四八話 エルダーエルフ
六歳の誕生日では五歳の時みたいに家で何かをすることはなかった。
独立するというのもあるし、後継者のケサド兄さん以外が家で推され続けるのは良くない。
きっと、今のお父さんならお願いすれば誕生会を開いてくれたんだろうけど、僕もやりたくないと分かってくれていた。
魔法学会も近いし、この時期に余裕になるか分からなかったから招待状も何も書いていない。少し後悔があるとすれば知り合いぐらい呼んで小さな誕生会でもやりたかったな。
僕は図書館に行くことにした。サミュの修行に付き合って一週間が経つ。
かなり刺激的な方法で鍛えたから心理的に僕の姿を見るのは厳しいかもしれない。
「ベルク様以外。面会謝絶ですか」
「どうしたんだろう?」
サミュの部屋に僕以外の訪問を断ると張り紙がされていた。
「エヌは待機していて貰ってもいいかな?」
「はい」
僕以外を断るということはエヌもいない方がいいだろう。それにあの修行の事は誰にも話せない。
「サミュ。僕だけど」
「待って」
部屋から物音がする。何かを押しのけながらこっちに来ている。サミュは整理整頓ができていないから定期的に掃除しないと本が散らばる。だけど、大切な本が崩れるように雪崩れる音がするのはちょっと異常だ。
「ベルク。来てくれた」
酷くやつれた状態のサミュがいた。
「大丈夫?」
「うん。入って」
サミュは僕の手を引っ張って部屋に連れ込んだ。
「これは……」
部屋に本が散乱している。このぐらいならよくある事だった。
僕が驚いたのはその本たちが土足で踏まれていたり、破かれていたりしたからだ。
サミュが本を雑に扱うことは決してない。なのに、今は何も気にせず踏んでいる。精神に問題が起きていることは明らかだ。
「隣に座って」
僕は手を引かれるままに誘導され、ベッドに座らされた。
「大丈夫なの?」
聞いていいか分からなかったけど、聞かないと何も分からないから聞いた。
「うん。体は問題ない」
「その。そうじゃなくて、心の方は……」
「大丈夫。ただ――」
サミュは一枚の紙を渡して来た。
僕が天空龍を従えた時の記事だった。
キリエルとエルの合作はサミュの手にも届いていた。
これがどうしたんだろうか?
「危険な事。なんで、わたしに声を掛けなかった? 頼りない?」
天空龍を呼び出す方法はサミュから聞いた。だから、僕が意図的に天空龍と戦ったことはお見通しだろう。
「そんなことはないよ。あくまで実力を確認したかっただけで、他の人を巻き込めないから――」
「回答になってない」
サミュは僕の回答を否定した。
「わたしはベルクが死んだら死ぬ。もう、あなたの命はあなただけのものじゃない」
「うん……ごめん」
サミュはずっと僕が死んだら死ぬと言っていた。エルフという種族が長寿であるため、命の感覚が違う。そのことについては僕もある程度理解していた。
「分かってない。教育が必要」
サミュが僕の腕を掴んだ。
「何をするの?」
「手足を取る」
「それで満足できるなら」
手足ぐらいなら問題はない。
僕は本人に頼まれたとはいえ、サミュに手足を失うよりも痛みを伴うことをしたんだ。この程度は受け入れる覚悟はある。
手足を弱体化させた。今なら初心者が使う魔法でも僕の体は損傷するだろう。
「何も理解していない」
「どういうこと? サミュが教育してくれるんでしょ?」
「教育。そうだった」
サミュは空いている手を扉に向けた。
その意図はすぐに分かった。
「エヌを狙うなら流石に怒るよ」
「ごめんなさい。これで罰になる?」
今度はサミュは自らの両手足を切断する勢いの魔法を放った。
当然ながら、僕は防御魔法で自傷する魔法を消した。
「何やってるの!?」
僕はサミュをベッドに押し倒してから何も出来ないように上に乗った。
どっちが教育を受けなきゃいけないかは明白じゃないか。
「心配した?」
「当たり前じゃないか。なんでこんなことをしたの?」
「罰だから、痛いのは当たり前」
「そうじゃなくて……」
会話がかみ合わない。サミュの言いたいことが分からない時は、意図的に分かりにくくしているか、難しすぎることを説明しているかの二択だ。
「立場が逆転した。ベルクは優しい。だけど、わたしも同じ気持ち」
確かに、サミュが心配していたはずなのに今は僕が心配してしまっている。
すごい演技力だ。僕が動いていなかったら確実に手足がなくなっていた。信用されているのは分かるけどこの信用のされ方は怖いからやめて欲しい。
「――体を張るね」
「痛いのは好き。怒ったら殴って」
「もう騙されないよ。じゃあ、部屋を片付けようか……」
この本の散らばりも弱った振りの為のものだと思った。
だけど、僕はサミュの事を良く知っていた。仮に演技であってもサミュは本を踏んだりはしない。
そのことに気付いたころには空間魔法で体が固定されていた。
「好き。もう抑えられない」
サミュの髪が黒い光を纏っている。
「種族進化したんだね」
「絶望したら進化した。わたしは史上初のエルダーエルフ。そして、ベルクはエルダーヒューマン。隣にいる資格は誰よりもある」
「それは選民思想的な考え方だね」
拘束が外れない。魔法を壊すぐらい簡単なのにびくともしない。
本気を出せば外せると思うけど、確実に図書館の建物ごと倒壊する。なるべく話し合いで解決したい。
「理屈はどうでもいい。好き。結婚して子供を作ろう」
直線的な告白だった。
こんな状況だけど悪い気分じゃない。人から好かれていることに変わりはないし、サミュはずっと関わって来た。僕だって好意がない訳じゃない。
「いいよ。だけど、もう数年は待って欲しい」
「やだ。すぐしたい」
「なんでそんなに焦っているの? 事情があるなら教えてよ」
サミュは焦っている。
じゃないと、こんな子どもみたいな対応しない。サミュは僕にとって成熟した大人だ。感情で物事を判断しない。
「事情? 好きに事情があるの?」
「いや、そうじゃなくて、すぐにしたいって理由が知りたくて。僕はまだ体が成長してないよ」
「関係ない。わたしの体はそう言っている」
よく分からない。でも。僕の事が好きなことだけは分かる。
ただ、僕はまだ性的には未発達な点が多い。子供を作りたいというサミュの感情を受け入れにくい。
だけど、僕がエヌに向けた感情に似ている。そう思えば感情は理解できる。
「じゃあ――」
「ごめん。ダメな大人だった」
サミュが自分を殴った。それと同時に僕を拘束していた空間魔法がなくなった。
「お願い。殴って。体を抑えられない」
「……分かったよ」
サミュの気持ちはよく分からないけど、痛みによって抑制できるらしい。
「ごめん」
僕は地下室で定期的にサミュを痛めつけることになった。
「ありがとう」
サミュが最上位種に進化できたことを祝うことすらできず、深い傷を負わせてしまった。
僕は敵には強くなったけど仲間のどうにかなった時の対処法は知らない。
人生経験の不足が原因なのか。考えないといけないことはまだまだ多そうだ。




