二四話 愛故に
一緒にいたい。という言葉にエヌが理由を求めて来た。
普段のエヌなら絶対に理由なんて求めない。
きっと、エヌの心の奥にずっと隠していたような言葉が現れたんだ。
実は僕自身もエヌに対して思っている気持ちについては整理がついていない。
エヌと一緒にいたい。その気持ちは正真正銘本当の気持ちだし、その気持ちを否定したいとも思っていない。
だけど、その理由については具体的な言語化は避けていた。
「生まれた頃から一緒にいてくれて、僕を守ってくれていたよね」
「エヌ以外も守っていましたよ」
「物理的にはね。だけど、精神的に助けてくれたのはエヌだけだったよ」
僕を守る人たちは圧倒的な才能を持つザルゴル家の三男『ベルク・ザルゴル』とそれに付随する権力を守っていたにすぎない。
お爺ちゃんとお父さんの対立を生みだした存在だった僕は敵も多かったけど味方もいた。
でも、その味方は僕の『才能』に賭けていただけの人たちだ。
もし、僕が思ったよりも成長しなければ、お爺ちゃんも含めて僕を見捨てただろう。
幼かったとは言え、その雰囲気は感じ取っていた。
エヌ以外の人は僕の体だけを守っていた。
そんな人たちに対してエヌは僕そのもの。つまり、人格を守ってくれた。
「それは専属侍女なら誰でも同じ行動を取りますよ。だって、主が没落すれば自分の地位も下がりますから。誰だって健やかに育って欲しいって思いますよ」
「そうかもね。でも、僕にはエヌしかいなかった。きっと、あの場所に僕を守ってくれる人はエヌしかいないって本能で分かっていたはずだよ」
ザルゴル家では専属侍女の選定はお世話される本人が選ぶ。動けるようになった時にそれまでお世話してくれていた専属侍女候補の人たちから選ぶ。
僕の場合は生後一週間後に行ったらしい。流石に当時の記憶はない。
本能や運でどのレベルの侍女になるか決まる。
僕はその試験によってエヌを選んだ。
「今でも思うけど、あの時の選択は僕の人生にとって一番大きな出来事だった。正直、それに比べたらこれまでの選択は些事に過ぎないんだ。そして、これからの選択もきっとそれに比べたら小さいことだと思っている」
この世に生を受けて五年しか経っていないけど、エヌという人物は僕の人生を大きく変えてくれた。きっとエヌ以外だったら、僕の心はより邪に育っていた。そう断言できる。
「でも、今はベルク様の心に寄り添おうとしている方もいるじゃないですか」
「三歳からいい人たちとも関わったけど、ほとんどの人は僕の才能がきっかけで出会ったよね。だから、なんだろうね。初めに『僕』を見て評価してくれたのはエヌだけだよ」
結局の所。みんな僕の『才能』を評価してくれているだけなんだ。
仮に僕が役に立たない廃人になったら、みんな僕の事を見放すじゃないかと心配する時もある。
「エヌは僕に才能がなくても、一緒にいてくれたでしょ?」
「だからなんだって言うんですか? この世にはエヌよりもベルク様を愛してくれる人がいます。その人たちの方がベルク様を理解してくれるはずですよ」
「そんな人はいないよ!」
僕ははっきり言った。
「だって、僕はエヌの事が一番好きだから。エヌが誰よりも愛してくれないと僕はこうならないはずでしょ」
僕は好意を持ってくれる相手には好意で返すし、敵意には敵意で返す。
仮に嘘の態度で取り繕っても僕の本能は好き嫌いでそれらを判断する。
僕が一番好きな相手は相手も僕の事を好きじゃないと成り立たない。
「大胆なことを言ってくれますね……じゃあ、私に殺されることは怖くないんですか?」
エヌは氷の刃を僕の首に突きつけた。
殺気のない刃なのは知っている。
「首を弱体化させたから刃は刺さるよ思うよ。勝手に回復しちゃうと思うから切断までしてね」
傲慢になるのはいけないことだとは分かっているけど、この場ではあえてこう表現しよう。
「この世界で僕を殺せるのはエヌしかいないよ」
って言ったけど、エヌは僕を絶対に殺さない。どんな事情があってもエヌは僕を殺したりはしない。それは人間的な感情が導き出した結論であり、根拠なんてない。
「エヌの手は既に汚れているんですよ。一人を殺すぐらい……」
「僕はエヌの手が好きだよ。撫でてくれるし、抱きしめてくれるし、綺麗な手だよ。勿論、手以外の心も体も好きだよ」
「それは……」
暗殺者の手が汚れているという意味はよく分かっている。
だけど、僕には関係ない。
仮にエヌがこの世界の生物をすべて殺していたとしても、僕にとってエヌは大好きな存在だ。
それに、フェトラの言うことを信じるのなら未来の僕は人類の大半を殺している。仮にそんな未来になったとしてもエヌだけは僕の事を肯定してくれるはずだ。
「だからね。これからは僕の心を癒して欲しいな。それはエヌにしかできないから。もし、手が汚れていることを気にしているなら、僕が一緒に徳を積むからきっと大丈夫だよ」
「……そんなのずるいじゃないですか」
エヌの抱き締めが強くなった。
本心を言うのは少し恥ずかしかった。だけど、これでエヌの悩みがなくなったのなら、僕にとっては嬉しいことだ。
「じゃあ、エヌの悩みは解決しました。次はベルク様の番ですよ」
エヌには言いたくない悩みだったけど、今のやり取りをしてエヌの気持ちが分かった。
好きな人が元気がない時はすごく気になるし、どうにかしてあげたいという気持ちが湧き出て来る。
「あのね――」
僕は宿を抜け出して、奴隷市場に行ったことを告白した。
そして、あそこであった吐き気のするような光景のことを話した。
「大好きなエヌに黙って行くなんて、ベルク様は悪い子ですね。次はエヌも連れて行って下さいね」
「それはちょっと」
「ああ。ベルク様は性についてはまだ知らないですもんね」
エヌは僕の話を聞いてそれほど気分を害していなかった。
「エヌは気持ち悪いとは思わなかったの?」
「それは実際に目にしたら違うかもしれませんが、ベルク様の口から聞いたら嫌な感じはしませんよ。それにベルク様の見た光景は裏の社会ではクリーンな部類ですよ」
「少年に悲鳴を上げさせる光景だったんだよ」
「でも、血は出ていなかったんですよね?」
暗殺者出身のエヌにとっては、それほど重要なことではないみたいだ。
「エヌが見たことがある拷問からすれば、性的とはいえ、まだマシだったと思いますよ。まあ、拷問訓練から逃げた人が言っても説得力はないかもしれませんが」
「拷問と比べるのはどうなのかな?」
「納得がいっていないみたいですね。じゃあ、今日はもう寝ましょう。続きはまた明日の夜にしましょうね」
エヌは強制的に会話を閉じた。
僕の感情が高まりすぎるのを察知してくれたのか、とりあえず寝ることを提案してくれたんだろう。
確かに、いつもはこんなに感情が先行することはないのに僕の中で感情で物事を捉えてしまっていた節がある。
僕の気持ち……か。




