その2 火宮さんと花子さん
意気揚々と七不思議の調査に乗り出した我々だったけども、出鼻をくじかれる事態になっていた。
結論から言ってしまえば、花子さんは現れなかったのである。まぁ当然と言えば当然なんだけれど…。
「うむ…何にも起こらんな!」
あっけらかんと言い放つ火宮さん。
「手順は合ってるんですよね?」
「私の調査ではそのはずだ」
火宮さん曰く、この学園の花子さんの噂というのは、なんというかテンプレートというか、よくある話そのままのやつらしい。
校舎3階の女子トイレ、誰も使っていない3番目の個室を3回ノックして「花子さんいらっしゃいますか」と声をかけると、花子さんが返事を返してくる、という話。その後の展開はトイレに引きづり込まれるとか死ぬまで一緒に遊ぶことになるとかまちまちだ。
「気に入らない奴を一人呪い殺してくれるという話も聞いたな」
「そんな殺し屋みたいな…」
「あとは伝説の剣をくれるとか。金と銀の斧をくれるとか」
「それは泉の女神の仕事じゃないですか?」
トイレから出てきた伝説の武器はあんまり使いたくないな…
「ともかく、そろそろ出ませんか?」
当たり前だがここは女子トイレである。校舎の端のあまり使われてないトイレで、尚且つ現在授業中なので人が来る確率はかなり低いとは思うが、もし誰か来たらと気が気でない。
「そもそも、こういうのってたいてい旧校舎のトイレだったりしません?」
残念ながら我が校には旧校舎なるものは存在していないが。
「そうだな、3階トイレの中でも一番人気のないところを選んだが…ここも全く使われていないわけじゃないからな」
「うちの学園に『誰も使ってない個室』なんてないってことですね」
現実では、そうそう都合よくホラーの舞台が整えられてはいないということか。
清掃員さんによって真っ白に磨かれたトイレは、とても怪異がお出ましするような雰囲気ではなかった。
「うむ…やはり…」
少し考えこむ火宮さん。
捜査は全くの空振りだったが、全くの予想外というわけでは無さそうだ。
「いや、もう少し検証してみるべきだな」
「というと?」
ノックの仕方とかそういう話だろうか。花子さんがそんなにマナーに厳しいとは思えないけど。
「単純な話さ。お化けが出てくるのには、それに相応しい時間があるだろう?」
ニヤッとして火宮さんが言う。
悪い予感は的中しそうだ。
確かに単純な話だ。こんな真っ昼間に妖怪変化の類が出てくるという方がおかしい。
けれど別に見落としていたわけではないのだ。
「夜の学校に忍び込むってことですか…?」
フィクションではよくある展開だけど…実際に可能なのか?
「いや、それは現実的じゃないな」
「我が校のセキュリティーは結構厳しいんだ。正門を乗り越えたり、塀をよじ登ろうとしたら、警備会社に連絡がいって、警察がすっ飛んでくるだろう」
「なんでそんなこと知ってるんです…?」
火宮さんはフッと笑って返す。怖いよ…。
ともかく、夢のない話ではあるが夜の学校に侵入するのは難しいらしい。まぁ当たり前に不法侵入なわけだし、余裕で入れたらその方が心配か。
「ところで、どこに向かってるんです?」
トイレから出た火宮さんは、迷いなくどこかを目指して歩き始めた。授業中で静まり返った廊下をずんずんと進んでいく。
「我が探偵部の部室さ」
「部室なんてあったんですか?」
ボクも知らなかった…。部員2名の活動不明な部活でも部室を割り当ててもらえるものなのか。
「英語会話部から譲り受けたのさ。部員不足でほぼ活動してないらしくてね」
英語会話部…。たしか外国語教師の先生が担任をしてる部活だったか。人気のなさも納得だけど。放課後まで英語の授業の延長みたいなことをしたい人は少ないだろう。
「ところで、さっきの話の続きだ。夜の学校を探索したいなら、何も侵入するだけが方法じゃない」
なるほど…なんとなく話が分かってきたぞ。
「つまり、夜になるまで部室に潜んでおくってことですね」
その通りと頷く火宮さん。
「8時と10時に警備員が巡回するが、それさえやり過ごせば自由に行動することができる」
「なるほど…でも、そううまくいきますかね?」
「安心したまえ。検証済みさ」
さいですか…。
なんやかんやと話しているうちに目的地にたどり着いたようだ。
場所は部室棟の端、ドアの横の標識には上に紙が貼られており、力強い達筆で『探偵部』と書かれている。横幅がほかの部室に比べてかなり小さかった。
「もともとは何らかの準備室だったのだろうな」
火宮さんはポケットから鍵を取り出して開錠する。
当たり前のように部室の鍵を個人所有していることにはもはやツッコむまい。火宮さんには常識は通用しないのだ。
部室の中は外から見た通りの狭さで、さらに木製のごつい棚が壁一面を覆っているため圧迫感があった。4人掛けのテーブルと椅子が何とかギリギリおさまっているという感じだ。
「まぁ適当にかけたまえ。お茶でも用意しようか」
火宮さんが手慣れた様子で棚を漁る。しばらくすると湯沸かしポットと緑茶らしき茶葉、それに紙コップと急須が出てきた。
部室の私物化が止まらない。
火宮さんが水筒の水を湯沸かしポットに入れる。待つ間に茶菓子まで出てきた。
「あ、どうも…」
もはや部室というより自室に招かれた気分だった。
しばらくしてお湯が沸いて、急須で緑茶を作ると、ボクの分を紙コップに注いでくれる。火宮さんはおそらくこれも私物であろう湯呑に注いだ。
紅茶でもコーヒーでもなく緑茶というのは高校生にしてはかなり渋いが、なんとなく納得感があった。
緑茶をすすりながらお互い一息つく。そこまで違いが分かるというわけではないけど、いい茶葉を使ってるんだろうなというのは感じた。
「それで…ほんとに10時まで部室に隠れるんですか...?」
流されるままにここまで来てしまったが…。
10時までここにいるというのにはかなり問題がある。まず、そんな深夜まで帰らないとなれば、親に心配をかけてしまうだろう。ボクは生まれてこの方夜遊びとは無関係の人生を送ってきたのだ。
それに、10時以降となれば県の条例で定められた深夜の外出禁止の規定にがっつり引っかかる。首尾よく学校を探索し終えたとしても、帰り道で警察に見つかったら補導は確定だ。
「何を言っているんだ?」
「へ?」
「さっき言っただろう。『正門を乗り越えたり、塀をよじ登ろうとしたら、警備会社に連絡がいって、警察がすっ飛んでくる』とな。これは当然侵入する側からの話に限ったことではない。出ようとする人間に対してもそのセキュリティーは働くんだ」
あっと声が出る。考えてみれば当然のことである。
「じゃ、じゃあなおさら問題じゃないですか!」
「いやいや、それを回避する簡単な方法があるじゃないか」
火宮さんは当然のような顔でケロリという。
「朝までここにいればいい。簡単だろう?」
「!?!?」
「それにご両親の事を心配しているなら問題ない。私が許可を取っておいたからな」
「!?!?!????!?????!???????????」
そういってスマホの画面をこちらに差し出す。そこにはメッセージアプリのトーク画面、トーク相手は見覚えのありすぎるアイコンをしていた。母だ。
いつの間にボクの母とコンタクトを取り、さらには信用を勝ち取っているんだ!?
疑問がキャパオーバーする。ボクの背後にはきっと宇宙が見えているだろう。
今更になって気が付く。ボクはもう火宮さんという大きな流れに巻き込まれてしまっていて、今更じたばたとあばれたところで意味はないのだと。
というわけで、楽しい楽しい学校でのお泊り会が始まったのであった。
二人っきりで。