四五話脱話 絶望の絵画と煽動者
残酷な描写があります。
「これが、噂の《煽動者》ですか」
地下の蝋燭明かりのみの部屋で椅子に手足を縛られた女性。半分の青と赤の髪をポニーテールでまとめた女性は拘束されながらもどこか余裕のある笑みをしていた。
少女の名前はキリエス。《先導の悪魔》と契約した人間だ。
「どーも。《絶望の絵師》メドニアさん」
「隠れていた所を私のケルベロスに能力を奪われて、何もできずに捕まってしまって。今はどんな気持ちですか?」
「気持ちっすか。最悪以外なにかあるんすか?」
メドニアはぼさぼさに伸びた灰色の髪を揺らしながら拷問器具を並べ始めた。目を包帯で隠していてもすべてが見えているかのように道具を並べる。
「私は盲目なんです。十年前に姉に潰されちゃって。ちなみに、最悪ってどんな感情なんですか? 生憎ですが、私、絶望しか分からないんですよ」
「いやー。痛々しい発言っすね。今度、記事にしてばらまきますよ」
余裕を見せるキリエスに対して、メドニアも表情を崩さなかった。
「希望があるのですか? もしかして《破壊者》ベルクが助けに来てくれると思っているんですか?」
「ははは。貴方もそんな冗談が言えたんすね。もうおいらはベルクの旦那を裏切っているんすよ。いくらあの独善者でも愛想を尽かしていますよ」
「それではなぜ、この状況でそんなに余裕そうなんですか?」
アイスピックを目の前に突きつけながらメドニアは聞いた。
「あなたの悪趣味な絵は見ましたよ。あれは芸術なんかじゃない。ただの冒涜だ」
メドニアは手に持ったアイスピックを無言でキリエスの耳を突いた。
「目は最後の楽しみなんですよ。簡単には潰してあげませんからね」
「怖い怖い。さて、おいらを絶望させることはできるっすかね」
「絶望は痛みだけじゃない。でも、まずは痛みがないといけないといけないの。指先からゆっくり削ってあげる」
拷問が始まった。
――――――
「どれだけ我慢強くても体は反応してくれるから、退屈はしてないのよ」
三日の間。死なない程度に休憩しながらも拷問は続いていた。
既にキリエスの体は人間のそれではなかった。
ただ、ここまでの状態になりながらもキリエスの表情には余裕があり、悲鳴の一つも上げていなかった。
「目を潰されてから数年経った時にね。姉を小さい牢屋に入れて放置してみたの。ちゃんと死なない程度に食料はあげたんだけど、徐々に生きる気力がなくなっちゃったらしくてね。糞尿をまき散らしながら死のうとしていたの。だから、ちょっとイジメてあげた。そうしたらね、急に元気に暴れ出してね。可愛かったなぁ。だから、私の気分でイジメてみたの。最終的にね、扉が開くだけで体を震わせながら壁際で怯えるようになっちゃったの。これが絶望だって知ってからは、これにしか興奮できなくなった」
メドニアは一枚の絵画を持ってきた。
「見てみて、これがその時の姉の表情」
見るだけで気が狂いそうなほどおぞましい絵がそこにはあった。
拷問に耐えていたキリエスですら、表情をこわばらせるほどの絵だった。
「まだまだいろんな思い出と絵があるからね。貴方が絶望するまでいっぱい見せてあげるよ」
その後、数時間ごとにメドニアが対象に何をしたか。そして、その時のおぞましい絵が公開された。
「じゃあ、私も疲れたから寝るね。楽しんでね」
何十枚の絵を強制的に視界に収めた状態で放置された。
――――――
一晩が明けた。
「ははは! 体が震えちゃってますよ。怖いですか? これからされることを想像しちゃいました?」
メドニアはキリエスの様子を見て声を出して笑った。
「このカタカタした音を聞く為に数本、歯は残しておいたんです。舌も残してあるので。喋りたいことがあるのならどうぞ」
キリエスは恐怖していた。これまでの余裕は消え去り、恐怖で体が震えてしまう。
あの絵画たちは痛みでは揺るがなかったキリエスの心を壊してしまった。
「こ、殺し――」
「はーい。絶望したら殺してあげますよー。まだ、入り口ですから」
キリエスの口にこれまでの拷問で切り取ったキリエスの肉を詰めた。
どうしようもない嫌悪感がキリエスを襲った。
「初めて心からの涙を流しましたね。まだ残っている僅かな希望を砕いて――」
――ドゴン!
恍惚するメドニアだったが、地下室の鉄扉を壊された音で元に戻った。
無理やり部屋に入って来た男は人間にしては長身ながらも、それを超える巨大な剣を持っていた。
「今、いい所なんですが。《破壊者》がなんの用ですか」
「キリエスを返せ」
「この女をですか? ベルク。貴方は裏切られたんですよ。彼女の扇動のお陰で貴方は今、世界の嫌われ者なんですよ?」
「そんなことはどうでもいい。あいつは俺の為にすべてを捨てさせてくれたんだ。もうこの社会に未練はない」
ベルクと言われた男は巨大な剣を突き付けた。
「いくら悪魔の力が強大でも私の前では無意味ですよ。ケルベロス! あの力を奪いなさい」
ケルベロスの牙がベルクに噛みついた。
「さて、謎に包まれていた《破壊者》の能力は……なんですか。これは」
「契約をする能力だ」
「け、契約!? こんな雑魚能力で世界を蹂躙してきたって言うんですか!?」
「雑魚じゃない。俺にとっては大切な能力だ。返せ!」
ベルクの刃がメドニアの首を刎ね飛ばした。
「《再起の悪魔》の能力を奪っておいて正解でした。ここからは。五十の権能との勝負に――」
「死ね!」
メドニアの体は再生を続けるが、一切の反撃の余地がなかった。
「こ、これが絶望。美しい」
再生を諦めた。
「コメットの能力さえあれば、もっと楽しめたのに。ざんね――」
巨大な剣がメドニアの体を潰した。
「キリエス大丈夫か!」
「お……遅いっすよ」
「すぐに手当てしてやるからな」
「へたくそなくせに……もうムダですよ」
「待ってろ。すぐ助けて――」
「こ、ころして下さい。最期はだんなのてで……」
キリエスはベルクの剣に手を触れた。
「おい。やめてくれ。もう失いたくないんだ。みんな。俺の手を離れて――」
キリエスは最後の望みすら叶えて貰えず死んでしまった。
「クソがぁぁぁぁ!!」
その日、大陸を支配した帝国を象徴する帝都が壊滅した。




