逆方向に向き直る。

なにかよくない気持ちがわいてしまいそうだった。


そんな気持ちに蓋をするように、瞼を固く閉じて寝ようとする。


…….…………………………………………………………………


…….………………………………………


…….…………………


…….………


ね、寝れねぇ~~!!


この状況以前にそもそもまだ7時すぎなのだ。健康な高校生らしく、基本は10時ごろに寝て、時々夜更かしもするようなボクからしたら全然眠くなるような時間ではない。


それに瞼を閉じると、視覚の代わりにほかの感覚が鋭くなって、右腕に感じる体温や、ほのかに香るなじみのない甘い匂いが脳を刺激する。


火宮さんを背にするように横向きになるが、背中越しにその存在を感じるだけだった。

このままではたとえ何時間たったとしても眠れる気がしない。


火宮さんが起きないようにそっと布団を抜け出そう。部屋の隅で丸まっている方がまだ寝られそうだ。


そう思ったその時、後ろから手を回される。


「!?」


そのまま抱き寄せられて、背中に何か柔らかいものが当たる。


「ひ、火宮さん…?」


反応はない、無意識のようだ。ボクの事を抱き枕か何かと勘違いしているのかもしれない。


首元に火宮さんの前髪が当たってこそばゆい。寝息が当たる感触すら感じる。

ボクはいろいろキャパオーバーを起こして固まっている。血が巡りすぎて沸騰しそうだ。


しまいには足まで絡んできて、全身が余すところなく密着する。

触れた場所が熱を帯びて、やけどしそうな錯覚を覚える。


これで火宮さんを起こさずに布団から抜け出すことはほぼ不可能になった。


縋りつくような気持で時計を確認する。

暗闇の中、何とか確認できた針はまだ、7時半も回っていなかった。



夜はまだまだ続く。ボクの柔らかい地獄もまだまだ終わりそうになかった。



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