バレンタイン記念
【ザッハトルテ】
バレンタインデー。
いくら日本だけの風習だとか、企業戦略だとか言ったって何だかんだで貰えたら嬉しい『バレンタイン・チョコ』
だけど、貰えない男はみんな口々に「バレンタインなんて…」と興味がない振りをする。
今、僕の目の前にいる3人の男達もその例外ではない。
1-S所属、学内の大半の生徒を魅了してやまない博愛主義者の擬似王子・白峰真紀。
1-A所属、人嫌いで潔癖症で無気力だけど、スラリと高い身長に涼しげな面差しの大型犬・椿ユキト。
1-B所属、いつも飄々としていて笑みを絶やさないチャラ男もどき・奥薗輪廻。
いつものように秘密の家に集まった彼等は、決してモテないわけじゃない。
それどころか、モテてモテて仕方がないくらいモテまくっているし、今日だってかなりのチョコレートやらプレゼントやらを貰っていた。
ユキト君は押し付けられたみたいだけど。
そんな彼等は、意中の人から貰えないチョコレートを想って一様に暗い顔をしていた。
「バレンタインって、結局はただの年間行事だよね」
「……甘いのキライ、だし…」
「大体そんなイベントに乗っかって騒いでるヤツって痛くな~い?」
…負け惜しみとはこのことだ。
それぞれ暗黙の内に決まっている指定席に座り、紅茶が置かれたテーブルを囲んで切ない会話を繰り広げている。
僕もみんなの気持ちがわからないわけじゃない。
この学園に外部生として高等部から入って来た僕達5人は、その特殊な環境からかすぐに仲良くなった。
今じゃ真紀君が建てさせた秘密の家で、毎日のように夜までの間一緒に過ごしている。
入学して早10ヶ月。
僕達はあっという間に彼を好きになった。
篠宮黄金。
金髪碧眼、白い肌に細い身体。
まるでビスクドールのような綺麗な少年。
だけど口を開けば毒を吐き、腕っ節もかなりのものでかなりの暴君だ。
だけど僕達は知っている。
一度彼の懐に入ってしまえば、大切に慈しんでくれるということを。
しかし、彼はとてもリアリストだ。
ロマンの欠片もなければ、イベントを楽しむような可愛い性格でもない。
そう、彼が今日僕達に『バレンタイン・チョコ』をくれる確率は限りなく0に近いというわけだ。
だからと言って、ここまで落ち込むものなのかな?
元がイケメンなだけに、何とも物悲しく見える。
「何だ、コレ」
いつもより遅れてやってきた黄金が、淀んでいるリビングルーム内の雰囲気に険しく眉を寄せる。
「宗太、コイツらはどうしたんだ? ウザったいことこの上ねぇんだけど」
「さぁ、きっと悲しいことでもあったんじゃないかな」
当たり前のように僕の隣に腰掛ける黄金を見て、「君のせいだよ」とも言えずに苦笑を浮かべる。
納得してないような顔で周りを見渡した黄金は、ドンッとテーブルの真ん中に白い箱を置いた。
何の飾りもない、ただの四角い箱。
「テメェら、んな辛気臭ぇ面並べてんじゃねぇよ。この俺が折角作って来てやったんだ、これでも食って憂さを晴らせ」
黄金の手が箱の蓋を取った。
そこには…
「チョコレートケーキ?」
直径20cmくらいの大きなホールケーキが鎮座していた。
「正しくはザッハトルテだ」
「…こ、これ…黄金君が作ったの?」
「さっきそう言っただろうが」
信じられないと手で口を押さえている真紀君。
「コガネ…俺達の、ため…?」
「当たり前だろ」
さっきは甘いものが嫌いだと言っていたのに、今は目をキラキラと輝かせているユキト君。
「マジで!? ボス、今日がバレンタインって知ってんの!?」
「たまにはイベントに乗っかるのも良いだろ」
咥えていた棒付き飴を落としたことにすら気付いていない輪廻君。
さっきまでの暗い雰囲気も何処かに吹き飛び、驚愕と戸惑いと喜びの嵐が吹き荒れる室内に俺はひっそりと頬を綻ばせた。
黄金は何でも人以上にできる。
だけど面倒臭がって中々その力を出そうとはしない。
料理もその中のひとつだ。
そんな黄金が僕達のためにチョコレートケーキを作って来てくれた。
これだからみんな、彼が好きなんだ。
さっきとは打って変わって嬉しそうに真紀君が紅茶を入れ直している。
ユキト君はお皿を用意して、輪廻君はケーキを器用に5等分にしていく。
良かったね、みんな。
僕も凄く嬉しい。
「いただきます」
黄金が作ったケーキは、もちろんとても美味しかった。
こんな暖かな日々がずっと続くとは思わない。
だけど、僕達が卒業するその日までは続くと信じて疑わなかった。
それは時期外れの転校生が来る、2ヶ月前のお話。
【end】