三五話 婚約
お父さんの誘導されて、別の応接間で小さい机を挟んで座った。
「さて、まずはよく戻ってきてくれた。二人を冗長させたのは我々の責任だ。不甲斐ない私たちを許してくれ」
「その件については後で色々教えて頂ければ許します。それで、お話はなんでしょうか?」
なぜ、あの二人が聖国に傾倒するかの事情は伴侶である二人から聞いた方が正確な情報を得られるだろう。
だけど、今はそのことは重要じゃない。
「この手紙の山はなんだと思う?」
お父さんが指さした先には大量の手紙が山を作っていた。とてもじゃないけど、机の上に収まりきらないというか机を飲み込むぐらいの量だ。
「もしかして、求婚とかですか?」
「そうだ」
「はは。そんな訳……ないって言わせて下さいよ」
空気を変えようと冗談交じりに言ったのに本当に求婚の手紙だった。
僕の本命の予測だと共同研究のお誘いの手紙だと思っていた。図書館に来る共同研究勧誘の手紙もあのぐらいあった。
「お前はもうすぐ六歳になる。我が家の通例では六歳で婚約者を決める必要がある」
「この中から選べということですか」
「そうだ」
婚約の件については知っていた。
ザルゴル以外の貴族も婚約者は六歳までに決めることがほとんどだ。
大抵は親が決めることが基本で、こうやって本人に選ばせることはない。
「当然、正妻を決めるだけだ。側室に関することはそれぞれに条件があるが、私が見る限り側室を制限するものはほとんどない」
「そうですか」
なんで側室の話からしてくれたんだろう?
「それにお前は三男で跡継ぎではない。相手の家の格もそれほど気にしなくてもいい。ただ、ベルク。お前の場合は特別だ。私がある程度候補を選んでおいた」
お父さんは二十枚の手紙を渡してくれた。
「他国の王族を含む公爵家以上の家から届いたものだ。なるべくここから選んでくれ」
あの量から二十枚まで減ってくれたのは嬉しい。
流石にあの山を読むのは骨が折れる。
「……お前の気持ちは知っている」
手紙を読んでいるとお父さんが話しかけて来た。
「専属侍女に惚れているんだろ」
「……はい。そう……ですね」
僕はエヌへの気持ちを態度で示している。だから、周りから見ても明らかにエヌに懐いていることは知られている。
でも、こんな面と向かって言われることはなかったから動揺してしまった。
「なよなよせず、男なら好きになった女を全員抱けばいいのにのう――」
「お父様は黙って下さい! あなたには我々の気持ちは分からないんですよ!」
お父さんがこんな感情を見せたのは初めてだ。
「ベルク。実は私も専属侍女に惚れていた。私は後継者争いに参加していなかったから、家のしがらみから抜け出してその人と結婚しようと思っていた。だけどな。愚かな兄弟たちは相打ちで失脚してしまった。そのせいで、私の計画は総崩れ。王女様と結婚することになった」
お父さんは過去の思い出を語ってくれている。
今の僕と重なる点もあって興味がある話だ。
「王女様は見ての通り見た目はいい。だが、私は侍女が好きだった。結局、駆け落ちするわけにもいかず、身分の違いから側室にすることもできなかった。私は後悔の多い人生を歩んできた。だからこそ、私の子供たちにはそんな思いをして欲しくない。特にベルク。お前は学者という俺が歩めなかった歩みたかった道を進んでいる。父親としてこんな事を言うのは最低だが、羨ましい。嫉妬している。俺にお前みたいな才能があればって何度も思った」
お父さんの目から涙が流れていた。
きっと、言葉にしていない思い出を振り返って感傷的になってしまったのだろう。
「申し訳ない。俺がもっと甲斐性のある父親だったら。一時期は先代当主と対立してお前を傷つけてしまった。だから、その償いとして、家のしがらみを考えずにお前には好きな人と結婚して欲しい。俺が全部責任を負う。どんな汚名でも背負ってやる。好きな人ぐらい自分で選べ」
僕は手紙を読む手を止めた。
「かっこいいことを言っているつもりなんでしょうが、僕はお父さんを許すつもりはありません。三歳の時、仮に僕がお爺ちゃんと喧嘩していなかったら、お父さんは僕が当主を狙っていることを疑い、後ろ盾のお爺ちゃんを毒殺して僕を孤立させようとしましたよね」
フェトラがいた世界線では、僕が三歳半ぐらいの時にお父さんは英雄であるお爺ちゃんを殺して、その結果戦争が発生し、ゼドアムが大敗するという結果を生み出した。
そして、エヌが無残にも殺された。その世界線の僕はどう思ったのかは知らないけど、今そんな状況になったら僕は世界を滅ぼすまで暴れる。
だから、お父さんがいいことを言っても美談にするつもりはなかった。
「どこでその計画を知ったかは知らないが、そうだ。未遂とは言え、俺は許されないことをしようとしていた事実は変わらない。すまない」
「……お父さんは保身しないのですね」
「俺としても腹を決めたつもりだ。お前の幸せのためならば、この身が壊れても構わない」
お爺ちゃんがいる場所で計画を認めた。
こんなことを言えば、殺されても文句は言えない。相手は衰えたとは言え、魔王種を殺した《賢剛》ガルロー・ザルゴル。戦闘において文官よりのお父さんが勝てるはずがない。
命を捨てるという覚悟は本物みたいだ。
「本気なんだね」
なんだろうか。僕も少し感化されてしまったみたいだ。
こっちも本音を言いたくなった。
「僕は怖いんですよ」
僕は強い。多分、国を相手にしても勝てるぐらいは強い。大事な人を守る力はある。だけど――
「大事なものを守る力があっても、それが本当に大事なものにとっていい事なのか。僕が傷つけてしまうんじゃないかって」
僕がみんなを傷つけているかもしれない。毎日その不安がよぎる。
エヌは僕と一緒にいるよりも自由に過ごしたいと思っているかもしれない。
サミュは僕と研究をするんじゃなくて、他の人たちを育成したいと思っているかもしれない。
エルは僕以外を題材とした絵をもっと描きたいかもしれない。
他のみんなだって、僕がいない世界の方が幸せかもしれない。こんな化け物に守って貰わない方が幸せなんだ。
僕は力を使う度に脳裏にそういった考えが入って来る。
「本当はもっとエヌと話したいし触れ合いたいよ。理由なく手を繋ぎたいし、抱きしめたいし抱きしめられたい。頑張ったら頭をなでなでして欲しいし、なでなでしたい。でも、そんなことをしたら迷惑じゃないかなって思うんだ。だって、それは僕の欲望であって、一方的にぶつけたら奴隷みたいな扱いになっちゃうから。ねえ、お父さんとお爺ちゃんはこういう気持ちをどうにかする方法って知っている?」
多分、エヌも聞こえているとは思うけど、僕は隠していた想いを語った。
「そんなの有無を言わさず抱けばええじゃろ――」
「私は出来なかったが、しっかり話合いをするのがいいはずだ。話ずらいだろうが、自分の思いを伝えてみる。一方的な感情で動くよりも不安も少なくなるし、お互いが望む結果になりやすいはずだ」
お父さんが言っていることは当たり前だけど、今の僕には刺さった。
話し合い。単純だけど単純だからこそ大事なんだ。
「……ありがとうございます。決心がつきました。求婚の手紙は預かります。六歳になるまでには結論を出します」
「そうか。ベルク。どんな選択をしても私はお前の道を応援しよう」
「もちろん、儂もベルクの選ぶ道を尊重するぞい」
手紙を亜空間に入れた。
「僕は自室に戻ります。また何かあったら声を掛けて下さい」
そうして、僕は一年ぶりの実家の部屋に戻った。




