三九話 天空龍
僕は空を飛んで聖国に向かっていた。
地上を進むよりも地形や他人を気にせず進めるから、速度が出せる。
聖国までの距離はそれなりにある。大国があった場所を跨がないといけない。距離だけで言えば、帝国より遠くて、早馬でも半月は掛かるような距離だ。道は整理されているけど道中は安全ではない。
空間魔法は行ったことのある場所じゃないと行けないし、長距離の転移には目印や長時間過ごして場所を熟知していないといけない。
それに空を飛んでいくことには理由がある。
空を飛べる魔法使いは多少なりともいる。
だけど、誰も空を飛んで移動しようとは考えない。
それには理由がある。
空を飛んでいると対面から緑の鱗を持つ巨大建造物みたいな大きさの龍が飛んできた。
あれは天空龍ゲボルザーグ。世界に三体のみいるとされる魔帝種認定を受けている魔物だ。翼の羽ばたき一つで町を壊滅させるなんて言われている。
魔物には等級が定められていて、E~S級までの等級とその上の魔王種、魔帝種、魔神種の三つが定められている。
S級までは国家レベルで対策可能なレベルであり、トップクラスの実力者なら単騎で倒すことができる。そして、魔王種以降は国家レベルでは歯が立たず、世界規模での対策が必要になる魔物と言われる。
お爺ちゃんは魔王種のカオスボアを一人で倒したことで名を世界に知らしめた。
カオスボアはギルケアス帝国と近い規模の国を滅ぼし、その国の跡地が今、僕が上空を飛んでいる領域だ。
ゼドアムと聖国の間にあった国でゼドアムとギルケアス、そして破滅した国の三つで世界の覇権を睨み合っていた時期があった。
当然ながら、大国が滅んだ場所を狙って隣接する国が流入しようとした。だが、すべての国は土地を諦めた。
なぜなら、カオスボアとその配下が通った場所は人間に致命的な毒を出し続ける土地となってしまったからだ。致命的と言っても一年過ごすぐらいは問題はない。だけど、それ以上の滞在をすれば魔物とすら言えない化け物になってしまう。
だから、大国の跡地には誰も入れず通行するだけの廃墟になった。
この跡地を学者の世界では『カオステリトリー』と名付けた。
『カオステリトリー』の浄化は学者たちの人生を掛けるほどの命題になっている。五十年近く研究されているけど、浄化に関しての進展は無いに等しい。
魔王種とはそんな存在だ。その化け物を殺したガルロー・ザルゴルという名は世界的な英雄になるには十分だった。
そして天空龍はそんなカオスボアの上位の脅威である魔帝種と言われている。
「空は我の領域ということを知っての狼藉か」
「そうだよ。文句があるなら、君の好きな暴力で解決しようじゃないか」
「愚かな。人間如きが我と勝負しようなどど。これから始まるのは一方的な蹂躙だ」
魔帝種ともなれば会話が可能な種も存在する。天空龍はその一体だ。
天空龍の二つ名は《空の支配者》。人類から空を奪った龍だ。
「なに? どこへ消え――」
「こっちだよ」
天空龍の頭に転移し、殴って地面に叩きつけた。
アリと人間ぐらいの対格差があったけど、龍は僕の打撃は空の支配者を地面に叩き落とすことができた。
僕も地面に降りた。
「これがカオステリトリー。確かに変な毒が大地から湧き出ている」
「人間め。よくも我をこんな気色の悪い地面に触れさせたな! 必ず殺してやる!」
廃墟の町は時間が経っているというのに蔓などの植物が生えておらず、当時の悲惨さを残していた。
「一帯を更地に変えてやろう。《ウィンドブレス》!」
龍が口を開けた。魔帝種の放つブレス攻撃は広範囲を巻き込む。
このまま攻撃させれば、廃墟が消えてなくなる。人が死ぬわけじゃないし無視してもいい。
だけど、ここで過ごしていた人たちの体温を感じてしまった。
「《ウィンドシールド》」
僕は天空龍と自分を囲う壁を作った。
ブレスは僕を飲み込んだ。
すべてを吹き飛ばす威力の風と風で作られた鋭利な刃物が空間を覆いつくしている。刃物を通さない僕の体を簡単に引き裂く風が襲ってくる。
「身の程を弁えんからこうなるのだ」
今の僕の姿は血まみれなんだろう。全身から出血している感覚がある。
「この風の壁は見事だ。だが、身を守れなければ意味がない」
龍が尻尾でウィンドシールドを壊した。風以外の物理的な防御力は持たせていないから簡単に割れる。
「死にゆく前に教えてやろう。貴様の一撃は効いたぞ。お前の事は生涯忘れないでやろう」
「その生涯はあと何分で終わるかな」
「な、なに? 人間にそんな再生能力はないはずだぞ」
体が元に戻った。
服は切れてなくなっちゃった。予備はあるからいいけど、戦闘中に何枚も破く必要はない。幸いなことにここに人はいない。服がなくても問題はない。
「ならば、再生できぬほどに潰せばいいだけだ!」
先端でも僕の体の五倍はある尻尾による凪払いを腕で止めた。
「なに――」
「《ギロチン》」
尻尾を切断しようと風魔法を使ったけど、硬い鱗に阻まれて、半分までしか切れなかった。
「我が支配する風で我の体を貫くか」
「殺すだけならもっと簡単だけどね。《エアーランス》」
空気を圧縮した槍を天空龍の心臓付近と頭に当てた。
「な、なんだこれは」
龍の心臓と脳の一部が露出した。
「降参するなら今がいいけど」
「我を、空の支配者を舐めるなァ!!」
怒りに任せて爪を振って来た。
風の刃が発生し、僕に迫って来る。
人間の身では回避は不可能だろう。だけど、この程度なら魔法を使えば無傷で受けられる。
「《風王の鎧》。空の支配者が得意とする風で死ぬんだ」
全力の攻撃が鎧すら貫通できなかったことを見た天空龍は絶望していた。
「じゃあね《エアーランス》」
「――わ、我の負けだ!」
心臓に届く前に降参してきた。殺す必要はないから、直前で魔法を解除した。
「頼む。なんでもするから殺さないでくれ」
「ああは言ったけど殺しはしないよ」
挑発の意味も込めて殺すことを暗示していたけど、それは目的じゃない。
「では、何か目的があるのか? 空の支配権か?」
僕が意図的に空を飛んでいた理由。
「純粋に君と戦ってみたかったというのが主目的。ついでだから、僕が空を飛ぶ時に邪魔しないとかの約束をしようか。フェトラ」
「はい」
「悪魔だと。そうか。そろそろ悪魔どもの戦争の時期か」
天空龍はフェトラを見てすぐに悪魔だと気付いた。
「悪魔を知っているんだね」
「我を誰だと思っている。人間とは比べ物にならない程生きているのだぞ。五百年周期で異変が起こっていることぐらい知っておるわ。それに我にも悪魔が契約を持ち掛けて来たことがあるからな」
「そうなんだ。僕が契約しているフェトラの能力は契約を結ぶこと。さっきの内容を元に契約をしよう」
流石、天空龍は長く生きていて知っていることが多い。
「その悪魔の権能はなんなのだ? 我を打ち負かせる権能は存在しなかった。再生能力か? 魔法の強化か?」
「権能は契約するだけだよ。別に身体強化とかはないから。じゃあ、契約を作ってもらえるかな?」
「こちらが契約書になります」
フェトラが二枚の紙を出してくれた。
一枚は僕が見る用の普通の紙で、もう一枚は天空龍の大きさに合った大きな紙だ。
紙を見てみると僕が思っていたものとは違った契約内容が書いてあった。
『ベルク・ザルゴルに領空権を認める』
僕は邪魔をしなければいいと言っただけで、空の支配権が欲しい訳じゃない。
「いいだろう。負けた者の所有物は勝者のものだ」
僕が契約内容を変えようと提案する前に天空龍ゲボルザーグは契約書にサインをした。
「本当に良かったの? 僕が占有しようと思ったら、君も飛べなくなるんだよ」
「人間の寿命は短い。貴様が死ぬまで待てばいい話だ。だが、必ずこの借りは返す。覚悟しておけ」
「楽しみにしているよ」
天空龍が帰ろうと羽を広げた。
「あっ。ちょっと待って。帰る前に乗せて行って欲しい所があるんだ」
「なぜ我が従わねばならぬ?」
「空を飛んで帰るか、地上を這って帰るか。どっちがいいかな?」
本意じゃなかったけど契約内容的に僕は天空龍が空を飛ぶ権利を制限することができる。
「いいだろう。我の背に乗れ」
本当は聖国にはこっそり行く予定だったけど、いい乗り物が手に入った。これなら嫌でも僕を歓迎せざる負えなくなる。




