四一話 扇動
「へへ。ここでは初めましてと言いましょうか。ベルクの旦那」
聖女を推薦した少女は僕の事を知っていた。
「君は何者なんだい?」
「あれ。旦那はおいらの事を知らないんですか……あっ。これならどうっすか?」
少女は手で髪を後ろに束ねて見せた。
まるで、これで分かるだろうみたいな顔になっている。
「ごめん。分からないや」
「あー。なるほどー。旦那は記憶がないんっすね。おいらは旦那の両目が変な色になって髪も黒から白に代わっても分かったのに悲しいっすねー」
「もしかして、未来の事を知っているの?」
この子はフェトラがいた未来を知っている。
「おいらはキリエス。悪魔序列九九位の『扇動の悪魔』ゲッペルの契約者で情報屋っす」
「悪魔の契約者なんだ。じゃあ、僕も名乗ろうか」
「ベルクの旦那。その必要はないっすよ。序列外『契約の悪魔』フェトラの姐さん。旦那の奥さんですよね」
「奥さんって結婚した相手に使う――」
奥さんという言葉に驚いていると、呼んでもいないのにフェトラが出て来た。
「まさか、時間の干渉を受けない人間がいるとは思いませんでした」
「ゲッペルの権能ですよ。姐さんだけが時間を巻き戻ったんっすねー」
キリエスとフェトラはまるで旧友と話すように会話をしている。未来の世界を知っていることは本当らしい。
「どうやら、この世界ではゼドアムが侵略されていないし、旦那も濡れ衣で追放されてはいないみたいですね。もしかして、エヌっていう子も無事なんすか?」
「エヌの事を知っているの?」
「勿論ですよ。旦那の初恋の相手っすよねー」
エヌの事まで知られていた。確かにエヌは初めて好きだと思った相手だし、大事な人だ。だけど、僕は振られてしまっている。
「なんで浮かない顔してるんっすか? もしかして、振られたりでもしたんっすか?」
「うん」
「あー。これは失言でしたね。申し訳ないっす。旦那には姐さんがいるんで頼ってあげた方が喜びますよ」
「それで、話を戻すけど、君の事を教えて。なんで、未来を知っておきながらも囚われたままだったの?」
キリエスは未来の記憶がある。それなら、あの虐待をされる場所から脱出することは容易いはずだ。なのになんで、何もしなかったのか。
「未来を変える権利があるのは旦那たちにしかないっすよ。おいらは旦那に会うまでは不自然に動く気はなかったんで。まあ、ここの暴力は最期に受けた拷問に比べれば痛くも痒くもなかったっすけどね」
「そうなんだ。少し特殊な考え方をしているんだね」
「特殊っすか? まあ、そうっすね。普通とは程遠い自覚はあるっすね」
この子は僕の近くに置いておかないといけない。未来の事を知っているだけでも危険なのに僕の事を深く知っている。
「とりあえずキリエスは僕の二人目の専属侍女ということで雇うけど、いいかな?」
「おいらはフリーの情報屋なんっすけどね。でも、旦那の下なら例外っす。煽動のキリエス。旦那の為に働きます」
キリエスを信用したいけど、本心は分からない。ここはフェトラを使って様子見してみよう。
「じゃあ、契約にサインして貰ってもいいかな?」
「……勿論。姐さん。隷属でもなんでも受け入れる覚悟はあるっすよ」
フェトラが契約書を出した。
『契約書
本契約は、以下の条項に基づき締結されるものとする。
第1条(未来の事に関する制約)
契約者は、未来に関する一切の発言を他者に行わないものとする。
第2条(指示に従う義務)
契約者は、契約に基づく指示には従う義務を負い、いかなる場合もこれに逆らわないものとする。
第3条(罰則)
契約者が本契約に違反した場合、違反の度合いに応じて罰則として即時に死を伴う処置が下されるものとする。
第4条(虚偽の情報流布禁止)
契約者は、虚偽の情報を流布することを厳しく禁止されるものとする。
本契約は、双方の合意により成立するものとし、契約の破棄には双方の同意が必要である。
以上、契約の証として署名を行う。
契約者名: 』
今回はしっかりとした文章が出て来た。
この文章はドワーフのツクリの父親と契約しようとした以来だ。
フェトラの契約は大体一言で終わるのに、こんな書式は初めてみる。
その契約書を一目見てからキリエスは迷うことなく署名をした。
「嘘の流布は過去の過ちっすから。今の旦那が生きているうちはする気はないっすよ。ではこれからよろしく頼むっす」
「うん。よろしくね」
こうして、僕は新しい仲間を手に入れた。
――――――
帰りは転移で家の部屋に戻った。
「ベルク様。おかえりなさいませ」
「エヌ。ただいま。この子はキリエス。聖国の元聖女候補で僕と同じで悪魔と契約している。僕の侍女として雇うから指導とかをよろしくね」
「えっ? はい。分かりました」
「エヌ先輩。未熟者っすけどご指導ご鞭撻お願いします」
キリエスは侍女としての動き方を知らないはずだ。そこの辺りはエヌに教えて貰った方が互いの仲も深まるだろうしいいはずだ。
「あの。ベルク様。少しいいですか?」
「ん? どうしたの?」
エヌが目線を逸らしながら僕に話しかけてきた。
「また、どちらかに行かれるのですか?」
「図書館に行こうかなって」
「それならエヌも一緒に――」
「今日は一人で行くから、エヌはキリエスの指導をお願いね。じゃあ、行ってきます」
「そう。ですか……行ってらっしゃいませ」
エヌにしては暗い表情だったけど、何か問題があるみたいじゃなかったから、僕ば図書館に向かった。




