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その3 火宮さんとお泊まり会

そんなわけで今晩は学校に泊まり、明日の朝、登校してくる生徒に混じってしれっと教室に入る。ということになったのだった。なんでだよ。


それでも微かにワクワクしている自分もいた。結局のところ、ボクは火宮さんに引きずられて日常という枠組みから抜け出すことが嫌いじゃないんだろう。これも一種の破滅願望かもしれない。


遠くでチャイムの音が鳴る。今は5限が終わったところか。この『探偵部』は部室棟の奥まった場所に位置しているので、チャイムの音もくぐもって聞こえてくる。ボクの状況も合わせて、授業が行われているのがどこか遠い所の出来事のように感じた。


「5限は結局サボっちゃいましたけど…6限はどうします?」


ボクとしてはもう6限もサボってしまいたい気持ちだった。教室に戻ってクラスメイトに事情を聞かれるのが面倒というのもある。


とはいえ夜まで時間もあるし、ずっと部室にいる理由もないのだが。


火宮さんは時計を見て少し考える。


「そうだな…学業は学生の本分だ。出来るなら出席すべきだろう」


さっきボクを連れて5限を抜け出した人とは思えない発言だ。

これまでの付き合いでなんとなく分かってきたことだが、実は火宮さんの勉強に対する態度はいたって真面目なものなのだ。ただ、この『探偵部』の活動の優先順位が高すぎるというだけで。


気怠さはあるが火宮さんが戻るというなら、ボクもそれに従おう。


そんなわけでボクら二人は教室に戻ったのだった。






「お、おかえり助手クン〜」


席に戻るなり、前から声をかけられる。

火宮さんのせいでクラスでのボクの呼び名も、すっかり『助手くん』で定着してしまっていた。


「ただいま森下さん。申し訳ないけどさっきの授業のノート見してもらっていい?」


「私が5時間目の授業で起きてるわけないじゃ〜ん。いつも通り爆睡だよ爆睡だよ。」


「だよね…」


予想通りの返事に苦笑する。

気怠げに声をかけてきたのは前の席の森下(もりした) 深月(みつき)さん。

伸びるままにしているような深い黒のロングヘアー。長い前髪からのぞく顔は病的に白く、消えたところを見たことがない深いクマが刻まれている。


重度のゲーマーらしく、授業中は基本的に死んだように寝ている。


彼女とは入学以来、なんとなく話すようになってる。お互い積極的に友達を作りにいくタイプでないので、あまりもの同士でつるんでいるという感じだろうか。


一度一緒に流行りのシューティングゲームをしたこともあるが、実力差がありすぎることが分かったので二度目はないだろう。


「というか、なんで5限いなかったか聞かないんだね」


「どうせ火宮でしょ〜。聞くまでもないって〜」


もうそういう認識なんだなボクって…。まぁ、ある意味楽だからいいかと半ばやけになって思うことにする。


話がひと段落すると、森下さんは席に突っ伏して寝始める。きっと次の授業が終わるまで起き上がることはないだろう。


前の人が倒れ伏して非常に見渡しがいい教室を眺める。


ボクとは対照的に数人に囲まれて質問攻めにあっている火宮さんが見えた。


火宮さんは破天荒さの割に交友関係が広い。いつも捜査だと言って四方を駆けずり回っているせいかもしれない。なんてたっていつの間にかボクの母親と仲良くなっていたくらいなのだ。


火宮さんには人を惹きつけるものがある。カリスマと言ってしまってもいいかもしれない。

どこまでも地続きで変わり映えのない日常を、たやすく壊してしまうような何か。

それが太陽のような輝きを放っている。

そしてきっと、一番彼女の光に惹かれているのは他ならぬボクなのだろう。






6限はつつがなく終了し、本日の授業は全て終わった。開放感で緩む教室の空気とは裏腹に、ボクは本番はこれからと気合を入れて席を立った。


火宮さんと少し話し、とりあえず一度お互い家に戻ることになった。学校に一泊するなら、着替えに飲み物、明日と授業の用意など必要なものが多々あるからだ。


部活動に励む生徒も含めて全員帰らされる最終下校時刻である19時までに部室で再び集合ということになった。


というわけで一旦帰宅。ボクの家は学校から自転車で10分ほどだ。近さで選んだわけではないけど、やっぱり登下校の時間が短いのは便利だ。


明日までの課題を終わらせたり、シャワーを浴びたりしていたらあっという間にいい時間になる。

普段登下校にしか使わないカバンに替えの制服を詰めていると奇妙な気分になる。そういえば泊まりで出かけるなんていつ以来だろうか。出かけると言っても行くのは学校なのだが。


外に出るとちょうど空が赤く染まり始めていた。今が一番日が沈むのが遅い時期だ。なんとなく日が長い方が気分が上がる。日が沈むと帰らなければならなかった子供時代の感傷がまだ残っているのかもしれない。


学校に着いて、すでに活動を終えてグラウンド整備をしている運動部を横目に部室へと向かう。部活棟の明かりもまばらになっていた。






探偵部部室の前に辿り着くと、ドアの窓から光が漏れている。どうやら火宮さんの方が先に来ていたらしい。ドアを開けて中に入る。


「お疲れ様です」


「ああ、お疲れ」


火宮さんが顔を上げてこちらを見る。机の上の様子を見る限り、課題をしていたようだ。綺麗に整理されたノートの中身だけ見ると本当に真面目だなと思う。実際はそこそこな頻度で授業を放っぽりだしているのだが。


昼の時のようにお茶を淹れてくれるので素直に受け取る。スッキリとした味なのに深みを感じる。少しこのお茶にハマりつつあった。


ほうと一息つく。


火宮さんも課題をしまって彼女の分のお茶を入れ始める。

手慣れた様子からきっと家でもこうやって過ごしているんだろうなと思う。リラックスしておとなしい火宮さんというのは結構レアかもしれない。


「ところで助手くん。夕食は食べてきたかね?」


「あっ」


思わず間抜けな声が出る。集合の前に食べておこうと思ったのに、うっかりしていた。着替えだとか明日の用意だとか『泊まる』ということに意識を裂きすぎて、その手前の事が抜け落ちてしまっていた。


ということは夕食抜き…。どころか明日の朝も帰れないわけだから、昼の学食まで何も食べられないということになるのか。


ボクは平均的な男子校高校生よりは食が細いほうだけど、2食分抜きというのは結構つらいかもしれない。


「その様子だとまだのようだな」


そう言うと火宮さんはガサゴソと荷物を漁り始める。普段彼女が登下校に使っているものよりも大きなリュックだ。


「これだっ」


てっててーんと効果音がなりそうなほど元気よく取り出す。

出てきたそれは大きな包みだった。


「それは?」


「まぁまぁ見ていたまえ」


机の上で包みを広げる。

中から出てきたのは…ラップに包まれたおにぎりだった。


「おお…!」


思わずため息が漏れる。海苔も巻かれた綺麗な三角のおにぎり。それが10個並んでいる。


「これは…火宮さんが?」


「もちろんだとも」


フフンとボクの反応に満足げな火宮さん。


「好きなのを食べたまえ。具はこっちから塩、梅干し、昆布、明太子、鮭が2個づつだ」


具まで本格的だ。しかも5種類も用意してあるとは…。運動会でもここまでやる家庭は少ないんじゃないだろうか?


「それに10個も…」


「食に興味が薄い助手くんの事だからな。きっと食料の事を失念していると思ってね。朝食の分も合わせて二人分用意したというわけだ。」


さすがの推理力と行動力だ。それに自分の性格が読まれているというのは嬉しさと気恥ずかしさがあった。


「じゃあ…いただきます」


一番端の塩おにぎりを手に取る。ラップをとるとつやつやの米が姿を現した。

湧いてきた食欲に急かされてかぶりつく。


「おいしい…」


湿りすぎても乾きすぎてもないちょうどよい水分の米。食べやすい控えめな塩。ラップの層を区切ることでパリパリに保たれた海苔。


コンビニで売られているようなものと比べても遜色ない、いや、超えているといっていいだろう。

塩おにぎりでこんなに明確においしいと思ったのは初めてかもしれない。


次は鮭おにぎりに手を伸ばす。これもうまい。

塩味が薄く、鮭本来の味を存分に感じる。


「はっはっは。おにぎりは逃げないぞ助手くん。ゆっくり食べたまえ」


火宮さんはおにぎりを貪るボクをうれしそうに見ている。

なんだかいつもより優しげな瞳が妙にこそばゆかった。


…そういえばこれも『女子の手料理を食べる』という男の夢ど真ん中のシチュエーションなんだよな…

クオリティが高すぎて手料理感は若干薄いけど。


最終的にボクは4つのおにぎりを平らげた。普段なら2つで満足していたであろうことを考えると、かなり食べたと言っていいだろう。


久々に満腹という感覚を思い出しながらお茶をすする。

ふと時計を見るとちょうど7時になるところだった。


「そろそろ下校時間ですね」


「あぁ。しばらくしたら警備員が戸締りの確認にやってくるだろう」


19時の下校時間後の戸締り、20時と22時の巡回、それをやり過ごせば夜の学校を自由に探索できる。


「警備員は部室の中までは確認してこないから、ここで大人しくしていたら見つかることはない」


言い切る様子を見ると、これも実証済みなのだろう。


「10時まで何してましょうかね。一応トランプとか持ってきてますけど」


「巡回が終わるまでは明かりがつけられないからな、トランプで遊ぶのは厳しいだろう」


それもそうか。警備員が学校にいるうちは、明かりをつけようものなら一発で見つかってしまうだろうし。


「それに、夜の探索まで体力を温存しなければならない。というわけで…」


火宮さんが壁際の棚の一際大きな段を開ける。そこから顔を覗かせたのは…布団だった。




「寝るぞ!助手くん!」







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