四四話 選択の誤り
僕は頑張った。
死の淵から生き返る修行は本当に死ぬと思わないと意味がない。
僕は自分を殺す気でやったことがあるから分かる。当たり前だけど、あれは生半可な覚悟で出来る修行じゃない。
サミュは僕がサミュを殺さないと信用している。多分、ナイフで心臓付近を貫いても殺されるなんて思っていないはずだ。
僕はその信用を超える痛みと死をサミュに与える必要があった。
引き受けた以上は手加減はしない。そんなことをすれば辛いだけで修行にならず、サミュを傷つけるだけになる。
魔力を吸収しなくなったら、手足の肉を摘まみ剥ぐ。できる限りゆっくり、神経を潰し痛みを感じられるように。確実に死を意識するように。
僕より大きいけど、サミュの肌はとても柔らかい。できれば優しく触りたい。でも、今はそんなことは望まれていない。
痛みから逃げるには魔力を吸収するしかない。限界の器に魔力を入れる間だけは暴力がなくなる。吸収ができなくなればまた再開する。
魔力を貯めこむ器が悲鳴を上げると体に激痛が走り、それから逃げると外部からの痛みが襲ってくる。
これは修行とは言えない。ただの拷問だ。
残酷な事に僕の魔力生成も成長してしまい、それはサミュの器の成長よりも早い。どれだけ気力で頑張っても痛みは終わらない。
サミュは途中からほぼ無意識の中、抵抗するように暴れ始めた。
魔法を使おうとしたら僕がすぐに魔力で魔法の発生を潰す。
肉体的な抵抗もしたが、元々非力なエルフな上、手負いである人間を制圧するのは僕にとっては赤子の手を捻るよりも簡単だった。
僕はきっちり六時間。サミュを殺し続けた。
気絶が出来ないように魔法で制御していたし、サミュにとってもこの六時間は長かっただろう。
サミュの体はとても見れたものじゃない。死んでいないのが変だと思うぐらいの致命傷だ。
骨は見えるし、見える範囲のほとんどの骨は折れるか粉砕していた。
「お疲れ様。しばらくお休み《スリープ》」
痛みから逃げられるように眠らせてあげた。目も瞼もないけど、寝てくれたみたいだ。
寝ている間にサミュの体に回復魔法を掛けていく。
この損傷は骨や内臓を神経レベルで丁寧に治さないといけない。
体の隅々を治していく。砕けた骨が治ったら次は肉と皮膚を治す。
死体みたいな体が徐々に美少女に戻っていく。
寝ているサミュは神秘的だ。
もし、この状態で外に出したらどれだけの人が目を奪われるか。人ではなく芸術となっても不思議じゃない。
特にサミュの髪はすごくいい。触りたい――
僕は触りたい気持ちを抑えた。まだやらないといけないことがある。
「土魔法《ゴーレム作成》」
ゴーレムが僕を飲み込むように作られた。
このゴーレムは小さい手を作り、僕の肉を引きちぎった。
これが僕の罪だ。
僕は自己満足でサミュが受けた痛みを自分に施した。
時間の制約により十分立たずでゴーレムによる自傷が終わった。
肉体の損傷だけでもサミュと同じような感じになった。
立つことすらできずに床に倒れた。
耐えられるけど、やっぱり痛い。
僕の肉体は簡単に治るからいいけど、これをサミュにやったのはやりすぎだったかもしれない。
――ボキッボキッ
魔法を使ってもいないのに体が再生していく。
壊れた内臓も潰れた骨もみるみる回復していく。
再生に掛かった時間は一分ほど。あの穴を落下した時の時間とあまり変わりがない。
「戻ろうか」
きっと、しばらくの間。サミュは僕の顔を見るだけで怯えて言葉すら出なくなるはずだ。目を覚ます前に、図書館のベッドに運んであげよう。
転移で移動して、サミュをベッドに寝かせた。
帰ろうとしたら、サミュが僕の服を掴んだ。
「また一週間後。待ってる」
「……うん」
魔法耐性が高いせいで《スリープ》が予想よりも早く解けてしまった。
だけど、疲労感からかサミュは寝てくれた。
罪悪感が残っている。
――――――
憂鬱さが残ったまま僕は家に帰った。もう日が沈んでいる。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。お疲れですか?」
「うん。ちょっとね。所で、キリエスは?」
今日拾ったばかりなのにどうしたのだろうか?
「あの子はどこかに行ってしまいました」
「そうなんだ。まあいいや。今日は疲れたから早く寝よう」
「準備いたしますね」
キリエスは未来から来ているらしいし、悪魔の力があればどうにでもなるだろう。
こっちの契約で縛ってもいるし、下手な行為はできない。
「あの子はエヌの代わりですか?」
エヌは寝間着などを用意しながら僕に問いかけてきた。
「代わりじゃないよ。あの子はちょっと事情があって僕が預かっているだけだから。危険だから近くに置いておきたい的な感じだよ」
キリエスは友好的だが、その記憶は警戒しなければならない。いくら他人へ話すことを禁止していても、抜け道はあるだろう。
直接監視した方が都合がいいから専属侍女にした。
「危険……ですか。確かにエヌよりも索敵と隠密行動に適しているので危険でしょうね」
「そうなんだ。悪魔の力なのかな。まあ、僕には逆らえない契約だから怪しかった教えてね」
「逆らわないように契約なさっているんですか?」
エヌが服を持って目の前までやって来た。
「うん。そうだよ」
「……そう。ですか」
僕は聞かれたことを答えたつもりだったけど、エヌの返事はなんだか歯切れが悪かった。
「お着換えをしましょうか。腕を上げてください」
「今後は自分で着替えるよ」
「えっ」
「いつまでもエヌに甘えたままじゃいけないからね」
僕は服を脱ぎ、魔法で体を清潔にした後にエヌが持ってきてくれた服を着た。
「ベルク様も大人になってしまったんですね。エヌは悲しいですよー」
「こんなんじゃ大人じゃないよ」
貴族は服を着せてもらうことが多い。これは自分で着ることを想定していない服を着る為の練習でもあり、特に幼少期に慣れておく必要がある。
僕はエヌと触れ合えるからずっとやって貰っていたけど、今日からは甘えるのを止める事にした。
「では、エヌも着替えますね。ベルク様は先にお休みください」
「うん。ありがとうね」
僕は先にベッドに入った。
今日は流石に疲れた。肉体的には余裕はあるけど、精神的にはかなり疲れが出てしまっている。
振り返ってみると、エヌに振られたことから始まり、天空龍と戦って、聖国の転覆を手伝って、聖女の選定への介入、そして未来を知るキリエスとの出会い。その上、図書館での出来事。
こんなに色々あると進化して強くなった肉体でも、精神は疲れてしまう。
「エヌ。これはどういうことかな?」
エヌが横になっている僕の上に跨った。戦闘なら厄介なマウントポジションだ。
「ベルク様って、私の事が好きですよね」
「うん。大好きだよ」
「では、抵抗しないで下さい」
エヌも横になって体が密着した。
可愛い顔が近くにまで迫って来る。
「なんで、抵抗しちゃうんですか?」
僕は魔法でエヌの体を固定し、止めた。
「だって、エヌが正気だと思えなかったから」
「正気。ですか。ええ。そうですよ。ベルク様に捨てられるぐらいなら正気の一つ失えますよ」
なんで、エヌがこうなってしまったのか。話し合おう。
「僕は何があってもエヌを捨てたりはしないよ。だから、いつもみたいに寝ようよ」
「分からずやですね。昨日、エヌが結婚を断ったから冷たくなったんですよね。今までどこに行くにも一緒だったのに。もっと甘えてくるのに。エヌだけが専属侍女だったのに。もう、エヌは要らない子なんですよね!」
今日はエヌと離れて行動した。それは、ちゃんと理由があった。だけど、僕はその理由をエヌに伝えていなかった。
きっと理解してくれるだろう。間違った信用がエヌを寂しがらせた。
多分、今更言葉で弁明してもエヌの不安には意味はない。
「僕さ。エヌの事が好きなんだけど、外見で一番好きなのってどこかなって気になって少し考えたんだよ。そしたらね。僕はエヌの髪が好きだった気付いたよ」
エヌの髪を触る。綺麗な金色の髪は抵抗感を一切感じない。少しふわふわな感触が指に伝ってくる。
「こういうのって性癖って言うのかな? どうやら僕は髪が好きみたいだ。こうなってしまったのはエヌのせいだ」
女性を見る時、僕は髪の色や長さが目に入ってしまう。
それはきっと幼い頃からエヌの髪が何よりも綺麗と思ってしまったからだ。
「だからね。エヌは責任を取らないといけないんだよ。もし、僕から逃げたりしたらその髪は根本から僕が貰うね」
エヌにこんな気持ちの悪いことを言いたくはなかった。
でも、サミュをボロボロにした時に比べれば、このぐらいの告白は問題ないと思ってしまう。
「はは。ベルク様をこんな変態さんに育てちゃった責任はエヌにあるってことですか?」
「うん」
「じゃあ、責任は取らないといけないですねー。ごめんなさい。すぐ退きますね。ベルク様。魔法を解除してください。えっ!?」
エヌは分かってくれたみたいだ。
だけど、それはそれとして、ここまで来た以上は後戻りをさせる気はない。
「僕がもっと成長してかっこいい大人になったら、先をしよう」
エヌにキスをした。
今の僕は六歳前後で、男というより幼児に近い。人より成長は早いけど、八、九歳ぐらいがせいぜいだろう。
サミュとサラサが言っていたけど女性は若くて美しい時に愛して欲しいと言っていた。逆に男も一番かっこいいときに愛したい。少なくとも僕はそう考えている。
「は、はい――」
エヌが赤面して照れてくれた。
余裕がなさそうなのは変わりないけど、僕はこっちの表情の方が好きだ。




