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五話 才能の片鱗

 ベルクが魔法陣魔法を完成させる少し前。


 王宮に隣接する巨大な木造の館にガルローがいた。

 建物の内部には無数の本が並び、数人の王宮勤めの学者が利用する図書館だった。


「それで、ここには何の用? 《賢剛》ガルロー」

「《叡智の司書長》である貴女にけんと言われる資格は儂にはありません」

「そう。わたしはどうでもいいけど。忙しいとは言わないけど、要件がないなら帰って」

「これは申し訳ない」


 国で絶大な権力を持つガルローがへりくだる相手。その人物はこの図書館の館長であり、人族ではなかった。


 薄紫の長い髪、冷めた瞳をしている少女。

 彼女の美貌と耳の形がエルフであることを証明していた。


 彼女はガルローには一瞥いちべつもせずに本を読んでいた。


「ぜひ孫に会って頂けないだろうか?」

「? 好きにするといい。図書館ここは万人に開かれている。私はここから離れることはない」

「そうですか……分かりました。今度は孫を連れて行きます」


 ガルローが去ろうとした時に図書館に一人の学者が扉を蹴り破るほどの力で入って来た。


「館長! 大変です! 王宮で魔法陣魔法が活性化しました!」

「なに」


 館長は本を閉じた。


「今、王宮は大騒ぎです!」

「どういう状況だったか、落ち着いて報告して」

「は、はい。考古学専攻のエミサンが城の壁に書いた魔法陣に賢剛の勲章を着けた幼児が魔力を注いだことで魔法陣が活性化。持続的に水を出しています」

「幼児?」

「はい。三、四歳の子どもでしたが、魔力操作の精密性は宮廷魔導師長に引けを取らないレベルでした」

「……ガルロー。あなたの狙いはこれ?」


 ガルローは振り返った。


「これは儂も想定外だの」

「その子。すぐに呼び出せる?」

「その、帰っちゃったみたいです」

「何? これほどの功績を残して置きながら帰った?」

「ええ。どうやら自分の侍女が濡れたのを見て風邪をひかないようにと。と言っていました」


 エルフの少女は口を開けたまま固まった。


「400年は生きた貴女がそんな姿になるとは」

「なるほど。分かった。明日。絶対連れて来て。最大限もてなす」

「言われずとも連れてきますよ」


 ――――――


 翌日。僕は図書館に呼び出された。

 お爺ちゃんと一緒に図書館に向かった。


 王宮のすぐ隣にある屋敷みたいな木製の建物。周りが石造りなせいですごく目立つ外装に見える。


「エヌは図書館に行ったことある?」

「ないですよ。あそこは学者でも有望な人しか入れないんですよ。ほら、あそこに門番がいますよね。普通は通れないんです」

「へえー。じゃあ、図書館っていうよりかは国の蔵書室みたいなものなんだね」


 昨日のお姉さんと同じ服装の人たちが身分証を見せてから出入りをしている。図書館というものについてはあまり知らないけど、もっと万人に開かれている印象があった。


「噂程度に聞いたんですけど、ここの館長はエルフで建国に貢献した人らしいですよ。政治に関わられると厄介なので、こうやって図書館に隔離しているとかなんとか」

「ふーん。政治ってややこしいね」

「昨日の魔法陣には興味があったみたいですけど、政治には興味がないんですか?」


 今、僕は新しいモノ。未知なモノにかれている。魔法陣も初めて聞いて面白いと思ったし、剣だったり魔法だったりの一般的な興味もあるし、もっと知らない世界があるのならば関わってみたいとすら思う。

 でも、政治については父親との関係を考えるとあまり触れない方がいいと思う。


 お爺ちゃんがいる手前、嘘でも「興味がある」なんて言えない。


「今は興味がないかな。今は他のモノの方が興味あるよ」

「そうですか。でも、良かったです。私は家督争いの政争を見たことがあるんですけど、あれは人のすることじゃなかったですよ。みんなが毎日暗殺に怯えるなんてザラですから」

「そうなんだ」

「ベルク様が家督争いをする際はエヌが守りますから怯える必要は一切ないですよ」


 昨日、一緒に寝る時に聞いたのはエヌは「王宮の影」の元「暗殺者」であり、僕の侍女にならなかったら今も国に命令されるままに人を殺していたらしい。王宮所属の暗殺者ということで、その腕は「そこら辺の雇われよりも遥かに強いですよ」と言っていた。


 身のこなしから只者ただものではないことは分かっていたけど、国所属の暗殺者とは思わなかった。


 エヌが居れば、物理的な暗殺に怯える必要がなくなる。毒殺とかについては流石に分からないけど、そんな物に怯えずに生きていきたい。


「お爺ちゃん。緊張しているみたいだけど、そのエルフの館長ってそんなにすごい人なの?」

「儂が子供の頃から逆らってはいけない人という認識じゃったからのう。数々の修羅場を抜けた今でも、あの人の足元にも及ばんのう」

「そうなんだね。僕もかしこまった方がいいかな?」

「あの人が怖いと感じれば、敬語を使ってそれ以外なら気にしなくてもよい。あの人は礼儀なぞ気にしてはおらん」


 建国に関わっているほど生きている人なら、少し特殊な人なのかもしれない。お爺ちゃんもこう言っているし、父親に関わる時のようにガチガチで行くんじゃなくて、少し気を楽にして会ってみよう。


 図書館に入ると、無数の本が並んでいた。

 背表紙タイトルだけ見てみても絵本から政治の指南書のように幅広いジャンルの本があることが分かる。


「ベルク様? どうしましたか? 何か気になる本でもありましたか?」

「いや、知らない文字があったから気になって」

「ああ、あれは異界の言語ですね。大昔にいた勇者様が使っていた言語らしいですよ」


 大昔の勇者。少し興味が出て来た。


 一応、童話で存在とか業績については軽く知っているけど、あまり詳しい所は知らない。

 後で時間があったら読ませて貰えないか聞いてみよう。


 図書館を進んでいると、無造作に本が積まれた区画を見つけた。


「ようやく来た。はじめまして。小さいお客さん」


 若い女性の声と共に出て来たのは学者の服を来た耳の長いエルフのお姉さんだった。

 見た目だけ言えばエヌより年齢は少し上かなと思うぐらい。事前にお歳を召した人ってことを知らなかったら成人しているかどうかすら判断に迷ったかもしれない。


「はじめまして、エルフのお姉さん。僕はベルク・ザルゴルと申します。ザルゴル家の三男です」

「本当に三歳児? わたしはサミュラス・リッター。ここの王立図書館の館長」


 サミュラスさんは何も警戒することなく目の前まで近寄り、屈むことで僕に目線を合わせた。

 そして、しばらく無言で見つめた後、僕の頬を触った。


「本当に三歳児なんだね」


 見て触って僕の年齢を確認したんだ。

 すごい! どうやってやったんだろう?


「失礼。疑問は直接確かめたい主義」

「どうやって判断したの!? 触っただけで僕の年齢が分かったんだよね? 肌の感触とかで分かるにしても相当経験がないといけないし、図書館にずっといる人には難しいよね」


 興味があったので聞いてみた。


「人間の皮膚はいくら魔法で偽造しても、身体的特徴で小さくても年を重ねればしわができる。少し触ってみれば感覚に頼らなくてもある程度の年齢の確認はできる。詳しくは……」


 サミュラスさんは詰まれた本に体をうずめて何かを探し始めた。


「これ。『見て触って判断する 人間編』」

「ありがとうございます」

「同じ著者で『見て触って理解する 地盤編』もいい本」


 辞書ぐらい分厚い本を渡された。


 折角、読ませてもらえるみたいだし()、読んでみよう。


「ベルク様。読むのに時間が掛かりやすそうな本を貰いましたね。持って帰ったら読んでみましょうか」

「いや、もう読んだから借りなくても大丈夫だよ」


 面白い本だった。

 図が多用されていて著者がどれだけ自分の知見を相手に伝えたいかの情熱がすごい本だった。


 ただ、この本には根拠がほとんどない。

 どっちかというと伝承だったり迷信だったり、先人の経験といった部類だと思う。


「ありがとう。書いた人の取材だったり努力が伝わってくる本だったよ」

「……わたしが話したページは?」

「ここだよね」

「地震に関する記載は?」

「うーんと。こことここかな。このページも関連はしているかも」


 本をめくって、該当部分を見せるとみんなが口を開けた。


「あの一瞬で読んだ?」

「うん」


 読んだとっても理解まで出来た訳じゃない。記憶しただけで理解までにはもう少し時間が掛かると思う。でも、この本は分かりやすい範囲でしか書いていなかったから理解にもそんなに時間は掛からない。


「この子は本当に人間?」

「それは儂には分かりませんのう。ただ、この子は人間の男女から産まれたことだけは保証できます」

「こんな子は他の種族でも見たことがない。先天的に授かりすぎ……」


 人間じゃない。別にその言葉に傷ついたりはしない。でも、こうも異常を見るような目で見れられるのは……


 なんだか少しだけ嫌な気持ちになる。


 でも、僕にはエヌとフェトラがいる。だから、ちょっとだけ嫌な気持ちになるだけで済んでいる。


 帰ろうとした思った時に肩をがっちりと掴まれた。


「よし、わたしの弟子にしよう」

「弟子?」


 目の前のエルフの少女は僕を弟子にすると言った。



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