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六話閑話 父親の苦悩

 ベルクが《叡智の司書長》の弟子になった日。家に帰ることができたベルクの父親エツドは元当主のガルローと二人で話していた。


「はあ、お父様。ベルクの件なのですが、私が言いたいことはもうお分かりですよね」


 エツドは頭を抱えてしまった。


「今から、私の気持ちを言いますが、独り言だと思って聞いて下さい」


 大きく息を吸った。


「あの子異常すぎる。今日帰る時に噂の魔法陣を見ましたよ。業務をサボっている人たちが群がって胃が壊れそうでした。んで、いろんな所からベルクの事聞かれ続けて、私だって知りたい。あいつ何者なんだ? 本当に私の子か? しかも、遠征している王宮魔導師団のあのイカレた団長から鬼のように手紙が届いているし、一人で持ってくるの大変だったんですよ!」


 両手で抱えきれるか分からないような大量の手紙が机に叩きつけられた。


「これ一応、全部読みましたよ。ええ。案の定、内容はベルクの事ばかり。任務のことなど忘れたかのようにこれだけ書いて送ってくる。しかも、徐々に恋手紙になっていくんですよ。分かりますか? 当事者じゃないにしても怖くなる私の気持ちが」


 エツドは机に乗っていた手紙を払いのけて、次は書類の束を出した。


「これ、昨日のうちにベルクに届いた縁談です。この早さで情報が伝わって縁談を送り付けて来たのは二家です。剣術名門の公爵家シッド家と魔法イカレ集団のシュトル家。前者はまだいいとして。魔法イカレ集団のあいつらはどういう神経してるったってんだ」


 そう言いながら、何枚かの封筒から紙を出した。


「直系の子孫だったり分家の子はまだ分かる。でも、もう結婚している奴とか、50を超えるババアも出してきやがった。おまけに妊娠すらしていない予定の段階の子なんかも出してきやがった。意味が分からねぇ。個人的交友があれば、そういうこともするかも知らないが、私たちはそんな交友深くない。シュトルの奴ら。意味が分からん」


 数枚を残して、すべて地面に投げ捨てた。


「それでまともなのがこれだけですよ」


 五枚の封筒が残され、静観していたガルローが中身を見た。


「良さそうな子たちじゃな」

「家の格は気にせずに選んでこれなんですよ。まあ、ベルクの結婚については本人の自由にさせるつもりです。聞く限り、専属の侍女に惚れているみたいなので、そう焦ることはないでしょう。まあ、縁談とか周りの反応についてはこの際いいとしましょう。ただ、一番の問題は。はぁ」


 エツドは再び頭を抱えた。


「《叡智の司書長》。いや《戦場の悪魔》。サミュラス・リッター様の弟子になったことです」

「どうしていけないのじゃ? 政治には関わっていないお人じゃろ」

「お父様も分かっているくせに。この国はあなたとサミュラス様によって維持されている側面がある。国の上層部の考えとしては、世界的な英雄である《賢剛》ガルローは所謂いわゆる、銅像的な象徴。単細胞でまだ扱いが簡単で楽という認識です」

「事実そうだとしても少し傷つくのう」

「しかし、サミュラス様は学者たちの実質的なトップ。私も元は学者を目指した身なので実感がありますが、あの人はすべての学会において聖域なんですよ。あの人が違うと言えば、違うことになりますし、そうだと言えばそうなる。そんな権威を通り越した神。王宮内でも信者は多い。かくゆう私も信者の一人ですからね。まあ、学者として凄さだけじゃないのですよ。あの人は建国に貢献した人で、500年という大陸一の国家にしては若いゼドアムが由緒正しい強国たちから攻められないのはあの人が存命だからです」


 その後、エツドは数十分の間、サミュラスの歴史、素晴らしさ。いかに国に貢献しているかを語った。


「要は、お父様は民衆の象徴。図書館長のサミュラス様は政治家の象徴なんです。そして、これまで弟子を取らなかったあの人が初めて取ったのがベルクなんですよ。分かります? この気持ち。嬉しいのやら嫉妬するのやら。なんならサインが欲しいぐらいですよ」

「た、大変じゃのう」

「はあ。あんな化け物でも私の可愛い息子です。当主争いさえしなければ、親としてベルクのことは応援するつもりです」


 エツドにとって、子供は等しく可愛かった。

 しかし、公爵家というしがらみの上で己の過去と重ねてしまった。


 優秀な兄弟が周りを巻き込みながら争った過去。

 結局、相打ちのようにして全員が失脚した。


 そして『ザルゴルの無能』であり、争いから逃げ政治学者の道を志した自分に強制的に回って来た当主の座。


 少なくとも自分の代では争わせない。エツドはそう心に誓った。

 その誓いのせいで、生まれから神話染みていたベルクを可愛がってやることができなかった。


「そう言うなら、早く弟か妹を作ってやったらどうじゃ? ベルクを超える逸材が生まれるかもしれぬぞ」

「ベルクを産んだことでショックを受けた正妻は祖母と共に教会に行ってしまいましたが」

「おぬしも若いんじゃから、側室ともやればええじゃろう」

「はあ、そうすると家の内部がバラバラになるんですよ。あなたみたいに何人も子供を作りたい訳じゃないんですよ」

「儂は毎晩楽しんでおったのにのう」

「はいはい。私は『ザルゴルの無能』なので比較しないで下さい」


 ――――――


 半年後。二人は再び話す機会を設けた。


「これ。読みましたか?」

「ベルクが関わった魔法陣に関する論文じゃな。当然、読んだとも」


 ベルクとエミサンが論文を完成させて魔法業界を震撼しんかんさせていた。


「これ。本当に出して大丈夫なものだったんですか?」

「一般生活が一変する革命みたいなものじゃからのう。今頃、各地は大騒ぎじゃろうて」

「はあ。そうですよね。魔法に詳しくない私でも分かりました。この魔法陣という技術。とんでもない影響がありますよ」


 魔法陣の論文に書かれていた内容のほとんどは専門家でなければ分からないような難しい内容が多かったが、ザルゴルの人間には読めてしまう代物だった。


「この論文は魔力の貯蔵する魔法陣。魔力出力を制御する魔法陣。魔法を出す魔法陣の完成を記しています。魔法は本来、魔力を感じられない人間には使えません。普通は一生使っても感じられない人がほとんど、天才でも一か月は掛かるでしょう。それを魔法が使える人間が魔力を貯蔵することで誰でも簡易的な魔法が使えるようになるんですよ」

「ベルクから貰った試作品を使ってみようかのう」


 ガルローは三枚の紙を重ねた。

 すると、火が出現した。


「これは五分ぐらい持つそうじゃ。他にも貯蔵量を増やせば長時間の稼働が可能だそうな」

「オーパーツなんて言われていた古代都市の再現がここまで進むとは思いもしませんでしたよ。まあ、この研究自体のあれこれは我々にとっては喜ばしいということにしておきましょう。さて、こちらをご覧ください」


 エツドは机の上に書類の束を置いた。


「なんだと思いますか?」

「縁談じゃな」

「ええ。正解です。魔法の学者のいる家ばかりですが、どれも名家です。しかも、そのどれもが家の家督を継ぐ権利を差し出しています。それもまあいいとしましょう。問題はこれです」


 そう言うとエツドは書類のほとんどを床に捨てた。

 そして、残ったのは焼印がついたままの高級そうな複数の封筒だった。


「これは他国の王族から送られたものです」

「ギルケアスからも来てるとは驚きじゃのう」

「それだけベルクが注目されているんですよ。《叡智の司書長》の弟子で世界を変える魔法陣の論文の第二著者。こういった実績もあって、強さは魔法では魔導師団の中堅レベル。近接戦闘では近衛騎士団に入団できるレベル。遺伝子が優れているという次元じゃない。神に溺愛されているとかですよ」


 三歳と半年の子供が既に自分を超えるのではないかという実績を叩き出し、エツドは本当に自分の子供か少し疑うほどだった。


「はあ。とりあえず、縁談については通例通り六歳になったらベルクに選ばせます。本当は王族の中から選んで欲しいですが、あの子に命令することは出来ないので諦めますよ」

「それがいいのう。ベルクは世界の中心に立つ器。儂らは才能を他に邪魔させず育てることを考えておればよい」

「ええ。半年前にあなたに言われたことは正しかったですね」


 魔法陣の火が消えた。


「楽しい話はここまでにして、ここからは少し政治的な話をしましょうか。最近、動き始めた亜人族のテロ集団について……」


 二人はその後、国の今後について話し始めた。



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