四六話 芸術肌の二人
昼頃に僕たちはギルケアス帝国に転移していた。
転移先はエルの自室の隣の僕が転移するためだけに用意された部屋だ。
エルだけは僕が転移がしたことが分かる。建国記念日にあげた包帯にそういった能力がある。転移をしたらエルがこの部屋に来てくれる。だから、急な訪問でもこっそり会える。
僕はキリエスと皇女のエルを会わせることにした。
「もっときっちり縛って欲しいっす。多分、あの女の顔を見たら襲うと思うので」
「こんな風に拘束するのはサラサ以来だ」
キリエスの両手を縛って目隠しまでした。前手に縛っているから目隠しは自分の意思で外せる。
「ふー。こうやって拘束されているとあの時を思い出しちゃうっすね」
キリエスはエルに拷問されていたらしい。その時の記憶はどんなものか知らないけど、キリエスの体が震えている所からどれだけ辛かったかが分かる。
――コンコン。
エルが来てくれた。
「ベル。お久しぶりです」
目を包帯で隠した長く整った灰色の髪の少女が入って来た。
それと同時にキリエスが呼吸を乱してふーふーと深い呼吸を始めた。
「一か月ぶりぐらいかな。急にごめんね」
「いえいえ。ベルの訪問ならば何時でも嬉しいですよ。所で、その方は? なぜ縛られているのでしょうか?」
「この子はキリエス。僕の専属服飾士だよ」
エルは首を傾げた。
「あっ。もしかして、この子の絵を描いて欲しいのですか? 少し合わない内に髪色だけではなくて趣味も変わりましたね。勿論いいですよ。なるべく煽情的に描きますね」
「いや、そういう訳じゃないんだ。少し付き合って欲しいんだ。ここに座ってくれるかな?」
「ええ。分かりました」
エルには申し訳ないけど、何も言わずにキリエスの対面に座って貰った。
「は、初めまして」
先に話しかけたのはキリエスだった。汗を出しながらも声を吐き出していた。
「初めまして。私はベルの画家をしております。エルとお呼びください」
「お、おいらはキリエス。はあはあ。よろしくお願いします」
「可愛らしい一人称ですね。キリちゃんってお呼びしてもよろしいですか?」
エルは精神的な距離を詰めて来た。
僕の従者ということもあってかなり信用しているみたいだ。
「は、は。はい……」
明らかに緊張しているけど、皇女であるエルは立場的に緊張され慣れているから特に気にしてはいなかった。
「ありがとうございます。所で、半々で個性的な服装ですね。ベルの趣味ですか?」
「い、いえ。おいらの趣味です。半々が好きなんで……」
「いいですね。境目の表現が難しそうですが、面白そうです」
主導権はエルが握っている。やはり皇女ともなればこの手の会話回しは得意なんだろう。
「あっ。え、絵がお好きなんすね」
「はい。ベルが喜んでくれるので、好きなんです」
「そ、それはいいっすね」
「もし、よろしければキリちゃんの絵を描いてもいいですか?」
「や、や。あ。は。は」
キリエスの表情が固まって、喉から声が出なくなっていた。明らかに怯えている。絵を描かれることを明らかに嫌がっている。
「か、かわいい――ごめんなさい」
エルは見たことのないほど気の抜けた表情になっていた。怖がるキリエスに夢中になってしまったらしい。一言断わってから退出し、画材を取って来た。
待っている間もキリエスは呼吸を乱したかのような声しか出ていなかった。
エルは許可を取らないまま絵を描き始めた。
僕は暴力にならない限りは手を出さないと決めていた。だから、エルの絵が完成するまで黙っていた。
エルの筆は乗り始めたら早い。芸術があっという間に完成していく姿は何度見ても驚きと感動しかない。
「出来ました!」
一時間もしない内に絵が完成した。
縛られている状態のキリエスが描かれている。ただ、いつもは事実通りなのに絵のキリエスは大人っぽかった。
すごい絵なのは変わりないけど、いつもと趣旨が違う気がした。
「ちょっとエッチじゃないですか?」
同じ違和感を抱いたエヌが耳打ちしてきた。
「こういうのは煽情的って言うんだよ」
言葉を修正してから返してあげた。
でも、確かにあの絵は縛られている状況で少しエッチというか艶やかさを感じてしまう。
ただ、状況だけじゃない。絵のすべてがそれらしさを感じる。
「ぜひ、キリに見て欲しいです」
「わっ。あ。はい。お願いします」
キリエスは拘束されたまま目隠しを外した。
そして、キリエスは絵の情報量に圧倒されたのか、固まってしまった。
いや、絵だけじゃない。エルの姿を見ても固まっているんだ。
長い数分と沈黙が流れた。
そして、キリエスの目から涙が流れ始めた。
「なんなんっすか。これ」
僕は魔法でキリエスの拘束を解いた。
キリエスは立ち上がって、絵とエルの前まで近寄った。
「おいらってこんなに可愛いんっすか。メドニアもこんなに可愛くて……」
絵と絵師に感動している。
メドニア・エル・ギルケアス。それがエルの本名で、メドニアと呼ばれるのが嫌だと言ってエルと呼んで欲しいと言っていた。今、メドニアと言われても嫌な顔はしなかった。
優しいのか。今回が特別なのか。僕には分からなかった。
「この絵を描いた時、ベルが隕石を壊した時と同じぐらい興奮したんです。だから、きっとキリは私にとって特別なんです」
「無礼を承知でお願いするっす。抱きしめてもいいですか?」
「はい」
急展開過ぎて僕には理解は出来なかった。だけど、二人が抱き合った時に僕は『尊い』と思ってしまった。
この感情は初めてだ。なんだろう。いい。よく分からないけど感動してしまう。
キリエスが今朝、尊いって言っていたのはこういうことだったんだろう。
「おいらはキリエス。《扇動の悪魔》の契約者っす」
「私はメドニア・エル・ギルケアス。《強奪の悪魔》の契約者です」
二人は頭を合わせてお互いの秘密を明かした。
何かしらの共鳴というか、繋がりが見えた。
すると、二人が離れてエルが新しいキャンパスに絵を描き始めた。すごい勢いで筆を動かしている。
「ベルクの旦那。今日はありがとうございました」
「仲良くなれたようで良かったよ」
仲良くなれた理由は分からなかったけど、芸術が分かる者同士が何かしら共鳴したんだろう。
「今後は二人で旦那の活躍を広めます。《煽動》の権能は情報の取得と拡散に関係する能力をすべて持っています。だから、隠密と発見が得意です。更に、見たものを記事に出力する能力もあります」
キリエスは能力を明かした。僕みたいに悪魔の能力が知られることが前提みたいな能力じゃなくて、悪魔の権能が主な能力の人間が能力を明かすのは重たい意味がある。
「反面、戦闘力を犠牲にするのでゲッペルは序列最下位です。代わりに戦争を煽り、血を多く流させることには長けています。それほどの力がおいらにはあります。だから、おいらは煽ります――」
大きく息を吸った。
「世界がベルクの旦那を認めるように! もう、誰も旦那を無視できないぐらいに!」
その言葉に僕の心は大きく揺れ動いた。
「おいらに唯一足りなかったもの。それは写真の質っす。真実以上の写真が作れなかった。でも、今は違うっす。真実以上の絵が描ける人がいる」
「できました――」
エルの絵が完成した。
「タイトルは『風の支配者』です」
あれは、僕が天空龍の背で聖国を見下ろしていた時の絵だ。
天空龍の巨大さと醸し出す恐怖が伝わってくる。そして、それが僕によって支配されていることが分かってしまう。
こんなの絵とは言えない。それ以上の何かだ。
「お借りするっす」
キリエスは絵を見た。
そして、しばらくしてからいつの間にか手に紙の束が現れた。
「献本っす。どうぞ」
そこにはエルの絵が大きく載った記事があった。
実物の絵よりは劣るけど、絵の迫力は伝わってくる。
「ゲッペル。配って来てください」
「ケルベロスと手を組むのは嫌だが主人の命令なら仕方がねぇな」
紙を持ったゲッペルが飛んで行った。
渡された紙以上の量の記事が空から降り注がれた。
「これが煽動の能力なんだね」
「そうっす。ゲッペルは世界中に届けるのに一日も掛からないっす」
情報を全世界に伝える。
これが、どれほどとんでもない能力か。僕はすぐに分かった。
キリエスの力は世界の情報を一手に握ることができる。使い方によっては世界を支配するのも難しくない。
そんなただでさえヤバい能力にエルの絵という洗脳に近い力が加わった。
きっと夕方ごろには僕の姿を知らない人間はいなくなる。
「ははは。それで、二人は僕に何を求めているの?」
僕を世界の支配者に押し上げる意味が知りたい。
「幸せになって欲しいっす。それだけで、おいらたちは勝手に尊くなるんで」
「意味が分からないよ」
意味が分からなかったけど、悪意じゃなくて好意なのは分かる。だから余計に止められない。
「これから二人の《煽動者》をよろしくお願いします」
「嫌だなー。本当は目立ちたくなかったのに。だけど、ありがとう。僕は化け物でいい」
僕の事を知ってくれる人が増えれば、僕を支えてくれる人が来てくれるかもしれない。エヌの不安を埋めてあげる為にも早く見つけないとね。
しばらく週一投稿になります。




