四五話 絵画と絶望
朝、目覚めるとエヌが隣で寝ていた。
やっぱりエヌは可愛い。髪を優しく触る。
「おはよう」
「おはようございます」
バレないように触ったつもりだったけどエヌは気づいて起きてしまった。
「ベルク様はエヌの事が好き過ぎますね。エヌもベルク様の事が好きですが」
エヌはそう言いながら、僕を抱きしめてくれた。
どれだけ強くなってもこの拘束から逃れる術をしらない。僕はなすがままに撫でられた。
「ああ、尊い尊い。善人が報われる時が一番気持ちがいい」
キリエスがベッドの隣で息を荒げていた。
「いつからそこに?」
「ああ。これは失礼しました。おいらのことは気にせずに。そのまま愛を育んでください!」
僕やエヌでも感知できない能力をキリエスは持っている。
何が目的かは分からないけど、敵意はなさそうだから放置しよう。
「流石に見られた状態じゃ甘えられないよ。さて、キリエス」
「な、なんっすか?」
「君は昨日、勝手に抜け出したみたいだね。今回は許すけど、いなくなる時は僕に言うこと」
「はい。申し訳なかったっす」
どこに行っていたかまでは聞く気はない。だけど、どうしても気になることがあった。
「その服はどうしたんだい? 片方は専属侍女の服で、もう片方は一般給仕の服。それになんかスカートの丈が短い気がするんだけど」
キリエスの服は二つの服を左右で真っ二つにしたものを縫い合わせたものになっていた。縫い目が細かすぎて見えない。
「これは、貰った服を継ぎ合わせただけっすよ。こう、左右で違うのがおいらなりの個性っすね。髪も染料が見つかったら染めますし、できれば旦那みたいにオッドアイになりたいっすね。あっ。スカートは上品過ぎて窮屈だったんで」
「そうなんだ。僕だから許すけど、今後は何か言ってね。お金ぐらいは渡すから」
昨日雇ったばかりなのに自由過ぎる。
年齢はほとんど変わらないはずなのにこんな堂々と滅茶滅茶やる人は初めて見た。
ただ、このぐらい自由な人が隣にいた方が面白い。
「それで、その服の縫い目は自分でやったの?」
「まあ、そうっすね。誰もやってくれないので」
「すごい技術だね。じゃあ、丁度いいや。僕の専属侍女はエヌだけでいいから、キリエスは専属服飾士になって貰おう」
「えっ。おいらが服飾士っすか? 駄目っすよ。センス絶望的って言われているんすよ」
どこか余裕があったキリエスの表情に余裕がなくなり、焦っていた。
「僕が決めたから決定ね。契約があるから逆らわないでね」
「うぅ。こんな契約の使い方をされるとは想定外っすね。でも、いいっすよ。おいらは仕事は真面目にこなすので」
いい才能を見つけた。
僕は芸術に関係することに絶望的に才能がない。
絵も描けないし、簡単な刺繍すらできない。魔法陣の図形なら完璧に書けるのに、芸術、もといセンスが必要になることになると何もできなくなる。
創作力がない反面、僕は芸術が好きだ。
ギルケアスの第二皇女であるエルに絵を描いて貰って以降、僕は絵以外の芸術に興味を持った。
あの日、以降エルから何枚も絵を貰っていた。どれも僕の琴線に触れるような作品たちだった。ただ、エルは手紙でこう書いていた。
『――公開はなさらずにベルク様の大切な人たちだけで見て頂きたいです』
こんな素晴らしい芸術を外に出さないのは世界の損失だと思ったけど、作者がそう願う以上はそれに従うしかない。
僕は作品たちを厳重に保管している。
芸術を思い出したら、またあの絵が見たくなった。
「朝まで時間があるし、エルの絵を見に行こう」
「エル? さんですか。どちら様でしょうか?」
「僕の友達だよ。まあ、身分とかは言わないでおこうかな。純粋に絵を見て欲しいし」
「旦那がそう言うってことはかなり身分の尊い方なんっすね」
ある程度察しがつかれてしまったけど、敵国の皇女様だとは分かってないみたいだ。
「じゃあ、行こうか」
二人の手を掴んで、転移で修行で使った屋敷に移動した。
「警備が凄いですね」
「僕から離れないでね」
絵画があるのは二部屋の壁を壊して改造した画廊だ。
二階の角部屋でなんの変哲もない通路だけど、ここには数々のトラップが仕掛けてある。
特に百倍以上に重たくする重力魔法と物理的に進めなくする空間魔法など、まだ発表すらしていない特殊属性の魔法陣によって作ったトラップが常時発動している。
僕の魔力で守らないとこの罠は容赦なく襲い掛かって来る。仮にキリエスの様に隠密行動に優れていても見えない業火の中に飛び込むようなものだ。僕ができる本気の警備システムだ。
週に一回は罠の魔力補給をしないといけないけど、エルの絵を管理するにはそれぐらいは苦ではない。
「じゃあ、キリエスは目を閉じてね。一枚一枚見せてあげるから」
「了解っす。楽しみだなー。ベルクの旦那がここまでする絵はどんなんなんっすかね」
キリエスの手を引いて、一枚目の所にやって来た。
絵の枚数は合計十三枚。どれから見せるか迷ったけど、未来を知っているキリエスに見せたいのは今の僕にとって大切な人たちが多い絵だった。
「じゃあ、目を開けて」
「はい――」
僕が見せたのは『ちゅうしん』。僕の周りを臨時で侍女をやってくれた黒狼族のメツとドワーフのツクリ。そして、図書館長のサミュと護衛のサラサ。当然ながらエヌもいる。
みんなの美しさと可愛さが凝縮したような絵だ。
エルの絵を見た人たちの反応はほとんど決まっている。
キリエスは硬直してしまった。
一枚の絵に込められた圧倒的な情報を処理するまで時間が掛かる。それがこの硬直に繋がる。進化をして脳が強化された僕でも初見の絵は集中して見てしまうだろう。
「すぅ」
しばらくしてから、キリエスは大きく息を吸った。
きっと感嘆したんだろう。僕はそう予測していた。
この絵の素晴らしさを理解してくれた。どんな感想を聞かせてくれるんだろう。僕は期待をしながらキリエスの動きに注目していた。
しかし、僕の予想は裏切られた。
「メドニアぁぁぁー!!」
それは絶叫に近い怒号だった。
叫んだキリエスは怒りのまま絵を殴り始めた。当然ながら、絵画には空間魔法による防御がある。誰であっても壊せない。
キリエスは自らの拳を犠牲にしながらも絵を壊そうと腕を振るっていた。
「どうしたの?」
「それは俺が説明しよう。俺はゲッペル。主人キリエスの助手だ」
キリエスの隣に喋るカラスが現れた。
これが、キリエスの悪魔《扇動》のゲッペル。
「念のため聞くが、あの絵を描いたのは《強奪の悪魔》ケルベロスの契約者。《絶望絵師》メドニア・エル・ギルケアスだろうか」
「そうだよ」
エルの二つ名は知らないけど、ケルベロスの契約者はエルしかいない。
「主人はあの小娘に殺された。それも拷問の末……な。だから、あの女への憎悪だけは忘れていない。俺もあのクソ犬に目の前で主人が弱っていく姿を見せられた時は絶対に殺すって誓った」
僕の知らない未来の世界。
僕は大切な人を失ったと口頭で教えて貰ったぐらいで、今出会ってない人たちの事は何も知らない。
「……エヌ。彼女の行動は見なかったことにしてあげて」
「分かりました」
エヌは何も聞かずに目を閉じてくれた。
僕もキリエスの自傷行為に目を瞑って落ち着くまで待つことにした。
あの燃えるような感情は収まるまで制御できない。
壊れた手は僕が治してやれる。ただ、心まで治す魔法は使いたくない。
キリエスは数十分は自分を傷つけながら絵を攻撃していた。
「はぁはぁ」
幼い体は感情と裏腹に疲れている。
燃える感情は抑圧されてしまう。
一時的な感情で動いていたキリエスは荒い息と共に落ち着いて来た。
「落ち着いた?」
「……はい。ご迷惑をおかけしました」
「いいよ。ゲッペルから聞いたよ。エル。いや、今でもメドニアの事が憎いんだね」
「そうっすね。理屈じゃ分かっているんすよ。今のあの女とおいらを殺したあの女は別人。でも、どうしても苦しくて」
「いいんだよ。だって、きっと僕のせいだから」
未来の僕は善人であろうと、自分の大切なものを失い続けた。
キリエスの態度からして、僕にとってキリエスも大切な人だったんだろう。未来の僕は誰も守れず、守られなかった人は悲惨な死を迎えた。
「エルに会いに行こう」
「えっ。ゲッペルの話を本当に聞いていましたか?」
「うん。だから、今のエルを見て欲しい。きっと、未来の人物とは完全に別人だって分かるから」
未来の僕は知らないけど、今はエルは僕にとって大切な人だ。
だから、キリエスの感情が今のエルに向くのは嫌だった。未来のエルはいくら恨んでもいいけど、今のエルは違う。
「旦那は変わらないなぁ。独りよがりでいいと思ったことをしちゃう。その優しさがおいらを含む悪いゴミ共を集めてしまったんすよ。ただ、おいらはその独善に惚れてんすよ」
独善という図星を突かれて少し恥ずかしかった。
「会ってやろうじゃないっすか。そのエルちゃんって奴に」




