四十話 聖国転覆
「なんだあれは!」
「ドラゴンがなんでこんな所に……」
「神よ。お助け下さい」
聖国の首都がある大教会の上空を天空龍の背から見下ろした。
首都は聖都と呼ばれているんだったかな。聖都の人たちは混乱しているけど、逃げ惑うのではなく諦めているのか神に祈っている人も多い。
これは国の特徴だろう。少し面白い反応だ。
「さてと、そろそろ国のお偉いさんが出て来るかな」
半刻ぐらい待っているけど、大教会の中はずっと大騒ぎになっている。
こっちは様子見をしているだけでいい。あちらは下っ端ではなくトップかそれに近しい人間が出て来るはずだ。僕がやることはその相手と話せばいい。
待っていると教会のテラスから数人出て来た。
「聖国代表の教主補佐のキートンだ。天空龍よ。なぜここに来た。我々は領空侵犯をしていないはずだ。要望があるなら聞こう」
「補佐ね。まあいいや」
どのぐらいの立場の人かよく分からないけど、勇気はあるみたいだ。
僕は彼らに向かって飛び降りた。
テラスと同じ高さで高度を維持した。
「どうも初めましてベルク・ザルゴルです」
突如として現れた僕を見て回りは唖然としていた。
「ああ、あの子は邪魔だったね。帰っていいよ」
手で合図すると天空龍は帰って行った。これで、僕と天空龍の関係性は分かっただろう。
「なぜ、貴方がここにいるのですか」
「来て欲しいって言ってきたのはそっちでしょ? だから来たんだよ」
「それは失礼しました。丁度、貴方についての会議がありまして。お越し頂けますか?」
「はい。分かりました」
教主補佐の男の人は深々と頭を下げて僕を案内してくれた。
――――――
僕が案内されたのは円卓に十人ぐらいが座っている大きな部屋だった。幹部会議と言った感じだ。
一席だけ空いている。
「どうぞお座りください」
「いいの? 君の席じゃないの?」
「私の席ですが、貴方が座る最低限の品質はあるはずです」
入り口から近いし、僕はその椅子に座った。
「さてと、手紙の返信がないから来ちゃいました。それで、どのような返信が帰って来るか教えて貰ってもいいですか? 僕の祖母を解任するか僕と対立するか」
当然ながらみんな険しい表情をしている。
ここまで脅したのにまだ決め切れないんだ。それだけ祖母の力があるということなんだろう。それに、僕に従っても利益はない。決めかねるのもなんとなく分かる。
「そうですか。じゃあ、戦争しますか? 僕の乗り物で壊滅する国が意地を張るのはオススメしませんが」
「それは早計では?」
最初に声を発してくれたのは僕を案内してくれた教主補佐のキートンさんだった。
天空龍の対応でも思ったけど多分、この中で一番勇気のある人だろう。
「なんでそう言い切れるの? 僕個人でも国は消し去れるよ」
「貴方には地位がある。名分もなく国を滅ぼせば動きにくくなる。貴方にとって聖国はその価値すらないでしょう」
「それもそうだね。でもさ、不快の原因は潰しておきたい気持ちは分かるかな? それに僕が手を出さなくてもこの国を滅ぼすことは出来る。別に僕は甘い善人じゃないからギルケアスやゼドアムを使って領土侵略してもいい」
脅す言葉を続ける。僕の脅威が祖母の利益を圧倒的に上回ってしまえばいいだけの話だ。
「それに、聖国の領土って丁度いいよね。頭だけ変えて僕の国にするのも面白いと思わない?」
「なぜ、そこまで我らを目の敵にするのでしょうか?」
目の敵ねぇ。まあ間違ってはいない。
「だって、君らは僕の大事なものを奪おうとした。僕を下僕騎士? にしようとしたのは百歩譲って許すけど、すべてを奪おうとしたのは許せない。僕は決めたんだよ。大事なものを狙う相手に容赦はしないって。だから、こうやって脅している」
「それは――」
「でも、僕は優しいから実行犯の祖母を捨てることで聖国は許そうと思っている。だからさ、早く僕の要求を通すべきなんだよ。それに祖母と敵対する派閥があるなら僕が支援してあげるよ」
まだ悩んでいる。僕よりも祖母を取ろうというのか。
「聖女指導者ってそんなにすごい役職なの? 計画とは違うなぁ」
ここまで粘られるとは思ってもいなかった。
ここにいる人たちはかなりの地位にいるはずだから、尻尾を切るぐらいどうでもいいと思っていたけど、ここまで仲間を大切にしているとは思わなかった。
「じゃあ、しばらく話し合ってみてよ。結論が出るまでは聖国は冷遇するから。よろしくね」
「お待ちください」
「どうしました? 話し合いは終わりましたが?」
キートンさんが僕の座る椅子に手を掛けた。
「簡潔にお話しますと、実は本来この円卓に座っている人間は私だけです。他の全員影武者です。天空龍が来た時点で地下を通って逃げてしまいました」
全員、影武者? それで、本物は逃げた?
真実を確認するために僕は探知系の魔法を使って地下を調べてみたら、確かに数十人が逃げていた。あれが座っていた人たちだろう。
それも当然だ。天空龍なんて脅威が来たら秘密の通路でもなんでも使って逃げるに決まっている。当たり前のことを考えていなかった。
「なるほど、失念してました。それでキートンさんはなぜ残ったのですか?」
「私は賭け事が好きでしてね。賭けていたんですよ」
「賭け?」
「ええ。貴方がここに来ることをね」
天空龍の襲来という異常事態で逃げずにここに残っていたし、勇気のある人だとは思っていたけど、その理由が僕が来るから? 何を企んでいるんだろうか?
「私は隕石が落ちた時、外交の関係でギルケアスにいました。また皇女様の『炎の勇者』を拝謁しました。その時、確信しました。貴方は神だ。我々を導いてくれるのは貴方しかいない」
「神ね。悪くない響きだね」
神扱いされたのはこれが初めてではない。
エルが描いた『炎の勇者』は世界中から見られた。その結果、あの迫力に圧倒された人たちは僕を神聖視する人が増えた。
特に火属性の学会派閥である『炎魔会』では僕はサミュと同等かそれ以上の学者として認められている。
「それで、僕に何を求めるのかな?」
「貴方に何かを求めることはしません。ただ認めて欲しいのです。愚か者への制裁はすべて我々が手を下します。そうすればこの国は貴方の為の国になります。どんな信託だろうと教義だろうと我々は疑わず従います」
「それは面白い提案だね」
聖国は僕の敵だったから変わってくれるのは嬉しい。それに僕が何もしなくてもいいのは評価が高い。いくら出来るとは言っても、内政干渉は面倒なことが多い。
「何もしなくてもいいってことだけど、早めに祖母を失脚させたいから、そこだけは手伝わせてよ」
「ありがとうございます。ご協力頂ければ、計画が何倍も早く進みます。では、まずは聖女をお選び下さい」
「聖女を選ぶ?」
「はい。現在逃亡している人間の中には現聖女と有力候補たちがいます。逆に冷遇された聖女候補が残っています。その中から選ぶことにより聖女派閥は一度に権力を失うでしょう」
現代の聖女についての知識はあまりないけど、どうせ権力争いの種になっているだけで本物の神が選ぶ正式なものではない。
僕が自由に決めてもいいだろう。
キートンが心の奥底で何を企んでいるかは分からないけど、しばらくは付き合ってあげよう。
――――――
僕は教会の近くになる大きい小屋に案内された。衛生環境はそれほどいいとは言えない場所だ。家畜を飼っていると言っても違和感がない場所だ。
「こちらです」
キートンが施錠された扉を開けると、そこには怯えた三十人の少女たちが床に座っていた。全員十歳以下で僕よりも幼そうな子もいる。
体の傷や目の怯え具合を見ると日頃から虐待されていたことが分かる。
「この子たちは、神聖力が高いと言われた少女たちですが、平民や奴隷の身分の者です」
「聖国では魔力の事を神聖力と言ったね。なるほど、確かに年齢の割には魔力が多いね」
聖女候補たちは壁際で震えながら僕の足元を見ている。目を合わせず、下を見ることでより怯えた感情を表現している。これがどんな効果があるかは知らないけど、彼女たちなりの渡世術なんだろう。
「まずは傷を治してあげよう」
回復魔法で傷を癒してあげた。体の痛みがなくなってみんな不思議そうにしている。
「僕はみんなを助けに来た。この中で聖女をやりたい人はいるかな?」
「はーい」
青髪の少女が気だるく手を挙げた。この子の目は怯えというか死んでいるというか。こうすべてが怠そうな視線をしている。
「君が聖女になってくれるの?」
「いいえー。あの子が真の聖女でーす。私はただの扇動なんでー」
この子が指さした先には気の弱そうな少女が座っていた。
「って言われているけど、君は聖女になってくれるかな?」
「えっ……あっ。はい。誰かがやらなきゃいけないのなら私がやります」
自己主張はしないけど。自己犠牲の精神のある所謂『いい子』だ。詳しく見てみるとこの子の魔力は特殊な感じがする。僕ですらすぐに気づけなかったこの特殊性をあの気だるけの少女は見抜いていた。
面白い収穫だ。
「じゃあ、キートンさん。君の計画は分からないけど、好きにやってみるといい。聖女はあの子で手を挙げてくれた子は気に入ったから僕の侍女にするよ。他の子は保護して親御さんに帰すか働き口をあげて」
「承知致しました。すべては神の御心のままに」
キートンさんは頭を深く下げた。
僕は侍女にすると言った子の手を掴んで誰もいない場所に転移した。
「君の事を教えてくれるかな?」
「へへ。ここでは初めましてと言いましょうか。ベルクの旦那」




