四三話 身の振り方
僕は図書館に来ていた。
「その白い髪はどうしたの?」
「これ? また種族進化しちゃってさ。もう隠すのも面倒だからこれで過ごそうと思うよ」
「上位の次は最上位? ドワーフ以外にエルダーまで進化できる種族がいるとは予想外。でも、ベルクならありえる」
僕は種族進化したことを隠すのが面倒になった。
もう、化け物扱いを受けることにそれと言った抵抗はなくなった。それ以上にエヌが言っていた僕を支えてくれる人を見つけるには素を見せ続けるしかない。
「わたしも目指そうかな。エルフの進化条件はなんだろう」
「あんまり無理しないでね」
「それで、エルダーヒューマンはどんな能力があるの?」
種族進化は種族によって難易度が大きく異なる。
一応、すべての種族にハイまでの種族進化が発生した記録が残っている。
人族では異世界から召喚された勇者と魔王と呼ばれた男がハイヒューマンになった描写がある。
エルフだと、二千年前ぐらいにハイエルフの男がいたと伝承がある。エルフの寿命は長いから二世代前ぐらいの存在だ。今のエルフたちはすべてそのハイエルフの子孫と言われるぐらい、本当の意味でのエルフの父である。
獣人は勇者の時代の魔王の側近の獣王が種族進化していたという考察がある。
そして、ドワーフは種族進化がしやすい種族で、異種族解放同盟のドワーフたちは子どもたちを除いて全員ハイドワーフだ。更にエルダードワーフも世界に一人、二人は常にいる状態であるほどだ。
つまり、種族によって進化の条件は大きく異なっているのだ。ただ、条件が厳しい方が種族進化した時に得られるものは大きくなる。
ハイドワーフは土の支配が可能になるだけだ。元々、魔法適正がないドワーフにとっては役に立つ能力ではるけど、魔法を使った方が疲労が少なく感知できないぐらいしか利点がない。
エルダーになってようやく戦闘で使える規模の操作が可能になる。だけど、それでも宮廷魔法師の範疇だ。
「僕はエルダーになったら、魔力を生み出せるようになったよ」
通常、魔力は空気中にあるものを使う。そしてその魔力がどこから来ているかの起源は明らかになっていない。
「どのぐらいの量が出せる?」
「うーん。毎秒極大魔法が打てるぐらい? まだ全力で出したことはないし、成長すると思う」
「とんでもない能力。……味見してもいい?」
味見というのは僕が出す魔力を使ってみてもいいかという意味だろう。
別に問題はない。それにハイエルフの能力とこの能力の相性はかなりいい。この機会に少し試してみよう。
サミュが種族進化をして髪の色が光り輝く金色になった。ハイエルフの能力は魔力の強制吸引。相手が魔法使いならば一撃で無力化する特殊な能力だ。
僕の周りにあった魔力がサミュに吸われた。
「じゃあ、魔力を出すよ」
「ん」
僕の魔力は心臓あたりから噴出している。本来なら僕の周りに集まる魔力だけど、すべてサミュに吸われる。
自分が吸われているみたいで面白い感覚だ。
「もっと出せるけど、どうする?」
「心地いい。限界まで食べてみたい」
「分かったよ。あまり無茶はしないでよ」
魔力の出力を上げる。
面白い事に何かを失っている側の僕も悪い気分じゃない。むしろ、要らないものを捨てられて体が軽くなっている気がする。
今出しているのは、毎秒で極大魔法三つ分だ。
どれほどすごい量かというと、この魔力があれば、ギルケアスの帝都を壊滅させかけた隕石が撃てる。つまり、毎秒隕石を打てる。
「もう限界」
僕の魔力生成があと半分ぐらいになった所でサミュが魔力の吸引を止めた。
合計量で言えば、どんな下手な魔法使いでも大国を焦土に変えることができるほどの量だ。
普通に生活していたら、この魔力量を集めるのに三千年ぐらい掛かると思う。
僕の体の何を消費していたかは分からないけど、徐々に回復している。これは一日もしない内に全快するだろう。
「器の強度が足りない。もっと食べたかった」
「……サミュも修行してみる?」
「修行? ふふ。久しぶりの響き」
サミュがこんな風に笑ったのは初めて見る。
機嫌がよさそうな時はあるけど、笑い声は聞いたことがなかった。
「修行なら厳しくやる。ついてきて」
サミュは図書館に隠された地下室に案内してくれた。
僕はここに来たことがある。ここは確か禁書庫で裏の魔法使いたちが人体実験などの非人道的な実験をしたデータや研究結果が残っている。
何冊か読んだことがあるけど、知識欲で済ましてはいけないおぞましく吐き気がする実験の数々が記録されていたことを覚えている。
「禁書庫で修行するの?」
「ううん。ここは通路。この下でやる」
サミュが蓋を開けると地下深くまで直線で繋がった通路。というか落とし穴があった。
「これ。どこまで深いの?」
「直接確かめるのが一番。着地はお願い」
サミュは僕の手を引っ張って穴に落ちた。
「それで、これどこまであるの?」
「いっぱい掘った」
「回答にならないなぁ」
着地の準備すらしていないサミュを空中で抱きかかえた。体格差があるから不格好だけど、仕方がない。
一分しないぐらいで地面が見えた。
「重力魔法《重力ネット》」
段階的に着地できるように逆の重力を層にして展開した。地面に着く頃には落ちる速度はほとんどゼロになっていた。
「楽しかった」
「それは良かったけど、かなり深く潜ったね。ここは何なの?」
「元は対コメット用に掘った場所。ここなら隕石は振ってこない」
星の悪魔コメット。あの悪魔が出す隕石は落下するまで破壊不可能のバリアが張られており、エルによってバリアが壊されてなかったら、僕であっても破壊は不可能だ。
五百年周期でやって来る悪魔の戦争でもコメットの隕石は多くの人たちを殺したらしい。
サミュはその時代を知っているから、こんな対策をしていたのだろう。
「元はってことは、今は別の用途があるってことだよね」
「うん。ハイエルフの能力を研究するのに使っている。全力を出すと迷惑だから」
ハイエルフの能力は範囲を絞らないと王都を飲み込むほどの魔力を吸引する。そのせいで、進化したときは王都で魔法が使えなくなって町がパニックになった。
その日以降、サミュは範囲を限って能力を使っていた。
「こんな場所で能力を鍛えていたんだ」
当然ながらこんな地下にある部屋は真っ暗で、ベッドと本棚しかない。トイレとか食料はなくてベッドと本棚? それだけでも異様な部屋だ。
広さは僕の部屋と同じぐらい。運動はしにくいけど生活するには広すぎるぐらいだ。
「それで、こんな所に僕を連れてきてどういう修行をするの?」
別にこんな地下じゃなくても、修行は出来る。だけど、サミュは賢いから何か考えがあるんだろう。
「わたしはベッドに横になる。そして、抵抗できないようにベルクが上に乗る。それで魔力を吸収する」
「なんでベッドでやるの? 別にさっきみたいに――」
「魔力を吸収しなくなったらわたしを殴って。首を絞めて。骨を折って。無理やり魔力を吸収させて」
「えっ? 何言っているの?」
僕がサミュを殴る? なんで、そんなことをしないといけないの?
「生命の危機がある方が人は成長する。わたしもエルダーになりたいから。お願い。ベルクにしか頼めない」
確かに生命の危機。というか修羅場を通った方が、人間は成長する。
僕も半年の自主練でやったことのほとんどは自殺に等しい行為だった。その効果がどれほどかは僕が一番よく知っている。
合理的に考えればサミュが早く強くなりたいのなら、この方法はいいかもしれない。だけど、僕は大切な人を守る為に強くなったのにその手で大切な人を殴ることはしたくない。
「……出来ないよ」
「今日、自分の兄にやったみたいにやってくれればいい」
どこで聞いたか分からないけど、僕は兄の手足を砕いた。だけど、それは兄が僕の大事なものを狙ったからであって、その大切な人の一人にやりたくはない。
「サミュは大事な人だから、この手で傷つけたくない」
「大事な人って言って貰えて嬉しい。だけど、目先の痛みより今の状況が一番辛い」
「今の状況?」
「ベルクは強い。さらに賢い。きっと、わたしは追い付けない。でも、最低でも同じ進化はしたい。じゃないと十年後、二十年後、後悔する」
暗いけど僕にはサミュの決意を固めた目が見える。この目をしたサミュに何を言っても無駄だ。それに、サミュは僕の為に種族進化を目指している。
「でも、ベルクがやりたくないなら仕方がない。自傷する」
「――やるよ」
サミュの肩に手を置いた。
これは最後の警告だ。
僕は殺す気で威圧領域を展開した。魔力と間。そして先読みのすべての力を使った本気の威圧。
この領域に入れば、無数の目に観察されながらあらゆる殺され方を想像させる。
領域は植物は勿論、その大地まで恐怖させ不毛の土地を作り出す。対人では封印していた技だ。
「あ、ありがとう」
サミュは足を震わせながら歩いてベッドに横になった。
本音を言えばやりたくない。
「六時間は何があっても修行させて」
サミュってとっても可愛いんだ。長い紫髪と感情を示さないが綺麗な目。体型はエヌに似て細いけど、大きめな学者服がその体を隠していてなんだかふわふわしている。顔はエルフの特有の美しさがあるけど、身長や体格は可愛い。
今から、この顔と体を壊すと考えると嫌なはずなんだけど、なんだか言葉にならないな。ちょっとドキドキするのは不謹慎だよね。
「じゃあ行くよ」
僕は魔力の生成を始めた。
それと同時にサミュはハイエルフになる。紫だった髪が金色。いや、発色した金色になった。この金は黄金よりも神々しく発光していた。




