二九話閑話 『炎の勇者』の評価
ギルケアス帝国の建国記念日に発生した隕石とそれを壊した『炎の勇者』ベルク・ザルゴルの名は瞬く間に世界に広がった。
各国の主要人物が招かれていた帝国の建国記念日に起きた事象は信憑性を持ったまま拡散していく。
そして、ベルクの名前をより広める原因となった絵画が帝都に飾られていた。
『炎の勇者』とタイトルが付けられたその絵は普段は閑散としている帝国の美術館に長蛇の列を作っていた。
帝国民よりも他国からその絵を目的に帝都に足を運んだ人間も多い。
帝都を見下ろす城で第二皇女のメドニアと皇帝が長蛇の列を見ていた。
「あの災害の影響は考えていたが、このような事になるとはな。第二。お前の趣味のお陰で観光客で帝国はより豊かになるだろう」
「ありがたき幸せです」
「功を立てたお前には褒美をやらねばな。何が欲しい? 言ってみろ」
皇帝にとって、メドニアの存在は扱いにくい娘という印象だった。それは《洗脳の魔眼》を持つことと、平民の侍女から生まれたという理由があった。
その上、今回の件でベルクとの仲が良いことも判明し、更に手を付けにくい娘になった。
だが、ベルクに何かするよりも、娘のメドニアを懐柔する方が簡単であると判断した皇帝はまずはその本質を見極めるために欲しい物を伝えるように指示をした。
「では、画材と運輸機関の優先使用権を下さい。彼に絵を届けたいので」
「……分かった。お前の事はあまり知らなかったが、昔から絵が好きなんだな」
「いえ、昔はすることもないので暇つぶし程度にしか思っていませんでした。ただ、彼が私の絵を気に入ってくれているみたいなので、私の人生の軸になりました」
懐柔を思いついた時点である程度の情報を集めていた皇帝だったが、その情報にもメドニアがベルクに心酔していると言われていた。
半ば予想通りの動機だったが、皇帝は質問を続けた。
「知っているとは思うが、我は暴力によって皇帝に祭り上げられた。その気になれば、同じ様にお前が皇帝になる事も難しくはない。皇帝になる気はないのか?」
「答えを先に述べると、なる気はありません。なぜなら、彼が私に求めたのは自由です。皇帝になったら彼の言う自由とは程遠くなってしまいますから」
「そうか。それでいい。少なくともベルクが力を持っている内はお前を縛る者はこの城には存在しない。お金も人員も好きに使え。強者はきまぐれな者が多い。くれぐれも機嫌を損ねる真似はするなよ」
「ええ。応援感謝いたします」
皇帝はメドニアに助言をしてから去っていった。
――――――
魔法研究の最先端であり最高権威を持つ『魔法学会』には派閥がある。
専門とする属性によって所属する派閥が決まり、その派閥の支援によって魔法研究を行う。
最大派閥の一つである火属性の『炎魔会』のトップであるエレオノール・イグニスは『炎の勇者』の絵画を見る為に帝国に足を運んでいた。
「エレオノール様。なんで我々も並ぶんですか? 帝国魔法省に言えば閉館時間後に見ることもできるのに」
「そんな老害どもがやるような手は使いたくないのよ。それに最速で見るにはこれが最短なんだから。あなた達も黙って並んで」
エレオノールは四十歳台の女性であり、赤毛で少し皺の目立つ荘厳な人だった。部下を数人連れて長蛇の列で人の流れと一体化していた。
軽口を叩く部下の女性はエレオノールよりも見た目は若いが実年齢は上である。
「絵の主役であるベルク・ザルゴルは今や『炎の勇者』としての称号を持っているんですよね。火属性派閥である我々『炎魔会』としては面白くない話ですよね」
「先代の会長なら文句の一つでも言うかもしれないわね。でも、私は違う。あくまで私たちは魔法の研究をすることを目的にしているだけなのよ。火は誰の物でもないわ。それよりも、『勇者』の方が心配ね。あの老害の象徴である聖国が認めるはずがないわ」
絵画を見に来た理由は純粋な好奇心がほとんどであり、ベルク・ザルゴルを批判する意図は一切なかった。
むしろ、称号を与えられたことによる影響を心配していた。
「彼はゼドアムの図書館に所属しているんでしょ。なら、次の『賢者会』で会うのは分かっているからその時にいろいろ聞いてみたいわね」
「いいなー。それなら私も権力闘争に参加すれば良かった。でも、エレオノール様に勝てる訳ないしー。あーあ。残念残念」
「さて、無駄口はそこまでにして、そろそろ絵が見えるわよ」
魔法使いたちは人混みで隔てられた絵画に視線を移した。
「ちょっと見えにくいですね。土台なります」
部下たちは命令されることもなく四つん這いになった。
『炎魔会』には明確な序列がある。伝統的な序列制度により、部下は上司に忠誠を誓い行動を取る。
それが、この自ら土台となる行為だった。
「申し訳ないわね」
エレオノールは部下の背中に乗り絵を見た。
その瞬間、頭の中に景色が流れ込んできた。
「なっ――ここは帝都? でも、夜じゃなかったはず」
流れ込んできた景色を意識した瞬間に別の世界に飛ばされた。
「あれは隕石。なんて大きさなの。もしかして帝都よりも大きい……」
雲の上にあるのに視界に収まらないほどの隕石が迫って来ていた。
いくら、優秀な魔法使いと言えど、あの大きさの物質が落ちてきたら為す術もない。
絶望と脱力。逃げる気力すら湧いてこない状態だった。
「私は絵を見ていただけなのに――」
現実ではないと疑いながらも、隕石が与えて来ているであろう重圧のある風や町の悲鳴は触覚と聴覚を刺激していた。
訳が分からず混乱するエレオノールはただ上空に目を向ける事しかできなかった。
絶望の中に現れたのは炎の翼を持った幼児だった。
火魔法の専門とするエレオノールはその幼児が使う魔法をすべて知っていた。
しかし、それは実物を知っているわけではなく、過去の文献や理論上可能であるとされている魔法たちだった。
(あれは《炎の羽》。サミュラス様やシュトルの双子にぐらいにしか再現できないあれをあんな簡単そうに……)
一つの魔法に驚いている間にすぐに巨大な火球の群れが現れた。町の隅々まで照らすその炎はゆっくりと合体し、幼児の元に集約されていく。
(あれは御伽噺で出て来る勇者の極大魔法《バーンノヴァ》)
炎の圧縮に関する研究をエレオノールは行っていた時期があった。その時に多くの魔法使いが目指していた火属性魔法の頂点に位置する極大魔法《バーンノヴァ》についての知識を得ていた。
(炎を圧縮して温度を高めることは出来るけど、少しでも術者が操作を誤ると自爆する。学会では《バーンノヴァ》の再現は不可能と決まったはず。なのにあの数の火球を圧縮できるなんて)
幼児に集まった小さくも光り輝く球体が隕石に当たり、隕石が消滅した。
(圧倒的火力。私が本来目指していたもの)
その光景はエレオノールに自身が火属性に傾倒し始めたきっかけを思い出させた。
元いた美術館に戻された。
床に倒れており、部下が必死に呼びかけている。
「――ル様! エレオノール様! 聞こえますか!?」
「え、ええ。私は一体……」
「絵を見た瞬間倒れそうになって、慌てて支えたので、お怪我はないとは思いますが」
「絵を見て……決めたわ」
何かを決心したかのように立ち上がった。
「これより『炎魔会』はベルク・ザルゴルに全権限を譲る。また、会員は最優先事項にあの『炎の勇者』を閲覧することを義務とする。異議のある者は『炎魔会』から追放か規則に則り私と決闘するか選ぶように。絵画の閲覧後、即伝達すること。以上」
「承知いたしました」
唐突な決定にも関わらず、部下たちは異論を唱えることはなかった。
「あの絵だけで私は火属性の核心に大幅に近づけた」
その表情は年齢からは想像できないような口角の吊り上がり嬉しさを顔に出していた。




