三八話 運動
「ベルク様。あの――」
「大丈夫だよ。エヌの事は僕が守るから。何も気にしなくても大丈夫だよ」
エヌが何かを言う前に言葉を遮った。
「じゃあ、行ってくるね」
「は、はい。お気をつけて……」
お爺ちゃんと戦うのは国が保有している闘技場だった。
観客はザルゴル家の家族と屋敷に務める従者の人たちだ。大体百人ぐらいになる。
「ベルクや。儂は本気で行く。殺すつもりじゃ」
「そうですか。なら、派手になるように協力します」
勝負を挑まれたけど、本気で戦うつもりはない。
お爺ちゃんとの勝負は一年前に決着がついている。
「いくぞ!」
初手は拳による打撃。――だけではなく、上空から魔法が降り注いで来た。
魔法は陽動。本命は打撃だ。
「『羅鉄甲』」
鋭い回転を伴った拳が僕の胸部に当たった。
僕は威力を流すことなく受け止め、壁に叩きつけられた。
「《ファイヤーランス》」
追撃の炎の槍が飛んできた。受けてもいいけど、手で凪いでかき消した。
壁際で戦ったら観客に申し訳ない。
僕は中央に突進し、お爺ちゃんの頭を掴んだ。
地面に叩きつけようとしたら、体が浮いた。力の流れを制御して僕の力を操作してきた。
「『操機術』からの『羅鉄甲』」
地面に叩きつけられた。そして、踏みつけをされそうになったから攻撃を躱した。
お爺ちゃんの足を軸に地面がうずまきを巻いた。
地形の変化から逃げるように僕は距離を取った。
「極大魔法『白炎葬』!」
距離を取った隙を狙って、極大魔法を使ってきた。
僕を余裕で飲み込む極熱の白いビームが迫って来る。
あえて、ガードもせずに魔法を受けた。
流石に熱い。だけど、戦闘に影響はない程度のダメージだ。
「これすらも効かぬか」
「やられたらやり返す。それが僕の流儀なんだけど、どうする?」
お爺ちゃんが出した極大魔法を受けた後に操って、一粒の火球に変化させた。
「手加減は要らん。来い!」
「分かったよ。簡易版《バーンノヴァ》」
集めた火をお爺ちゃんに向かって打ち出した。
「《暗泳歩》」
火の玉を躱して僕に接近してきた。
また拳による『羅鉄甲』であることは体勢から分かる。
「『操機術』」
僕は受けた打撃の力を支配した。そして、そのままお爺ちゃんの体に返した。
すると、お爺ちゃんの体は回転しながら宙を舞った。
「『羅鉄甲』」
宙を舞うお爺ちゃんに向かって踵落しの動きで回転付きの打撃を振り下ろした。
この攻撃は当てる気はなかった。
地面に当たった蹴りは競技場を中心とする地震となった。
「こ、降参じゃ」
あの蹴りが当たっていれば確実に殺していた。だけど、お爺ちゃんは敵じゃない。戦いを挑んでくるのは悪い事じゃない。
「では、帰りましょうか。食前の運動には程よいぐらいでした」
「儂はもう動くのもつらいぐらいなんじゃが」
「老体で無茶するからですよ。背負ってあげます」
立つことすら難しそうにするお爺ちゃんを背負った。
「ありがとう。僕が怖くないことを示す為に戦ってくれたんだよね」
「はて、なんのことじゃか? ただ、孫の実力を確認したかっただけじゃよ」
兄さんをイジメた光景を見た従者の人たちは怯えていた。別にどうでもよかったけど、お爺ちゃんの好意を無下にする必要もない。
――――――
食事中は誰も喋らない。元々、ザルゴルでの食事は談話するような空気感じゃないけど、今日はみんな張り詰めている。
僕が原因なのは分かる。だけど、これはこれで好都合だ。
「みなさんにご報告があります」
すぐに視線が集まった。
「僕はこれまで戦うことを自重してきました。なぜなら、暴力で解決することは危険だと思っていたからです。弱者を痛めつけても、僕には不利益しかない。でも、昨日そんなことを考えるのは男らしくないなと思いました」
この言葉はただの口上文でしかない。ただ、エヌが言っていた僕を支えてくれる人を見つけ出す為に必要だから、僕は自重を止めようと思う。
「これからは戦うことを躊躇いませんし、実力を隠す気はありません。きっと、化け物扱いされるでしょう。ザルゴルの名に影響があるかもしれません。なので……」
意図的に名を傷つけるつもりはないけど、相手によっては家レベルで対立してくるかもしれない。だけど、そんなことは僕の知ったことではない。
「我慢してください。文句があったら力ずくで僕を止めるか、家から追放してください。以上で報告を終わります」
誰も何も言わない。ただ、僕の言葉を聞いて状況を理解しようと必死になっている。無理もない。今まで十分暴れていた僕が自重をしていたなんて言い始めたんだから。
家の損害にまで頭が回っていないのだろう。
「では、ごちそうさまでした。僕は用事があるので、これで失礼します」
部屋から出ると専属侍女たちが主人を待つように並んでいた。
年齢層を見ればなんとなく誰の侍女かは分かる。
みんな世間的に見て優れた容姿をしている方だけど、僕のエヌには敵わない。エヌはいつ見ても可愛い。
「ベルク様。どちらに行かれるのですか?」
「ちょっと聖国まで行ってくるよ」
「あれ? 確か、まだ手紙の返信は来ていないと思いますけど」
「時間の無駄だから直接行くことにしたよ」
一か月前に聖国に行く旨を示した手紙を出している。無視されたか、輸送に問題があったか。そこは分からないけど、僕の時間は無限じゃない。さっさと解決できることは僕が出向く。
あっちの事情を考慮してやる必要はない。
「では、すぐ準備をしますね。馬車の用意と――」
「大丈夫だよ。一人で行くから」
正式な訪問をする訳でもないから、なにもいらない。
「お一人……ですか?」
「うん」
「そう。ですか……分かりました。お気をつけて下さい」
「ありがとう。行ってくるね」
僕は空を飛んで聖国に向かった。




