二六話 権力闘争
帝都に着いた。
建国記念日ということもあって、祭り騒ぎで人が多い。
僕たちは馬車に乗ったまま帝都の王城に通された。
「いい部屋ですね」
国賓相当の扱いを受けると聞いていたけど、まさか王城に部屋を用意して貰えるとは思わなかった。
部屋の質もかなり高い。どれもこれもが最高級品だと分かる。
「では、ベルク様には帝王にお会いして頂きたく……」
「うん。分かったよ」
カトナが護衛と案内役も兼ねている。ここでの行動はかなり安全にできそうだ。
僕は従者を伴うことなく帝王に謁見することになった。
王の間に入ると、明らかに人が少なかった。部屋にいる人数が僕を含めずに五人しかいない。
なかなか思い切ったことをする皇帝だ。
「この度はお呼び下さり――」
「まどろっこしい礼儀はどうでもいい。腹を割って話そうじゃないか」
帝王はカーテンで姿を隠している。この人数で対応するってことは内緒の話をしたいのだろう。
あっちの口調からして、形式的なものは望まれていないな。
「お前の強さについてはよく知っている。うちのキトラとカトナが認める人間はあの英雄ガルローを除けばお前しかいないだろう」
「それはどうも」
「じゃあ、早速本題だ。ギルケアスに所属する気はないか?」
「今の所、その気はありません」
別に理由があれば国を移ってもいいとは思っている。
ザルゴル家の人間だけど三男で跡を継ぐ気もないし、異種族解放同盟の件が落ち着いたら、僕の行動範囲は広がる。
帝国だって行く可能性はある。だけど、今は行く気はない。
「そうか。それは残念だ」
少しぐらい脅しを掛けられると思ったけど、ここの帝王はあっさりした性格をしている。
「それでは、今日は思う存分楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
そのままあっさり帰された。
とても謁見とは思えなかったけど、悪い印象はなかった。
「皇女様に会いに行きたいんだけど、どこにいらっしゃるのかな?」
「第二皇女様ですね。分かりました」
僕がここに来た理由である綺麗な瞳をした皇女様の場所に案内して貰った。
皇女様は植物園で絵を描いていた。
護衛は僕より少し年上だけど幼い少女だった。
ここの皇族は護衛を最低限にしないといけない『しきたり』でもあるんだろうか?
「これはベルク様ではないですか」
目に包帯を巻いた皇女様が僕の存在に気付いた。
「まさかご招待に応じて頂けるとは感激です」
彼女は不用意に僕に近づいた。
「姫様。そこまでです」
護衛の子が僕の前に立った。幼いながらも真面目で堅物な感じのする子だ。
「大変申し訳ございませんが、これ以上は……」
「君、強いね。僕の知っている中で同世代だと一番強いよ」
この護衛の子、僕とあまり歳が変わらないのに大人たちよりも強い。
それに魔力の量からしてもう魔法を使えるレベルでもある。
こんな才能を持った子がいるとは思わなかった。
「残念だけど、もう僕の範囲だ」
空間魔法を使って皇女様の隣に移動した。
「この度は記念すべき日にご招待頂きありがとうございます――」
挨拶の途中で護衛の子が刃を振って来た。
護衛対象に近づいたのだから当然の対応だろう。
「動けない……」
「《空間固定》をしたからね」
空間魔法は魔力の消費は激しいけど、強力な効果を持つ。
「こちらの護衛が失礼しました」
「大丈夫ですよ。むしろこちらが挑発した形になりますので」
皇女様から離れて敵意がないことを示してから魔法を解除した。
「つかぬことをお聞きしますが、なぜあのようなことをしたのですか?」
「護衛の方は僕が出会った中でも相当強いように見えたので、少し試したかっただけです」
「なるほど。この子の名前はカゲトラです。あの《断罪者》と《剣帝》の子どもです」
「あれ? その二人ってどっちも女性だったよね」
《剣帝》キトラは口調は荒々しいけど、女性のはず。ここにいる《断罪者》カトナは見るからに女性だ。生物的に女性二人から子どもが産まれるはずはないんだけど……
「ベルク様。個人的な話については触れないで頂けますか?」
今までこちらに干渉してこなかったカトナが止めて来たということは触れて欲しくない事なんだろう。確かに気になるとは言え、よその家の事情に触れるのは良くない。
「ああ。なるほど。ごめんね。通りで強い訳だね。だって、ギルケアスが誇る最高戦力二人の子どもだからなんだね」
剣と魔法の二刀流の人は少ないけど、それぞれのトップから指導を受けているのなら理解できる。
「あと、気になるのはカゲトラさんは護衛としては強いと思うよ。だけど、皇女様を護衛するには人数が少なすぎるんじゃないかな?」
建国記念ということもあって人の出入りが激しい中で、皇族の警備がこれだけというのは少なすぎる。仮にそういう伝統ならばいいけど、少し気になっていた。
「私が答えましょう。それは私が第二皇女であること。そして、この眼が関係しています」
皇女様が包帯に目を当てた。
第二皇女であることが理由ということは権力闘争に関係することだろうから聞かない方がいい。
「洗脳の魔眼ですか。僕には綺麗な眼にしか見えないですが。それに魔眼は……」
「流石は学者の名も持っているベルク様ですね。魔眼についての知識もあるのですね。この眼には相手を洗脳する力はありません。あくまで認識できるだけで、私に意思があれば、隠した状態でも洗脳は可能です」
僕もつい先日、魔眼を手に入れたから理解できるけど、魔眼はその属性の魔法を使うのに必須な『認識』を補助する程度の能力しかない。
つまり、洗脳の魔眼を隠していたとしても魔法は使えるということになる。
ただ、一般的には魔眼によって魔法が使用されるという俗説が広まっている。だから、世間的なパフォーマンスとして包帯で目を隠しているのだろう。
「更に言えば、相手の魔力量によって効果が変わるなんて言われてしまって、私に近づけるのは魔力の多い人たちだけって言われているんです。なので魔力の少ない《剣帝》に嫌われています」
キトラは僕の誕生日会の時も皇女様が目を出した時に視線を外していた。国の基幹の一人であるキトラですらあんな態度ならば、他の人たちも似た感じだろう
「魔眼に対する偏見は根強いということなんですね。僕は皇女様の眼は好きですよ。とても綺麗です」
あの眼はどんな宝石よりも価値があると思えるほど綺麗に輝いていた。
「そう言って頂けると嬉しいです。あと、この包帯もありがとうございます。疲労は勿論、美容効果もあって重宝しています」
僕が魔法を掛けた包帯を使ってくれているみたいだ。
そうだ。皇女様の為に作って来たものがあったんだ。
「あの時は即席だったから、新しく作ったんだ」
「わあ。ありがとうございます」
僕が世間に公表していない魔法の数々を仕込み、魔法陣によって調整した物だ。
効果は回復は肉体再生まで出来るし、それ以外にも防御魔法も仕込んであって、宮廷魔法師が全魔力を使って攻撃しない限りは破壊すらされない。
はっきり言って、現代技術でこの包帯を再現しようと思ったら最低でも数十年は掛かるような代物だ。
「もしよろしければ、巻いて下さりますか?」
「ええ。勿論」
包帯を外すと眼が見えた。
青白い眼は神秘的で人を惹きつける魅力がある。こんなに綺麗だとこの眼自体を洗脳能力と言いたくなる気持ちが分かる。
「どうですか? 肌に違和感があれば調整します」
「とても馴染みます。まるで包帯をしていないみたいです」
「それは良かったです」
お気に召して頂けたみたいだ。
「申し訳ないのですが、ここまでして頂いたのにお返しをしたいのですが……」
「じゃあ、絵を描いてくれませんか?」
困っている皇女様に僕は提案をした。
「この絵一枚だけでも、皇女様の絵の素晴らしさは分かります。ぜひ描いて頂けませんか?」
皇女様が書いていたのは庭園の風景とそこで蝶を追いかける首が三つある黒い犬だった。
庭園を忠実に再現しながらも存在しない犬を出す辺りが芸術家としての才覚が分かる。
「私の絵は趣味程度のものですが、よろしいのですか?」
「はい。皇女様の絵が好きなので。特にこの犬の感じとか好きです」
「この子ですか。もしかして、ベルク様には見えているのですか?」
「? それは絵に……」
絵には三つ首の犬がいる。だけど、そんなことをわざわざ聞くだろうか?
皇女様には実際に何かが見えている。僕はその正体について気になった。
「何かに気付いても内緒にしておいてもらえると助かります」
ハイヒューマンになった時に使えるようになった魔眼を使う。
この世界の現象を完全に捉える『世界の眼』とこの世界の現象ではないものを捉える『魂の眼』を使った。
確かに花畑を無邪気に駆け回る犬がいた。絵とほとんど同じ容姿だ。
さっきまで確実にいなかったのに『魂の眼』を使うことで可視化された。
「その絵とほとんど同じものが見えました」
他人には見えない存在を僕は知っている。
それは悪魔だ。
悪魔だと決めつけるほどの証拠はないけど、疑いを持つには十分だ。
「皇女様はアレの正体をご存じですか?」
「いえ。もしご存じならば、教えて頂けないですか?」
「……分かりました。ただ、この場ではお伝えしにくいので、今夜伺ってもいいですか?」
「は、はい。お待ちしております」
悪魔という言葉は誰にも聞かせられない。
それに、あの犬の首の一つがここで話したら殺すみたいに睨みつけている。
「では、また会いましょう」
皇女様とも話せたし、これ以上は知り合いもいないから部屋に帰った。




